最決令和2年9月16日裁判所website(タトゥー医師法違反事件上告審)

目次

★は追記した箇所。

 

報道

入れ墨のタトゥーの彫り師をしている男性が医師の免許がないのに客にタトゥーを入れたとして医師法違反の罪に問われた裁判で、最高裁判所は検察の上告を退ける決定をし、無罪が確定することになりました。タトゥーを入れるのに医師の免許は必要ないとする判決が確定します。
医師法違反の罪問われたタトゥー彫り師 無罪確定へ | 医療 | NHKニュース

一審は有罪(罰金15万円)、二審は無罪としていました。なお、検察官は当初略式命令*を請求していましたが、被告人が正式裁判を請求したものです。

*100万円以下の罰金または科料の事件について、検察官が公訴提起と同時に略式命令を請求した場合に行われる簡易な手続(刑事訴訟法461条)。略式命令は、即日行われ、略式命令を受けた者(または検察官)は、14日以内に正式裁判を請求することができる(同法465条1項)。適法な請求がなされると、正式裁判が開始され(同法468条2項)、判決がなされると、略式命令は遡及的に失効する(同法469条)。

 

前提知識

医師法17条

  • 医師法17条は、「医師でなければ、医業をなしてはならない。」と規定し、同条違反について、3年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金またはその併科を規定する(同法31条1項1号)。
  • 医業」とは、「医行為」を「業として」することと解釈されている。
  • 医行為」とは、「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」と解釈されている*。
    *最判昭和30年5月24日刑集9巻7号1093頁(控訴審判決である大阪高判昭和28年5月21日刑集9巻7号1098頁を引用する)。厚生労働省も実質的に同様の解釈を示しており(平成17年7月26日医政発0726005号「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について(通知)」)、学説も支持している。
    なお、佐伯・後掲4頁は、「無免許医業を禁止・処罰することが職業選択の自由を保障した憲法22条1項に違反しないのは,国民の生命および健康に対して危険を防止することを目的としているからである。そうだとすれば,禁止の対象となる医行為は,「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」に限定されなければならない」とする。憲法適合的解釈の観点から(も)そのような解釈が要請されるといえる。
  • 業として」とは、反復継続の意思をもって行うことと解釈されている。
  • 今回、「医行為」に、上記の保健衛生上の危険性の前提として、同法1条*との関係で、医療・保健指導との関連性が必要であるかどうかが問題とされた(医療関連性)。
    *医師法1条 「医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。」

 

タトゥーの医行為該当性

  • タトゥーアーティスト(あるいは彫師)は、業としてタトゥー施術行為を行っていることは明らかなので、問題は、タトゥー施術行為が医行為に当たるかである。
  • 厚生労働省は、平成13年の医政局医事課長による各都道府県衛生主管部(局)長あての通知の中で、タトゥー施術行為が医行為に当たるとした*。
    *平成13年11月8日医政医発第105号「医師免許を有しない者による脱毛行為等の取扱いについて」。「最近、医師免許を有しない者が行った脱毛行為等が原因となって身体に被害を受けたという事例が報告されており、保健衛生上看過し得ない状況となっている。」とした上で、「以下に示す行為は、医師が行うのでなければ保健衛生上危害の生ずるおそれのある行為であ」るとし、(1)「用いる機器が医療用であるか否かを問わず、レーザー光線又はその他の強力なエネルギーを有する光線を毛根部分に照射し、毛乳頭、皮脂腺開口部等を破壊する行為」、(2)「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」、(3)「酸等の化学薬品を皮膚に塗布して、しわ、しみ等に対して表皮剥離を行う行為」を挙げ、さらに、「違反行為に関する情報に接した際には、実態を調査した上、行為の速やかな停止を勧告するなど必要な指導を行うほか、指導を行っても改善がみられないなど、悪質な場合においては、刑事訴訟法第239条の規定に基づく告発を念頭に置きつつ、警察と適切な連携を図られたい」とした。

 

