アウティングについて

アウティングについて考えたことのメモ。

なお、「アウティング」自体、固まった定義がないですが、さしあたり、「他人のセクシャリティで、本人が公にしていないものについて、本人の同意なしに公にすること」としておきます。

 

目次

 

2つの事例

今月、アウティングについて2つの報道がされました。一つは一橋大学法科大学院におけるもの(検討段階では「A事例」と呼ぶことにします)、一つは豊島区の会社におけるもの(検討段階では「B事例」と呼ぶことにします)です。

 

一橋大学法科大学院の事例

同性愛者であることを同級生に暴露される「アウティング」被害を受けた後に転落死した一橋大法科大学院生の男性(当時25)の両親が、同大学に約8500万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が25日、東京高裁であった。

村上正敏裁判長はアウティングを「人格権の侵害」と認定した上で、一橋大側の責任を認めなかった一審・東京地裁判決を支持し、両親の控訴を棄却した。

アウティング被害について男性から相談を受けた教授や職員らの対応が、心身の安全や教育環境への配慮義務に違反していたかが争われた。

判決は同級生によるアウティングについて「(男性の)人格権やプライバシー権を著しく侵害し、許されない行為であることは明らか」と指摘した。その上で男性から相談を受けた教授や大学のハラスメント相談室職員らの対応に問題はなく、大学側に義務違反は認められないと判断した。

男性は2015年4月、同性の同級生に恋愛感情を伝えた。同級生は6月、友人が入る対話アプリ「LINE」のグループで「おまえがゲイであることを隠しておくのムリだ。ごめん」と男性が同性愛者であることを暴露。男性は8月に校舎から転落死した。

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「アウティングは人格権侵害」 東京高裁、請求は棄却 :日本経済新聞

 

豊島区の会社の事例

東京都豊島区の会社に勤務していた20代の男性の性的指向を、上司が勝手に暴露(アウティング)したため精神的苦痛を与えたとして、会社側が謝罪し、解決金を支払うことで男性と和解したことが28日、関係者への取材で分かった。アウティング被害を巡る争い自体が珍しく、和解に至るケースは極めて異例。

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男性を支援する労働組合「総合サポートユニオン」によると、男性は2019年に入社する際、自身の性的指向を会社側に明かし「同僚には自分のタイミングで伝えたい」と説明していた。しかし、同年夏に同僚のパート女性が男性を避けるようになり、上司はその後、男性の性的指向を女性に伝えていたことを明らかにした。男性は精神疾患になり、休職した。

男性とユニオンは会社側と交渉し、今年10月下旬に会社がアウティングを認めて和解。精神疾患の発症についても会社側の責任を認めた。男性は年内にも労災申請する方針。会社は取材に「和解したことは事実。真摯に受け止め、今後、再発防止に努める」とした。

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「アウティング」異例の和解 企業謝罪、男性に解決金 :日本経済新聞

 

アウティングはなぜいけないか?

条例との関係

両事例の発生地である国立市・豊島区は、現在、いずれもアウティングを禁止する条例の規定を持っています(豊島区は意に反する公表を禁止していませんが、解釈上認められるでしょう)。

何人も、性的指向性自認等の公表に関して、いかなる場合も、強制し、若しくは禁止し、又は本人の意に反して公にしてはならない

(平成29年制定「国立市女性と男性及び多様な性の平等参画を推進する条例」8条2項)

何人も、性自認又は性的指向の公表に関して、本人に対し強制又は禁止してはならない

平成31年改正「豊島区男女共同参画推進条例」7条5項)

これらの規定に照らせば、現在では比較的容易にアウティングは(不法行為法上)違法ということになりそうです(国立市の条例はA事例をきっかけに制定されたものでした)。

(豊島区議会にはヤバい議員がいるのですが(ヘイト対応に反対の区議、請願者の「氏名、住所を把握」とツイート 議会が問題視 - 毎日新聞伊藤詩織氏の勝訴受け、豊島区議「少子化が加速」 ネットで批判高まる(THE PAGE) - Yahoo!ニュース)、会議体としてはまともなんだなと思った次第です。)

 

