医事法の基本書等と使用法(2020年9月最終更新)

目次

 

分野の概要

医事法とは、医療に関わる法律群のことをいい、民法(診療契約、不法行為家族法)、刑法(生命・身体関係)、行政法医師法、医療法、薬機法、感染症法、母体保護法臓器移植法、クローン技術規制法など)に関わります。

仕事や家族がかかっているなど、人生における重大な局面で問題となる一方、ヘルスケア産業が盛んな現在では、企業にとっても重要性が増している法分野です。以下で紹介する事案は、訴訟になっている以上基本的に前者なのですが、後者の例も最後にまとめて紹介しておこうと思います。

 

タトゥー

医師でない者が、タトゥーの彫師として活動してたところ、医師法違反で起訴された。上記行為は非医師が行ってはならないとされている医業(医行為)に当たるといえるか?

(最決令和2年9月19日裁判所websiteは消極:最決令和2年9月16日裁判所website(タトゥー医師法違反事件上告審)。同決定は専ら医師法の解釈によって事案を処理しましたが、同決定が「正当として是認」できるとした原審・大阪高判平成30年11月14日判時2399号88頁[令和元年重判憲法8、刑法6]は、医師法の解釈を示した上で、憲法22条1項との関係でもそのような解釈が要請される旨「付言」していました。)

 

使用者によるHIV検査とプライバシー

ある年、警視庁採用者の全員につき、身体検査の一環として血液採取がなされた。その後、その血液は、警察病院(独立の財団法人が設置している)に譲渡され、HIV抗体検査が実施され(そのことについて明確な説明はなかった)、その中の一人であるXにつき陽性反応が確認された。警視庁は、HIV抗体検査の結果が陽性であったこと、免疫力が相当程度低下しており仕事の継続が困難であることを告げた上、警察学校への入校辞退を勧告した。しかし、Xが都立病院を受診したところ、通常の就労が可能であるとの診断を受けた。そこで、Xは東京都および上記財団法人に損害賠償を求めた。HIV抗体検査の実施と退職勧告は適法であったか?

(東京地判平成15年5月28日判タ1136号114頁[医事法判例百選23]はいずれも違法。コロナで労働者の健康に関するプライバシーは再び大きな問題になっている気がします。例えば森大樹「個人情報保護・プライバシー(〈緊急連載〉新型コロナウイルス感染症への法務対応(10・完))」商事法務2229号51頁(2020)参照)

 

メディカル・ネグレクト

AとBは婚姻し、Cが出生した。Cは疾病により、緊急手術をしなければ、数か月以内に死亡するが、緊急手術を行えば90%の確率で治癒が見込まれる。しかし、その場合、右目の視力が失われ、左目の視力もほぼ失われる。A, Bは、このことについて医師から繰り返し説明を受けたが、障害を持つ子供を育てることへの不安から、治療を拒否した。そこで、医師から通告を受けた児童相談所長が、家事審判法上の審判前の保全処分として、親権者の職務執行停止・職務代行者選任を求めた。上記事情の下では親権の濫用が認められるか?

(津家審平成20年1月25日家月62巻8号83頁[医事法判例百選37]は積極。ちなみにエホバの証人の信者が子供の輸血を拒否をする事案もあり、この場合は信教の自由にも関わります。)

 

代理出産と親子関係

AとBは夫婦であるが、Aが子宮摘出手術により自ら出産することは難しかったため、ネバダ州の女性C(既婚)にいわゆる代理出産を依頼した。ネバダ州裁判所は、これによって生まれたD, Eについて、現地法に従い、A, Bとの親子関係を確認する裁判を行った。A, Bは、これに基づいて品川区にD, EをA, Bの嫡出子とする出生届を提出したが、品川区はこれを受理しなかった。A, Bは東京家庭裁判所に対して戸籍法上の不服申立てを行った。上記ネバダ州裁判所の裁判は、外国判決が承認される(=日本でも効力を持つ)ために必要な要件である、日本における公序良俗に違反しないことを満たすか?

(最決平成19年3月23日民集61巻2号619頁[民法判例百選III-35、国際私法判例百選69、医事法判例百選89]は消極。日本ではA, BとD, Eの実親子関係はないことになるので、親子関係を発生させるためには養子縁組、特にCとその夫との親子関係を消滅させるためにはいわゆる断絶型養子縁組である特別養子縁組によることになります。なお、後者の場合、法的には実親子と同じ扱いを受けます。なお、関連する事案として、次のものがあります:凍結した受精卵を妻が無断移植して出産した子と父子関係があるか?

 

安楽死

多発性骨肉腫で意識不明の患者について、苦しむ様子を見かねた家族から懇願された担当医師の一人が、塩化カリウムを投与して死亡させた。医師は殺人罪で起訴された。違法性が阻却されるとすれば(その根拠として、患者の自己決定権などが考えられる)、どのような要件の下においてか?