判決・決定

控訴審

【医行為には保健衛生上の危険性に加えて医療関連性が必要】

医師法は,医療関係者の中心である医師の身分・資格や業務等に関する規制を行う法律であるところ,同法1条は,医師の職分として,「医師は,医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保するものとする」と規定している。すなわち,医師法は,「医療及び保健指導」という職分を医師に担わせ,医師が業務としてそのような職分を十分に果たすことにより,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保することを目的としているのであるこの目的を達成するため医師法は,臨床上必要な医学及び公衆衛生に関して,医師として具有すべき知識及び技能について医師国家試験を行い,免許制度等を設けて,医師に高度の医学的知識及び技能を要求するとともに,医師以外の無資格者による医業を禁止している医師の免許制度等及び医業独占は,いずれも,上記の目的に副うよう,国民に提供される医療及び保健指導の質を高度のものに維持することを目指しているというべきである。
 以上のような医師法の構造に照らすと,医師法17条が医師以外の者の医業を禁止し,医業独占を規定している根拠は,もとより無資格者が医業を行うことは国民の生命・健康にとって危険であるからであるが,その大きな前提として,同条は,医業独占による公共的な医師の業務の保護を通じて,国民の生命・健康を保護するものである,言い換えれば,医師が行い得る医療及び保健指導に属する行為を無資格者が行うことによって生ずる国民の生命・健康への危険に着目し,その発生を防止しようとするものである,と理解するのが,医師法の素直な解釈であると思われる。そうすると,医師法17条は,生命・健康に対して一定程度以上の危険性のある行為について,高度な専門的知識・技能を有する者に委ねることを担保し,医療及び保健指導に伴う生命・健康に対する危険を防止することを目的としているとする所論の指摘は,正当である。したがって,医師は医療及び保健指導を掌るものである以上,保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であっても,医療及び保健指導と関連性を有しない行為は,そもそも医師法による規制,処罰の対象の外に位置づけられるというべきである。

 

【タトゥー施術行為は医療関連性を欠き医行為に当たらない】

(2)保健衛生上の危険性要件についてみると,原判決は,本件行為はいわゆる入れ墨であるところ,入れ墨が,必然的に皮膚表面の角層のバリア機能を損ない,真皮内の血管網を損傷して出血させるものであるため,細菌やウイルス等が侵入しやすくなり,被施術者が様々な皮膚障害等を引き起こす危険性を有していること,入れ墨が色素を真皮内に注入するものであることから,アレルギー反応が生じる可能性があること,入れ墨の施術には必然的に出血を伴うため,被施術者が何らかの病原菌やウイルスを保有していた場合には,血液や体液の管理を確実に行わなければ,施術者自身や他の被施術者等に感染する危険性があることを指摘して,本件行為が保健衛生上の危害を生ずるおそれのある行為であることは明らかであると説示する。その上で,原判決は,入れ墨の施術に当たり,その危険性を十分に理解し,適切な判断や対応を行うためには,医学的知識及び技術が必要不可欠であるとして,本件行為は,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であると判断している。
 確かに,本件行為に伴って,原判決が指摘するような保健衛生上の危害を生ずるおそれがあることは否定できず,これに応じて,本件行為の施術者には,施術によって生じるおそれがある感染症やアレルギー反応等,血液や体液の管理,衛生管理等を中心とする一定の医学的知識及び技能が必要とされることも事実であるから,本件行為は保健衛生上の危険性要件を満たすものといえる。
(3)しかしながら,翻ってみると,以下に述べるとおり,本件行為は,そもそも医行為における医療関連性の要件を欠いているというべきである。
 すなわち,原審及び当審で取り調べられた関係証拠によれば,入れ墨(タトゥー)は,地域の風習や歴史的ないし風俗的な土壌の下で,古来行われてきており,我が国においても,それなりに歴史的な背景を有するものであり,1840年代頃には彫り師という職業が社会的に確立したといわれている。我が国では,ある時期以降,反社会的勢力の構成員が入れ墨を入れるというイメージが社会に定着したことなどに由来すると思われるが,世間一般に入れ墨に対する否定的な見方が少なからず存在することは否定できない。他方で,外国での流行等の影響もあって,昨今では,若者を中心にファッション感覚から,あるいは,個々人の様々な心情の象徴として,タトゥーの名の下に入れ墨の施術を受ける者が以前より増加している状況もうかがわれる。そのような中で,入れ墨(タトゥー)を自己の身体に施すことを希望する人々の需要に応えるものとして,タトゥー施術業がそれ相応に存在している。
 このように,入れ墨(タトゥー)は,皮膚の真皮に色素を注入するという身体に侵襲を伴うものであるが,その歴史や現代社会における位置づけに照らすと,装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義があり,また,社会的な風俗という実態があって,それが医療を目的とする行為ではないこと,そして,医療と何らかの関連を有する行為であるとはおよそ考えられてこなかったことは,いずれも明らかというべきである。彫り師やタトゥー施術業は,医師とは全く独立して存在してきたし,現在においても存在しており,また,社会通念に照らし,入れ墨(タトゥー)の施術が医師によって行われるものというのは,常識的にも考え難いことであるといわざるを得ない。
 そして,そもそも,入れ墨(タトゥー)の施術については,その性格上,前記のとおり,感染症やアレルギー反応等,血液や体液の管理,衛生管理等に関する医学的知識や技能は,当然に一定程度必要となろうが,入れ墨(タトゥー)の施術において求められる本質的な内容は,その施術の技術や,美的センス,デザインの素養等の習得であり,医学的知識及び技能を基本とする医療従事者の担う業務とは根本的に異なっているというべきである。この点からも,医師免許を取得した者が,入れ墨(タトゥー)の施術に内在する美的要素をも修養し,入れ墨(タトゥー)の施術を業として行うという事態は,現実的に想定し難いし,医師をしてこのような行為を独占的に行わせることが相当とも考えられない。
 以上によれば,入れ墨(タトゥー)の施術は,医療及び保健指導に属する行為とは到底いえず,医療関連性は認められない。したがって,本件行為は,医師法17条が禁止している医業の内容である医行為には該当しない。

