凍結受精卵を生物学上の父の同意なしに移植した場合の法的処理

報道

 別居中、凍結保存された受精卵を使って勝手に出産したとして、40代の元夫が元妻に慰謝料などの支払いを求めた訴訟の控訴審判決が大阪高裁であった。山田陽三裁判長は「夫が子をもうける自己決定権を侵害した」として一審・大阪地裁判決を支持。元妻に約560万円の賠償を命じた。判決は11月27日付。

 高裁判決によると、元妻は婚姻中の2014年、不妊治療を手がける東京都内のクリニックで夫婦で凍結受精卵をつくった。別居中の15年4月、移植同意書に夫の署名を記入してクリニックに提出。無断で受精卵を移植し、16年に女児を出産し、翌17年に離婚した。

 山田裁判長は「個人は子をいつ、誰との間でもうけるかを決められる人格権としての自己決定権を有する」と指摘。望まない女性に子を出産されたとして男性の自己決定権の侵害を認定。「移植の同意があった」とした元妻側の主張を退けた。

 ただし、夫の明確な拒否があったとはいえないことなどを踏まえて賠償額を880万円から減額した。

勝手に出産した元妻に賠償命令 自己決定権の侵害を認定:朝日新聞デジタル

(減額というのは一部棄却という趣旨でしょうか。まさか過失相殺ではないよね…?)

(我が国における精神的損害の賠償額は信じられないほど低いと思っているのですが、その中ではかなり高額ですね)

 

コメント

受精卵凍結後の移植と同意

受精卵の生成・凍結については、当然(生物としての)父・母の協力が必要なので、同意がないということは考えられません。一方、移植については、物理的には母親のみで可能ですが、法的にはやはり同意が必要と考えられており、臨床では同意を要求しています。

受精卵はお二人のものですので、たとえ保存期間中であっても、奥様の子宮に移植する際も、保存を延長する場合や保存期間中に破棄する場合も、お二人の同意が必要です。御夫婦のどちらか一方が同意しない場合、移植に使用することは出来ませんまた現在は、御夫婦のどちらか一方がなくなった場合、および離婚した場合には、その受精卵を用いて妊娠をはかることは認められていません。

一般社団法人日本生殖医学会|一般のみなさまへ - 生殖医療Q&A(旧 不妊症Q&A):Q14.受精卵の凍結保存とはどんな治療ですか?

しかし、どういう経緯なのかはよくわかりませんが、実際には同意なしで移植できてしまうことがあるようです。

 

同意なき移植の法的処理:親子関係と損害賠償

同意なしで移植してしまった場合、生物学上の父との親子関係はどうなるのか、また、その人は母に損害賠償を請求できるのか、という問題が生じます。

前者(親子関係)は、母と生物学上の父が婚姻関係にあった場合、嫡出推定を受けるか=親子関係不存在確認訴訟を提起できるか、また、推定を受ける場合、嫡出否認訴訟を提起できるかの問題になります。一方、そうではなかった場合、認知請求ができるかという形で問題になります。

最高裁は、昨年、母と生物学上の父が婚姻関係にあったというケースで、嫡出推定を受けるとして親子関係不存在確認訴訟を棄却した下級審判決を維持しています(凍結した受精卵を妻が無断移植して出産した子と父子関係があるか?。下級審は外観説によったようであり、そのことはどうかと思うのですが、結論としては妥当だと思います)。

後者(損害賠償)について判例は見当たりません。

 

本件について

本件は、後者(損害賠償)について判断したものです。

報道から分かるのは、子を(もうけるかどうか、もうけるとして)いつ、誰との間でもうけるかについての自己決定権が認められるという一般論だけですが、これについては、異論はないところだろうと思います。

親子関係が生じることとの整合性ですが、親子関係は子の福祉を最優先にすべきであり、生物学上の父は受精卵の生成に協力した以上、法律上の父としての責任を引き受けさせられてもやむを得ないと考えられるのに対して、生物学上の母との関係では上記自己決定権は保護されるべきと考えられるので、特に矛盾はないだろうと思います。

 

医師の責任

同意なき移植が自己決定権の侵害となるとすると、医師や病院もその侵害を回避するための一定の注意義務を負うこととなり、あまりに不注意で同意なき移植を実施してしまった場合には、損害賠償請求を受けることが考えられます。

どの程度の注意義務が必要か(≒医師・病院は最低限何をすれば免責されるか)ですが、基本的には移植時に(事前にでは足りない)、生物学上の父の同席と本人確認書類の提示を求めることだろうと思います。なお、生物学上の父でない男性を連れてくることも考えられますが、本人確認書類の提示を求め、カルテと照合することで十分であり、そこまでされた場合には医師・病院に責任を負わせるべきではないでしょう。

一方、同席しない場合、それは同意の拒絶という意思表示にほかならないわけですから、移植の実施は拒否すべきでしょう。例えば中絶手術の同意と違って、女性の自己決定権が夫の何らかの利益に優越するという状況にはありませんし、緊急性もないからです(人工妊娠中絶に関するメモ―特に同意要件に関して参照)。