個人情報保護法との関係

平成27年改正個人情報保護法は、初めて実体的価値に踏み込んだ規制として、「要配慮個人情報」について、原則取得禁止としました(同法17条2項)。

この法律において「要配慮個人情報」とは、本人の人種信条社会的身分病歴犯罪の経歴犯罪により害を被った事実その他本人に対する不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するものとして政令で定める記述等が含まれる個人情報をいう。

平成27年改正個人情報保護法2条3項)

セクシャリティは、日本ではセクシャルマイノリティに対する差別が横行しているという意味では、「不当な差別、偏見その他の不利益が生じないようにその取扱いに特に配慮を要するもの」だと考えれますが、本項の委任を受けた個人情報の保護に関する法律施行令2条は、実質的には本項が具体的に規定する事項に類するものを挙げるにとどまり、セクシャリティは要配慮個人情報とはされていません

したがって、個人情報保護法違反を理由に不法行為法上違法と言うことはできません(仮に書いてあったとしても、個人情報保護法の性質上直ちに不法行為法上違法だと言うことはできない気がしますが)。

なお、この規定の新設にあたって参考とされたEUGDPR(一般データ保護規則)9条1項は、対象となるデータ(一般に「センシティブデータ」と呼ばれています)として、セクシャリティを明示的に掲げています。立法的には日本でも要配慮個人情報にセクシャリティを追加すべきでしょう。

人種的若しくは民族的な出自、政治的な意見、宗教上若しくは思想上の信条、又は、労働組合への加入を明らかにする個人データの取扱い、並びに、遺伝子データ、自然人を一意に識別することを目的とする生体データ、健康に関するデータ、又は、自然人の性生活若しくは性的指向に関するデータの取扱いは、禁止される。

Processing of personal data revealing racial or ethnic origin, political opinions, religious or philosophical beliefs, or trade union membership, and the processing of genetic data, biometric data for the purpose of uniquely identifying a natural person, data concerning health or data concerning a natural person's sex life or sexual orientation shall be prohibited.

 

プライバシーの一般要件との関係

個別法が使えない場面では、最終的には一般的な人格権法理によることになります。そこで考えると、アウティングは基本的にはプライバシー侵害になると考えられます(プライバシーにはいろいろありますが、この記事ではいわゆる古典的プライバシーを念頭に置きます)。

判例は、前科照会事件(昭和56年4月14日)ノンフィクション「逆転」事件(平成6年2月8日)、「石に泳ぐ魚」事件(平成14年9月24日)、早稲田大学江沢民事件(平成15年9月12日)、住基ネット事件(平成20年3月6日)、Google逮捕歴削除事件(平成29年1月31日)などで(「プライバシー」という用語を使うかはさておき)プライバシーに関わる判断を示していますが、一般的な要件は示していません。

そこで「宴のあと」事件における東京地裁判決(昭和39年9月28日)が参照されますが、同判決は次のように判示しています(改行は筆者)。

右に論じたような趣旨でのプライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには,公開された内容が
(イ)私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること,
(ロ)一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること,換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的な負担,不安を覚えるであろうと認められることがらであること,
(ハ)一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要とし,このような公開によって当該私人が実際に不快,不安の念を覚えたこと
を必要とする。

セクシャリティ「私生活上の事実」であることは明らかであり、また、法的措置を取っているようなケースでは「実際に不快,不安の念を覚えたこと」が問題になることもないでしょう。最初に示した「アウティング」の定義上、「一般の人々に未だ知られていない」との要件も満たします。

「一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立った場合公開を欲しないであろうと認められることがら」ですが、繰り返したくないことですが、日本ではセクシャルマイノリティに対する差別が横行しているので、少なくとも現時点では、セクシャリティは公開されれば差別を受けるおそれがあることがらであり、この要件も満たすと考えられます。

 

セクシャリティを公表できない状態の追認?