 

【医行為の医療関連性は憲法上も要請される】

ア 原判決のように,入れ墨(タトゥー)の施術を,医師法17条の医行為に該当すると解釈した場合,医師以外の者が行うことが禁止され,これに違反した者は処罰されて,医師のみが入れ墨(タトゥー)の施術を行うことを許容されるという結果になる。
 タトゥー施術業は,反社会的職業ではなく,正当な職業活動であって,憲法上,職業選択の自由の保障を受けるものと解されるから,タトゥー施術業を営むために医師免許を取得しなければならないということは,職業選択の自由を制約するものであり,原判決も,これを前提として判断している。
イ そして,原判決は職業選択の自由違憲審査基準について,薬事法違憲判決…を参照して,「一般に職業の免許制は,職業選択の自由そのものに制約を課する強力な制限であるから,その合憲性を肯定するためには,原則として,重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要する。また,それが自由な職業活動が社会公共に対してもたらす弊害を防止するための消極的・警察的措置である場合には,職業の自由に対するより緩やかな制限によってはその目的を十分に達成することができないと認められることを要する。」と説示しているところ,この説示は正当である。
 続いて,原判決は,「医師法17条は国民の保健衛生上の危害を防止するという重要な公共の利益の保護を目的とする規定である。」と説示しており,医療関連性という要件を不要とする原判決の立場によれば,医師法17条の目的について,「医療及び保健指導に伴う生命・健康に対する危険を防止すること」ではなく,上記のように捉えることになろう。
ウ そこで,上記目的を達成するための規制の手段についてみる。
 まず,医師を目指す者は,一般的に,大学の医学部で6年間の教育を受け,医師国家試験に合格しなければならず,医師として医療行為等に従事するには医師免許を取得する必要があるなど,医師法が規定する医師の免許制は,各種の資格制の中でも相当に厳しい制限といえる。タトゥー施術業が,医業に含まれ,医師免許を必要とする職業であるとしたならば,入れ墨(タトゥー)の彫り師にとっては禁止的ともいえる制約になることは明らかというべきである。
 そして,入れ墨(タトゥー)の施術は,医師が行うのでなければ,言い換えれば,医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは,保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為であるとはいえ,厳密にみると,そこで必要とされる医学的知識及び技能は,医学部教育や医師国家試験で要求されるほど広範にわたり,かつ,高水準のものではなく,より限られた範囲の基本的なもので足りると考えられる。また,所論が指摘するように,海外主要国においては,タトゥー施術業に医師免許を要求している例は見当たらず,医師が行うべき医療行為とは別個の規制がなされている。そうすると,我が国でも,彫り師に対して一定の教育・研修を行い,場合によっては届出制や登録制等,医師免許よりは簡易な資格制度等を設けるとか,タトゥー施術業における設備,器具等の衛生管理や被施術者に対する施術前後の説明を含む手順等に関する基準ないし指針を策定することなどにより,保健衛生上の危害の発生を防止することは可能であると思われる。【=LRAが存在する】
エ 原判決は,国民の保健衛生上の危害の防止という目的を達成するためには,「営業の内容及び態様に関する規制では十分ではない」という。
 しかしながら,以上にみたように,上記目的を十分に達成するため,入れ墨(タトゥー)の彫り師にとっては禁止的ともいえる制約をもたらす医師法による規制が,必要不可欠であるといえるか甚だ疑問であり,医師法の規制対象にするのではなく,より緩やかな規制の下でも社会的に許容できる水準の安全性を確保することは可能と考えられる。タトゥー施術業に伴う保健衛生上の危害を防止するためには,何らかの規制は必要ではあるが,原判決のように,医師法17条で規制の対象となる医行為を医師が行うのでなければ保健衛生上の危害が生ずるおそれのある行為と解釈して,タトゥー施術業が,医師が行うのでなければ保健衛生上の危害が生ずるおそれを伴うものであることを理由に,これを医師法17条の規制対象とする,すなわち,医師免許という厳格な資格制限による医師法の規制を及ぼすことは,他により緩やかな制限が可能であることからすれば,規制の範囲が必要な限度を超えているものといわざるを得ない。その意味で,タトゥー施術業を医師法で規制することには,目的と手段との関連において合理性がないというべきである。
オ 以上のとおり,入れ墨(タトゥー)の施術は医師のみがなし得るとする原判決の解釈適用によれば,タトゥー施術業を営む被告人の職業選択の自由を侵害するおそれがあり,憲法上の疑義が生じるといわざるを得ない。