(横浜地判平成7年3月28日判時1530号28頁[東海大学事件、医事法百判例選93]は、①耐え難い肉体苦痛、②死期が不可避・切迫、③苦痛緩和の代替手段なし、④本人の真摯な意思表示を要求した。当該事案では①④を満たさず、懲役2年執行猶予2年。)

 

人工妊娠中絶の同意

おそらく裁判例にはなっていないのですが、人工妊娠中絶の同意権の問題があります。

母体保護法上、人工妊娠中絶をするためには、配偶者の同意が必要であり、この「配偶者」は法律婚に限定されない、実質的なものと解釈されています。この誰が同意権者なのか(同意権者がいるのかどうか)の判断は、第一次的には医師が行うことになっているのですが、医師は法律家ではないので、そのような判断には慣れておらず、リスクを回避するために、とりあえず父親に当たりそうな人の同意書を要求しがちです。そうなると、人工妊娠中絶(可能な期間は22週間とされています)ができなくなってしまい、母親に望まない出産を強いることになりかねません。

個人的には、一応の解決として、家庭裁判所による同意に代わる許可の制度を創設すべきであり、また、根本的な解決として、配偶者等の同意そのものを不要とするべきだと考えています(人工妊娠中絶に関するメモ―特に同意要件に関して)。

 

ヘルスケア産業関係

裁判所に持ち込まれることは少ないですが、身近なヘルスケア産業関係の問題として、次のものがあります。

  • 脱毛はどこまで非医師でもできるのか?…レーザー脱毛とフラッシュ脱毛の区別は医師法による医業規制に関係します。
  • ヘルスケアに関わるデバイスはどのような場合に許認可を得なければならないか/許認可を得るためにはどのようにデバイスを設計する必要があるのか?…最近まで日本で売られているApple Watchは心電図機能が無効化されていましたが、これは薬機法の医療機器規制に関係します。
  • 化粧品メーカーの広告ではどこまでのことが書けるのか?…「何も言っていないような広告」(by 当該分野を扱っている弁護士)になりがちなのは、薬機法の広告規制に関係します。アットコスメなどの美容サイトも規制対象になりえます。

ちなみに薬機法令和2年改正では、広告規制の一部に課徴金制度が導入されました。

 

手嶋・医事法入門

医事法入門 第5版 (有斐閣アルマ > Advanced)

医事法入門 第5版 (有斐閣アルマ > Advanced)

  • 作者:手嶋 豊
  • 発売日: 2018/09/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

民法学者による入門書(長らく唯一の入門書だった)。学部1年のとき(2015)、ゼミで安楽死を扱ったのがきっかけで読みました。米村先生の本は淡々と進んでいく印象があるのに対して、こっちはもう少しソフトな印象があり、一冊目としておすすめ。

総論/医療関係者/医療体制/診療情報/感染症対策・保健法規/出生(生殖補助医療・人工妊娠中絶)/医学研究・医薬品開発/人体組織・遺伝子・性の決定/医療事故/脳死・臓器移植/終末期医療(安楽死尊厳死、重度障害新生児)/特別な配慮を要する患者(未成年者・高齢者・精神疾患・介護)/グローバリゼーションとの関係(5版で追加)。

(2020年8月最終更新)

 

米村・医事法講義

医事法講義

医事法講義

 

現役の内科医でもある民法学者による入門書。手嶋先生の本と比べると、テーマを絞ってより深い記述がなされている箇所が多い印象。

総論/医療行政法(医療従事者法、医療機関法、医療法上の医療制度・医業類似行為)、一般医療行為法(医療契約、民事医療過誤法、刑事医療過誤法)、特殊医療行為法(終末期医療、脳死・臓器移植、精神医療・感染症医療、生殖補助医療、クローン技術規制・再生医療規制)、その他(ヒト組織・胚の法的地位、医薬品・医療機器、医学研究)

(2020年8月最終更新)

 

ケース・スタディ生命倫理と法

ケース・スタディ生命倫理と法 第2版 (ジュリスト増刊)
 

 ジュリストの連載のスピンオフ(ただし、単行本化にあたっても改定にあたってもわりと加筆がされています)。

各のテーマについて、具体的なケースを提示した上で、3人の関係領域の専門家がそれぞれの立場からコメントしていきます。また、その後ろに、First Step/Second Stepという2つのレベルを分けたNotes and Questionsが付されています(位置付けがよくわからりませんが、演習書っぽい感じではあります)。

遺伝病の告知/医療事故情報の警察への報告/終末期医療のあり方/異形独占/生殖補助医療の規制問題/患者の権利・胎児へのリスク/知的障害者不妊手術/看護師の良心と弁護士の役割/人体試料・遺体・検体の取扱い/臨床研究・臨床試験のあり方/臓器移植と脳死をめぐる問題/血液製剤と限られた資源の配分問題/脳神経科学/再生医療と法/自己決定権。

(2020年8月最終更新)

 

医事法判例百選

医事法判例百選(第2版) 別冊ジュリスト

医事法判例百選(第2版) 別冊ジュリスト

  • 発売日: 2017/08/25
  • メディア: Kindle
 

(このシリーズではみんな知ってる百選は紹介しない方針なのですが、本記事の扱う分野は比較的マイナーなので、一応紹介しておきます。)

医事法分野は、医師と情報の非対称性、学会等のガイドラインによる自主規制(その前提となっているのは専門性の高さ)などが関係して、問題が裁判所に持ち込まれることがあまり多くありません。しかし、ひとたび問題が裁判所に持ち込まれると、問題の重大性(関係利益の重大さ〔しばしば生命に関わる〕、責任の重さ、社会的影響の大きさ、人々の根幹的な価値観に関わることが多いこと)ゆえに、重要判例が形成されることが多いです。

解説もさることながら、そもそも今までこの分野ではどんな問題が生じてきたのかを知るのに有用。

(2020年8月最終更新)