アフターピル規制について―バランスは取れているか?

日本産婦人科医会がアフターピルの処方箋を不要とすることについて反対意見を述べ(産婦人科医会「アフターピル、薬局で買えるようにするのはおかしい」 改めて反対意見を表明)、これについて、様々なリアクションがされています。日本産婦人科医会は政府の規制というものの性質をよく分かっていないなと思う一方、あくまで冷静な批判が必要だなと思ったので、連ツイしたものをベースにまとめておきます。

 

目次

 

この問題は政府による取引規制の問題である

全ての物の取引は自由が原則であり、政府による規制は例外です。あまり一般的には意識されているところではないですが、このことは医薬品でも同じです。

薬機法は、アフターピルについて、

  • 薬局開設者・医薬販売業者は、原則として処方箋を受けたもの以外の者に指定医薬品を販売することができない(薬機法49条1項*)
  • 薬局開設者は、処方箋により調剤された薬剤を、薬剤師に販売させなければならない(一般の従業者に販売させてはならない。同法9条の2)
  • 薬局開設者は、処方箋により調剤された薬剤の適正な使用のため、販売の際に、薬剤師に、対面かつ書面で必要な情報提供・薬学的知見に基づく指導を行わせなければならない(同法9条の3第1項)

などといった規制をしています。このような規制はアフターピルを売りたい人、買いたい人の自由を侵害します*, **。

*指定は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第49条第一項の規定に基づき厚生労働大臣の指定する医薬品」(平成17年2月10日厚生労働省告示24号)でなされています。薬学的な知識はないので曖昧ですが、8号(157)〜(175)のいずれかに該当するのだろうと思います。

**経済規制の文脈で語るのが一番わかりやすいのでその文脈に載せましたが、リプロダクディブヘルス・ライツという文脈でも同じことが言えます。

 

政府による取引規制が正当化されるとき

もっとも、アフターピルを対象とすべきかはさておき、処方箋と薬剤師による薬品販売というシステム自体がおかしいと思う人は少ないでしょう。なぜかというと、医薬品には副作用があるからです。

もっとも、現代の社会において危険は至るところに潜んでおり、危険にも程度というものがあります。一方、その危険に対処する手段にも様々なものがあり、一般に、強力な規制手段であればあるほど規制対象者や第三者の自由を侵害します。そうすると、具体的な場面において、規制をすべきかすべきでないか、すべきだとして、どのような手段を採用するかは、それによって得られるものと失われるもの、言い換えれば、規制によって防止すべき危険の大きさと規制によって侵害される自由のバランスの上に決めるべきものです。当たり前じゃないかと思われるかもしれませんが、裏を返せば、危険性だけを見ればよいというものではないということです。

このことは、例えばあなたが雨が降るか微妙な日にどうするかという判断と同じです。雨が降って濡れそうだからといって(=防ぎたい危険)、その日は出かけない(=防ぐための手段)という判断をすることは少ないでしょう。濡れなくてすむという点では完璧ですが(=得られるもの)、あなたは仕事あるいは授業に行かなければならないからです(=失われるもの)。しかし、それがない日には(=失われるものがない)、出かけるのをやめるのもありかもしれません。出かけるしかないとなれば、あなたは傘を手に取ります(=別の防ぐための手段)。傘を手に取ることは、ズボンの裾が濡れてしまうかもしれない点で、出かけるのをやめるほど完璧な手段ではないかもしれませんが(=得られるものは小さい)、仕事や授業のことを考えると、出かけるのをやめるよりもはるかに影響の小さい手段です(=失われるものははるかに小さい)。あなたを政府に置き換えても同じです。

アフターピルを規制することで得られるのは、主としてその副作用を適切にコントロールできるということです。副次的に、安易な避妊をしないという判断を防止するということが考えられます(法解釈としては本当にそうなのかという気がしますが、建設的な政策論のために、あえて立ち入りません)。これに対して、失われるのは、本当の緊急時にアフターピルをストレスなく利用できるという環境です。これらのバランスを考える必要があります。

ここまでが、どういうフレームワークの下で規制が正当化されるかを考えるべきなのかという話です。次からは、上で見たバランスというフレームワークの上で、アフターピルの処方箋なし販売を禁止するという規制が正当化されるかという話です。

 

日本産婦人科医会会長の発言

ここで日本産婦人科医会会長の発言を聞いてみましょう。

(1)「緊急避妊薬はホルモン剤でいつでもいいから飲めば避妊ができると思ったら大間違いで、限られた時期に72時間以内に飲む。ホルモン的な理解が基本的にない方が次々に、いつでもいいからそこ(薬局)に行って買えばいいんだということは違う」