 

最高裁

「原判断は正当なものとして是認することができる」とした上で、次のように判示した。

 

【医行為には保健衛生上の危険性に加えて医療関連性が必要】

 医師法は,医療及び保健指導を医師の職分として定め,医師がこの職分を果たすことにより,公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保することを目的とし(1条),この目的を達成するため,医師国家試験や免許制度等を設けて,高度の医学的知識及び技能を具有した医師により医療及び保健指導が実施されることを担保する(2条,6条,9条等)とともに,無資格者による医業を禁止している(17条)。
 このような医師法の各規定に鑑みると,同法17条は,医師の職分である医療及び保健指導を,医師ではない無資格者が行うことによって生ずる保健衛生上の危険を防止しようとする規定であると解される。
したがって,医行為とは,医療及び保健指導に属する行為のうち,医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為をいうと解するのが相当である。

 

【医療関連性・保健衛生上の危険性の判断は社会通念に照らして行う】

 ある行為が医行為に当たるか否かを判断する際には,当該行為の方法や作用を検討する必要があるが,方法や作用が同じ行為でも,その目的,行為者と相手方との関係,当該行為が行われる際の具体的な状況等によって,医療及び保健指導に属する行為か否かや,保健衛生上危害を生ずるおそれがあるか否かが異なり得る。また,医師法17条は,医師に医行為を独占させるという方法によって保健衛生上の危険を防止しようとする規定であるから,医師が独占して行うことの可否や当否等を判断するため,当該行為の実情や社会における受け止め方等をも考慮する必要がある。
 そうすると,ある行為が医行為に当たるか否かについては,当該行為の方法や作用のみならず,その目的,行為者と相手方との関係,当該行為が行われる際の具体的な状況,実情や社会における受け止め方等をも考慮した上で,社会通念に照らして判断するのが相当である。

 

【タトゥー施術行為は医療関連性を欠き医行為に当たらない】

(3) 以上に基づき本件について検討すると,被告人の行為は,彫り師である被告人が相手方の依頼に基づいて行ったタトゥー施術行為であるところ,タトゥー施術行為は,装飾的ないし象徴的な要素や美術的な意義がある社会的な風俗として受け止められてきたものであって,医療及び保健指導に属する行為とは考えられてこなかったものである。また,タトゥー施術行為は,医学とは異質の美術等に関する知識及び技能を要する行為であって,医師免許取得過程等でこれらの知識及び技能を習得することは予定されておらず,歴史的にも,長年にわたり医師免許を有しない彫り師が行ってきた実情があり,医師が独占して行う事態は想定し難い。このような事情の下では,被告人の行為は,社会通念に照らして,医療及び保健指導に属する行為であるとは認め難く,医行為には当たらないというべきである。タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険については,医師に独占的に行わせること以外の方法により防止するほかない。
したがって,被告人の行為は医行為に当たらないとした原判断は正当である。

 