上記のような解釈に対しては、セクシャリティを公表できない状態を追認することになりかねないという批判がありえます。しかし、本人以外による公表を禁止するということは、本人の公表・非公表・その範囲の選択を保障することにほかならないのであり、追認とは言えない気がします。

なお、仮にセクシャリティを公表しても差別を受けるおそれがない社会が到来したらどうでしょうか。差別からの保護の必要性はなくなりますが、セクシャリティのような極めてプライベートなことは、プライベートであることそれ自体を理由として、本人に公表・非公表・その範囲の選択が保障されるべきだという解釈がありうるように思います(それをプライバシーと呼ぶか、自己決定権と呼ぶかは用語の問題です)。

 

セクシャリティそれ自体の公表、セクシャリティを推認させる事項の公表

以上は、最初に示した定義のとおり、セクシャリティそれ自体を公表する場合を念頭に置いた議論です。それに対して、セクシャリティを推認させる事項の公表は別に考えるべきだと思います。何らかの事項を公表することを違法と評価することは、秘密保持義務を課すのと同義であり、後者の場合にはセクシャリティを開示された人の負担はより重いからです。

なお、これ以降、セクシャリティを推認させる事項の公表を「準アウティングと呼ぶことにし、これと対比してセクシャリティそれ自体の公表を「狭義のアウティングと呼ぶことにします。

 

アウティングは原則として違法とならない

A事例については、加害者に同情的なコメントが多く投稿されました(引用しませんが、一橋 アウティング - Twitter Search)。同情的なコメントの多くは、自ら告白し、その後、被害者がストーカー的行為に出ていたといったことを述べています。なお、当時の経緯については、次の記事が詳しいです:一橋大ロースクール生「ゲイだ」とバラされ転落死 なぜ同級生は暴露したのか

一般に、性的に好意を持っていない相手から向けられる性的な好意は、相手が異性である場合でも、気分のよいものではないことがあります。そして、そのような場合に、好意を向けられた人が三者にそのことを話すことは、よくあることであり、かつ、違法とすべきだとも思われません(いかに好意を向けた人がそうしてほしくないと思っていたとしても)。

では、同性の場合はどうでしょうか。アウティングまで不法行為の成立を認めるのであれば、違法だということになります。しかし、異性の場合とのバランスや、特に不法行為は犯罪と違って過失によっても成立することを考えると、セクシャリティを開示された人に酷であり、成立しないと考えるべきだと思います。このように解した場合、セクシャリティは秘匿されないことになりますが、基本的にはやむを得ないと思います(「基本的には」の含意については「開示せざるをえない事情があった場合」を読んでください)。

 

A事例について

では、A事例はどうでしょうか。A事例において不法行為の成立が問題とされる行為は、当事者以外に6人のメンバーがいるグループラインで、「おれもおまえがゲイであることを隠しておくのはムリだ。ごめん」というテキストを投稿したというものです。この行為は、準アウティングではなく、狭義のアウティングに当たります。

A事例では、被害者が自らセクシャリティを開示しており、B事例と異なり開示せざるをえなかった事情もなかったという事情はあります。しかし、そのような事情があるからといって、狭義のアウティングの禁止を解除する必要はないでしょう。ある人への開示は三者への開示への同意意味しませんし、狭義のアウティングをしないことの負担はそれほど重くないですし、ストーカー的行為にあっていたなら(あっていたかどうかは分からないことは注記しておきます)、その行為自体について適当な措置を取るべきであって、その行為をやめさせる上でアウティングは何の役にも立たない(したがってその必要性がない)からです。

 

アウティングが例外的に違法となる場合

もっとも、準アウティングの場合でも、上司―部下関係など、そもそもその人にセクシャリティを開示したのが、開示せざるをえない事情によるものだった場合には、アウティングも禁止してよいと思います。そのような場合には、開示の背後に一定の関係があり、それによってより強度の負担が正当化されるからです。

なお、B事例は、会社の上司による公表という点ではこの場合と共通しますが、狭義のアウティングの事例です。

 

労使関係―B事例に関連して

会社との関係では、労働契約上の安全配慮義務違反という構成によることもできます。この場合、使用者は、安全配慮義務の一環として、セクシャリティを開示する従業員を必要最小限度の範囲にとどめ、かつ、開示する場合でもその従業員に十分な指導をする義務を負うと考えてよいでしょう。

平成30年の働き方改革関連法「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」雇用対策法から題名変更)にいわゆるパワハラ規制として、「職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して事業主の講ずべき措置等」という章が新設され、同法30条の2第3項に基づいて厚生労働大臣が定めた指針には、アウティングが例示されています。

労働者の性的指向性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

(「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」2, (7), ヘ, (イ), ②)

この「指針」は、「事業主が〔注:公法上の義務として〕講ずべき措置等」の指針にすぎませんが、安全配慮義務の内容にも影響するだろうと思います。