(2)「本来、いつ(妊娠の)チャンスがあったかということを踏まえた上で、こちらが指導しながら飲んでもらうのが大原則であり、本来1錠だけでいいのに何錠も買うことがあり得てしまう」

(3)「今日の性教育が、中学生ではいわゆる性交や避妊という言葉すら使ってはいけない現状を考えると、私たちはただどんな時でも薬局で買えるということ自体がそもそもおかしい話なのではないか」

(4)(女性による市民団体の要望活動について)「その方達は非常に理解があって、いつでも手に入っても平気だと言っているかもしれないですけれども、全ての女性対象となった時には様々なレベルがありますから、それを国民のコンセンサス(合意)として出すにはまだ早いのではないか」

(5)「今日、女性を守るという視点から申しますと、必ずしも自分たちの希望だけを通すということだけのために自由にするという発想自体は慎重であってもらいたいなと思います」

この国の政府は本当に行動が遅く、特に女性はその割を食う立場に立たされやすいので、今回の日本産婦人科医会会長の発言は多方面の怒りを買っており、自分たちの仕事を守りたいだけじゃないかみたいなことが言われていますが、私は彼の言う「女性を守るという視点」という言葉は真摯なものだと思います。そして、だからこそ問題はより複雑だと思います。

その前提で解釈すると、4つ目の発言は、(非常に分かりにくいですが)アフターピルの解禁を求める女性たちはリテラシーがあるから問題ないかもしれないが(「非常に理解があって」)、社会にはリテラシーが低い女性もいる(「様々なレベルがありますから」)、という趣旨なのだと思います。

そして、これを前提とすると、5つ目の発言の「必ずしも自分たちの希望だけを通すということだけのために自由にするという発想自体は慎重であってもらいたい」というのは、リテラシーが低い女性を守るために規制が必要だという趣旨だと考えられます。

そして、リテラシーが低いことによる弊害を言っているのが1つ目と2つ目の発言、つまり意味のない誤った利用です。

 

バランスは取れているか?

彼の発言を、バランスというフレームワークに乗せてみましょう

彼の発言(を私が解釈したところ)によれば、アフターピルを規制する目的は、リテラシーが低い女性を、意味のない誤った利用から(パターナリスティックに)守ることにあります。しかし、私の考えるところでは、これは強い正当性を持つ目的ではありません。確かに、誤った利用により、望まない妊娠をしたり、そのために中絶手術をせざるをえなくなることがあるかもしれません。しかし、それは誤った利用それ自体から生じるものではなく性行為によって既に生じたリスクが回避できないというにとどまります。この点で、医薬品の副作用それ自体によって健康上のリスクが生じる場合とは明らかに違います。もちろんアフターピルそれ自体にも吐き気などの副作用はあるはずですが、彼がそれを語っていないことからすれば、それほど大きなものではないのでしょう。

また、彼はアフターピルがあるからという理由で適切な避妊をしない人たちが出てくることを懸念しているのかもしれません。しかし、それにはそれなりのリスクがあるということは、彼の考えるリテラシーが低い女性でもさすがにわかるはずで、そうであるとすれば、誰が好き好んでそんなリスクを取るのかと言わざるを得ません。仮にいるとしても、自分で取ったリスクである以上、そこからパターナリスティックに守ってやる必要は小さく評価せざるを得ません

そして、これがクリティカルですが、リテラシーが低い女性を守るために規制が必要だというのは、言い換えれば、リテラシーが低い女性を守るためにリテラシーが高い女性は犠牲になってもらいたいということです。しかし、既に見たように正当性の低い目的のために、緊急時の手段を取り上げてしまうことがバランスを欠いていることは明らかでしょう。仮にリテラシーが低い女性というのがいるのだとすれば、彼女たちを守るために国家がやるべきことは、基本的には彼女たちへの教育であるように思います。

 

そういうわけで、できる限り早く規制を緩和すべきだと思っています。

ちなみに、本文では引用しませんでしたが、「我々のところになぜ来ないのかよくわからないのですが」という発言についてはさすがに想像力が欠如していると言わざるを得ませんし、低用量ピルの規制も緩和すべきだと思いますし、仮にそれで「若い女性の性が乱れる」と言う人がいるのであれば(アフターピルで「性が乱れる」と叫ぶ人の勘違い | 健康 | 東洋経済オンライン)、セクハラするノリで政策を語るなと言いたいところです。