草野補足意見

 医師法17条の解釈に関する法廷意見の結論を換言すれば,医業とは「医療及び保健指導に属する行為」であって,かつ,「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為(以下「保健衛生上危険な行為」という。)」を業として行うことである。法廷意見は医師法の制度趣旨をしんしゃくすることによってこの結論を導き出したのであるが,「保健衛生上危険な行為」を業として行うことだけで医業たり得ると解する者がいることも事実である(以下,そのような解釈を「医療関連性を要件としない解釈」という。)。しかしながら,本件で訴追の対象とされているタトゥー施術行為に対して医療関連性を要件としない解釈を適用すると妥当とはいい難い帰結が生じてしまう。以下,この点をつまびらかとし,もって法廷意見を支える補足理由としたい。
 タトゥー施術行為は保健衛生上危険な行為であり,したがって医療関連性を要件としない解釈をとった場合,医師でない者がタトゥー施術行為を業として行うことは原則として医師法上の禁止行為となる。しかるに法廷意見で述べたとおり,医師免許取得過程等でタトゥー施術行為に必要とされる知識及び技能を習得することは予定されておらず,タトゥー施術行為の歴史に照らして考えてもタトゥー施術行為を業として行う医師が近い将来において輩出されるとは考え難い。したがって,医療関連性を要件としない解釈をとれば,我が国においてタトゥー施術行為を業として行う者は消失する可能性が高い。しかしながら,タトゥーを身体に施すことは古来我が国の習俗として行われてきたことである。もとよりこれを反道徳的な自傷行為と考える者もおり,同時に,一部の反社会的勢力が自らの存在を誇示するための手段としてタトゥーを利用してきたことも事実である。しかしながら,他方において,タトゥーに美術的価値や一定の信条ないし情念を象徴する意義を認める者もおり,さらに,昨今では,海外のスポーツ選手等の中にタトゥーを好む者がいることなどに触発されて新たにタトゥーの施術を求める者も少なくない。このような状況を踏まえて考えると,公共的空間においてタトゥーを露出することの可否について議論を深めるべき余地はあるとしても,タトゥーの施術に対する需要そのものを否定すべき理由はない。以上の点に鑑みれば,医療関連性を要件としない解釈はタトゥー施術行為に対する需要が満たされることのない社会を強制的に作出しもって国民が享受し得る福利の最大化を妨げるものであるといわざるを得ない。タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険を防止するため合理的な法規制を加えることが相当であるとするならば,新たな立法によってこれを行うべきである。
 最後に,タトゥー施術行為は,被施術者の身体を傷つける行為であるから,施術の内容や方法等によっては傷害罪が成立し得る。本決定の意義に関して誤解が生じることを慮りこの点を付言する次第である。  

 

コメント

憲法審査について(曽我部評釈を読んで思ったことなど)

  • 暴力団員等のタトゥー/ファッションタトゥー
    • タトゥーは反社会的だから保障されない・保障が弱いという議論があるが、適切ではない。
    • 適用審査において、暴力団員等にタトゥーを施術する行為と、ファッションタトゥーは社会通念上区別可能であり、その評価が大きく異なりうる(曽我部・後掲134頁)。草野補足意見も、このことを意識している(「もとより〜しかしながら〜」というくだり)。
  • 客観的条件と主観的条件
  • LRAと比較衡量
    • 一審は、具体的な立法措置を検討せずに、LRAなしとしている。「可能な限り高い安全性確保が立法目的だとすれば、医師に独占させること以外の規制手段はない」という発想に立っているものと思われるが、「安全性の水準と規制の程度を比較衡量」しないというのは、「直感的にはいかにもバランスを欠く」(曽我部・後掲135頁)。ただ、それをどこでやるのか?
    • 薬事法判決は、「このような予防的措置として職業の自由に対する大きな制約である薬局の開設等の地域的制限が憲法上是認されるためには、単に右のような意味において国民の保健上の必要性がないとはいえないというだけでは足りず、このような制限を施さなければ右措置による職業の自由の制約と均衡を失しない程度において国民の保健に対する危険を生じさせるおそれのあることが、合理的に認められることを必要とする」と述べており、比較衡量を導入している。
    • しかし、実際には「薬事法判決は、薬局の適正配置規制によって防止されれるような危険性はないという判断であり、この比較衡量は実際にはなされていない」(曽我部・後掲136頁)。なお、このことは百選解説でも指摘されている*。
      *「本件の場合,先例との「区別」の作業を行う判旨Ⅶで,「消極的警察的な秩序維持」に薬事法の規制目的を限定してしまったため,そうした規制目的と,既存の営業利益を保護するための「距離制限」という規制手段とのチグハグさが早々に露呈してしまい,判旨Ⅸでは,手段としての必要性を問う前に,そもそも規制システムとして自壊してしまった格好になっている」(石川健治「判批(薬事法違憲判決)」憲法判例百選I第7版199頁)。
    • それに対して、「本件では、彫師に医師免許を要求することによって安全性が高まるという関係があること自体には異論がないだろうから、この比較衡量が本格的になされるべき事例だといえる」(曽我部・後掲136頁)。
    • 三段階審査論(比例原則)によれば、狭義の比例性の問題である。
    • 審査基準論による場合、LRAの有無で考慮することが考えられるが、それは「三段階審査における狭義の比例性判断との相違が相対化されると同時に、「基準」と称することの意義が減殺される」(曽我部・後掲136頁)。審査基準論と三段階審査論の「本当の」対立点(?)については参照。

 

医師法17条の趣旨

  • 米村先生によれば、医師法17条の趣旨には、①「免許制に伴う業務規制としての側面」と、②「医療安全のための一般行為規制としての側面」がある(米村・後掲44頁)。
    • ①は、免許制(同法2条以下)の実効性確保手段としての側面であり、免許制を通じて間接的に国民の健康を確保しようとするものである。
    • ②は、具体的な行為自体の危険性に着目して、当該行為を規制することにより直接的に国民の健康を確保しようとするものである。
    • ①からは「業として」が実質的になり、②からは医行為(の内容としての保健衛生上の危険性)が実質的になる。ところが、伝統的解釈は、医行為について①を、「業として」について②を強調した結果、処罰範囲が極めて広くなってしまったという(米村・後掲44頁)。
  • しかし、②は、医師法17条によって確保すべきものなのか。そのような規定を医師法に置く必然性はないし、むしろ、草野補足意見が述べるように、傷害罪を含む刑法の規定で十分なのではないか。
  • 一方、①からは、医師免許制が「医療及び保健指導」を医師に独占させるものである以上、当然に医行為は医療(・保健指導)に関連する行為でなければならない(保健衛生上の危険性はそれを前提とした限定)。最高裁決定も同旨だろう。

 

社会通念論の問題点―「医師の先占」論?

  • 社会通念論(医療関連性を最終的には社会通念で判断する)は、今回の適用は妥当ではないかと思われるが(というか妥当な適用を確保するために作られた基準なのだろう)、基準としては妥当なのだろうか。特に、実質的には「医師による先占」にならないか、なるとしてそれでよいのだろうか
  • タトゥーの医療関連性を否定した控訴審判決は、次の点から、「美容整形外科手術等」は医療関連性があるという。
    • ①「我が国に根付き始めた当初から医師によって担われ,形成外科医を中心に発展し,形成外科の一分野をなして専門分化してきた背景があり,また,上記医療法の改正当時,既に,美容外科の基礎となる知識及び技術が各大学の医学部において教育され,その他大病院においても研修の機会が多々設けられており,現在でも,医学部で美容整形外科に関する教育が行われている」こと、
    • ②「健康的ないし身体的な美しさに憧れ,美しくありたいという願いとか醜さに対する憂いといった,人々の情緒的な劣等感や不満を解消することも消極的な医療の目的として認められる」こと。
  • ★しかし、②に関して「美容整形外科手術等」とタトゥーを区別することは容易ではないように思われる。では①はどうかというと、そこで述べられていること自体は確かにそのとおりなのだが、そうなったのは美容外科がビジネスとして儲かるからに過ぎないわけで、それを理由に「社会通念」を通して医行為該当性が左右されるなら、実質的には「医師による先占」になるような気がしている。
  • ★このことは、タトゥーとレーザー脱毛の区別を考えるとわかりやすい。
    • レーザー脱毛は、冒頭で紹介したタトゥーが医行為に当たるとした通達の中で、同時に医行為に当たる行為として挙げられており、実際の処罰例もある*。
      *東京地判平成14年10月30日判時1816号。なお、当該事案では弁護人は客観的な医師法違反は認めた上で(つまり医行為該当性は問題とされていない)、違法性の意識の欠缺による故意阻却を主張していたようである。近時でも摘発例がある:医師がいないエステの「レーザー脱毛」は違法! 厚労省に「ルール」を聞いてみた - 弁護士ドットコム
    • レーザー脱毛は、「美容整形外科手術等」よりも危険性が低く、よりカジュアルである、言い換えれば、「社会通念」上「医療」としての性質が低いと思われる(もちろんこの「「医療」としての性質」は、Yes/Noではなく、グラデーションのある社会通念上の評価なので、それが低いからといって直ちに医療関連性がないことにはならないが)。
    • このことを考慮しても、最高裁的にはレーザー脱毛は医療関連性があるのだろうか。医師がやってきた実態があるので、あるとされる気がするが、仮に医療関連性があるのだとしたら、レーザー脱毛が医師のビジネスとして広がっていることを理由に区別することにならないか
  • ★また、そもそも美容外科手術には本当に医療関連性があるのだろうか(あるとするのは辰井・後掲33頁以下)。
    • 「医療」は一般的には疾病の予防・治癒や、健康の増進を意味するはずである。美容外科はそのいずれとも関係がない。
    • 控訴審判決は、次のように述べる。「[1]健康的ないし身体的な美しさに憧れ,美しくありたいという願いとか[2]醜さに対する憂いといった,人々の情緒的な劣等感や不満を解消することも消極的な医療の目的として認められる」。しかし、この記述はおかしいと思う(日本語の問題ではなく、内容的に*)。
      *この一文は、本文のように読むこともできるし、「[1']健康的ないし身体的な美しさに憧れ,美しくありたいという願いとか[2']醜さに対する憂いといった,[3]人々の情緒的な劣等感や不満を解消することも消極的な医療の目的として認められる」として、[1']と[2']が[3]にかかるように読むこともできる。しかし、本文の読みだと「〜という願い」が「医療の目的」になるという不自然な文章になるし、注の読みだと「〜という願い」が「人々の情緒的な劣等感や不満」の例であるという、やはり不自然な文章になる。ただ、どっちにしても[1]あるいは[1']が消極的な医療の目的だと言っていることには変わりがないので、さしあたり本文のように読んでおく。
      • [1]について、この「願い」は疾病なのだろうか。むしろ自然な感情なのではないか。
      • [2]について、まず、劣等感や不満の解消は「医療」なのだろうか醜さに対する憂いという「劣等感や不満」を解消するための美容外科手術に医療関連性があるなら、勉強ができないという「劣等感や不満」を持つ中学生がそれを解消するために塾に通うことはなぜ医療関連性がないのか。もちろん、そのような劣等感・不満が精神疾患と評価される場合、精神科の手法でそれを治癒させることは医療に当たると思われるが、美容外科手術はそうではない。
      • [2]について、また、美容外科手術が(常に)劣等感や不満の解消の手段だというのは、偏見ではないか。美容外科にかかる人たちは、必ずしもコンプレックスの解消を目的としているわけではないだろう(単に上記の「自然な感情」を満たすためにかかるという人もいるだろう)。
    • 阪高裁がこのように無理なことを言わなければならなかったのは、現行の医師法に不備があり、美容外科手術とタトゥー施術行為を合理的に区別することが困難だからである(なお、それを前者とすべきだという結論には異論がないだろう)。
    • 立法論としては、例えば医療を上記のように(疾病の予防・治癒や、健康の増進などと)定義した上で、①そのような意味の医療に関連し、かつ危険性のある行為を医行為と定義し、②そうではないけれども危険性に着目して医師がすべき行為として法律あるいはその委任に基づく政令で列挙する行為を医行為とみなすことが考えられる(金商法上の有価証券概念のように)。この場合、一般の外科手術は①、美容外科手術は②で捉えることになるだろう。
  • ★なお、同様に社会通念論には問題があるとするものとして、弁護士 吉峯耕平(「カンママル」撲滅委員会) on Twitter: "「タトゥー」最高裁決定の評判がいいけれど、私は疑問…

 

職業選択の自由の2つの意義と、最高裁の役割―草野補足意見

  • 草野補足意見は、「医療関連性を要件としない解釈はタトゥー施術行為に対する需要が満たされることのない社会を強制的に作出しもって国民が享受し得る福利の最大化を妨げるものであるといわざるを得ない。」と述べる*。
    *曽我部先生は、「憲法との明示的な関連を極力薄めようとする意図は見えるものの、実質的には被告人の主張してきた憲法的な価値を考慮するもの」と評価されているようである(タトゥー彫師医師法違反事件最高裁決定についてのコメント - Bienvenue sur le blog de masahiro sogabe)。
    • 薬事法違憲判決は、職業選択の自由の意義について、次のように述べる(いわゆる人格関連性の議論)。「職業は、人が自己の生計を維持するためにする継続的活動であるとともに、分業社会においては、これを通じて社会の存続と発展に寄与する社会的機能分担の活動たる性質を有し、各人が自己のもつ個性を全うすべき場として、個人の人格的価値とも不可分の関連を有するものである。右規定が職業選択の自由基本的人権の一つとして保障したゆえんも、現代社会における職業のもつ右のような性格と意義にあるものということができる」。
    • 薬事法違憲判決と草野補足意見は、職業の意義を異なる視点から捉えているように思われる。すなわち、薬事法違憲判決は主として供給者側から見た意義に着目しているのに対して、草野補足意見は主として需要者側から見た意義に着目しているように思う。
    • 表現の自由に関しては、表現の内容について、政府は市場=需要者の集合よりも優れた判断することはできないのだから、原則として規制はすべきではないという議論がされる(表現の自由市場論)。これと同様に、タトゥー施術行為を含む人々のクリエイティビティの成果物は、基本的には職業として他者に提供されるのであり、その価値は政府よりも市場=需要者の集合のほうがよりよく判断しうる特にイノベーティブなものは、人々の価値観をも変えうるのであり、政府はむしろそのキャッチアップに苦労するのが通常である。そうであるとすれば、政府の規制は可能な限り謙抑的であるべきであり、このことを憲法22条1項の解釈に取り込むこともできるのではないか(もちろん一般に指摘されているとおり、表現の自由職業選択の自由とでは、政治過程による回復可能性の点で異なるため、審査基準は異なりうるが)。
  • 草野補足意見は、「タトゥー施術行為に伴う保健衛生上の危険を防止するため合理的な法規制を加えることが相当であるとするならば,新たな立法によってこれを行うべき」と述べる。
  • ★ところで、私は草野補足意見を積極的に評価するが、内容にかかわらず少数意見を出すこと自体が評価に値すると思う(それこそが表現の自由市場論)。裁判官が思考を語ってくれなければ、分析という名の推測の上に不安定な議論をすることにならざるをえない。

 

通達による具体化について

  • 医師法17条が広汎な医行為概念を採用しているため、具体的な事案への適用の有無が厚生労働省の通達によって初めて明らかになる(もちろん講学上の行政規則なので最終的に明らかになってはいないのだが)という実態がある。
    • 患者・家族による医行為インスリン皮下注射(1981)*、在宅酸素療法のボンベ交換や流量設定、人工呼吸患者等の痰の吸引、胃ろうを通じた栄養剤の注入、在宅での点滴薬の交換や輸液ポンプの操作など。
      *昭和56年5月21日医事38号「インシュリンの自己注射について」。国立小児病院長からの「医師が継続的なインシュリン注射を必要と判断する糖尿病患者に対し、十分な患者教育および家族教育を行った上で、適切な指導及び管理のもとに患者自身(又は家族)に指示して、インシュリンの自己注射をしても医師法第十七条違反とはならないと考えるがどうか。」という照会に対して、厚生省医務局医事課長がそのとおりである旨回答したもの。
    • 介護従事者による痰の吸引:「ALS患者の在宅療養の現状」に鑑みた「当面のやむを得ない措置」として許容されるとされた(2003)*。その後、社会福祉士介護福祉士法改正により、痰の吸引等が(研修と登録を要求する一方、ALS患者などの限定なく)介護福祉士の業務に加えられた(2011)。
      *平成15年7月17日医政発第0717001号「ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の在宅療養の支援について」。「たんの吸引については、その危険性を考慮すれば、医師又は看護職員が行うことが原則であるが、ALS患者の在宅療養の現状にかんがみれば、在宅ALS患者に対する家族以外の者によるたんの吸引の実施について、下記の条件の下では、当面のやむを得ない措置として許容されるものと考える」。条件として、(1)療養環境の管理、(2)在宅患者の適切な医学的管理、(3)家族以外の者に対する教育、(4)患者との関係(同意)、(5)医師及び看護職員との連携による適正なたんの吸引の実施、(6)緊急時の連絡・支援体制の確保に関するものが挙げられている。
    • 一般人によるAEDの使用:反復継続性がないため許容されるとされた(2004)*。
      *平成16年7月1日医政発第0701001号「非医療従事者による自動体外式除細動器(AED)の使用について」。「救命の現場に居合わせた一般市民…がAEDを用いることには、一般的に反復継続性が認められず、同条違反にはならないものと考えられる」。なお、警察官等については別。一方、「業務の内容や活動領域の性格から一定の頻度で心停止者に対し応急の対応をすることが期待、想定されている者」については、①医師等を探す努力をしても見つからない等、医師等による速やかな対応を得ることが困難であること、②使用者が、対象者の意識、呼吸がないことを確認していること、③使用者が、AED使用に必要な講習を受けていること、④使用されるAEDが医療用具として薬事法上の承認を得ていることを要求した。
  • これでは厚生労働大臣の裁量を認めたようなものであり、問題がある。よりきめ細かい規定への見直しが必要(曽我部・後掲137頁。それを具体的に提案するものとして、米村・後掲44頁*)。
    *①抽象的危険性が比較的低く、かつ、具体的危険性も低い医行為については、主体を問わず実施を認め、
    ②抽象的危険性が比較的低く、かつ、具体的危険性が高い医行為については、一定の教育・訓練プログラムを受けた患者・家族、医療・介護資格を有しない者の実施を認め、
    ③抽象的危険性が比較的高い医行為は、原則として医療従事者以外の実施を認めない。ただし、救命のための行為については緊急行為・実質的違法性阻却として許容されることがある。
    とすべきであるとする。ただ、これはこのセクションに書いたような、明らかな医行為を適法化する方向の改正の提案なので、美容まわりを整理方向の改正とは異なる気がする。
  • 予測可能性というよりは民主的統制の必要性の観点からだが、母体保護法の母体外生命保続可能性要件事務次官通達で22週未満とされている)でも同様の問題がある旨書いたことがある(人工妊娠中絶に関するメモ―特に同意要件に関して。「なお、時期的要件として〜」のくだり)。
 

レファレンス

なお、憲法の基本書、演習書等と使用法医事法の基本書、演習書等と使用法も参照。