人工妊娠中絶に関するメモ―特に同意要件に関して

目次

 

報道

性的暴行を受けて妊娠し中絶手術を希望したものの、医療機関が必要のない加害者の同意を求めるケースが相次いでいるとして、弁護士で作る団体が日本医師会に適切な対応と実態調査を求める要望書を提出しました。
“性的暴行の妊娠中絶 加害者の同意不要” 医師に徹底を要望 | NHKニュース

 

現行法

現行法上、人工妊娠中絶の規制は、次のような立て付けになっています。

  • 母体保護法上、指定医師は、「妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」および「暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」について、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる(14条1項)。なお、「配偶者」には、「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様な事情にある者」が含まれる(3条1項括弧書)。
  • 人工妊娠中絶とは、「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出すること」をいう(2条2項)。「母体外において、生命を保続することのできない時期」は、平成2年の通達により満22週未満とされている*。
  • 刑法上、医師が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、業務上堕胎罪が成立する(214条。致傷・致死による加重処罰あり)。しかし、母体保護法の要件を満たす場合には、正当業務行為として違法性が阻却される(35条)。

*平成2年3月20日発健医第55号(各都道府県知事あて厚生事務次官通知)「優生保護法により人工妊娠中絶を実施する時期の基準について」、その趣旨等について平成2年3月20日健医精発第12号「優生保護法により人工妊娠中絶を実施する時期の基準の変更について」。昭和28年6月12日厚生省発衛第150号(厚生事務次官通知)「優生保護法の施行について」を改めた(23週→22週)。その後、優生保護法の改正法(平成8年法律第105号。母体保護法への題名変更を含む)の施行に伴う平成8年9月25日厚生省発児第122号(各都道府県知事・政令市市長・中核市市長・特別区区長あて厚生事務次官通知)「母体保護法の施行について」で維持されている。

 

医師への萎縮効果

原則処罰―例外違法性阻却という立て付けのため、産科医は処罰を恐れて慎重になりがちです。もちろん、法も産科医が考えるほど不合理な規制をしているわけではなく、彼らが挙げるケースには、実際には起訴・処罰されない、それどころか強制処分を伴う捜査すらされないのではないかというものも含まれています。しかし、彼らは、そもそも警察に持ち込まれること自体を嫌がっているのだろうと思います。

そのような産科医の考え方を、「無知なのがいけない」と非難することは不適切です。産科医は法律家ではありません。仮に法を「正しく」知ることを要求すれば、産科医は中絶手術をしなくなるか、そもそも医学生が産科を選択しなくなるだけのことです。そうなったとき、産科医の不足によるリスクは、最終的に望まない妊娠をした妊婦(ひいては妊婦一般)が引き受けることになります(実際、産科医の不足は生じており、それによる問題はつとに指摘されています)。それを避けるためには、やはり法のほうを変えるべきです。

 

一応の解決―家裁の即日審判

一応の解決として、家庭裁判所による許可の制度を創設すべきではないかと思います(即日審判)。母体保護法上の要件を充足するかの判断を、法的判断に適した裁判所にアウトソースし、医師を法的判断のリスクから解放するものです。

 

配偶者同意要件はいらない

根本的な解決として、配偶者等の同意そのものを不要とするべきではないかと思います。

そもそも配偶者等の同意は何のために要求されるのでしょうか。よく調べたわけではありませんが(裁判例には目を通しましたが、趣旨に言及するものはありませんでした)、一つには、夫の子を持ちたいという意向への配慮、もう一つは、胎児の生命への配慮が考えられます。しかし、次に検討するとおり、そのいずれも保護に値しません。

 

夫の子を持ちたいという意向への配慮

まず、夫の子を持ちたいという意向ですが、基本的な方向性として、最終的に妊娠の負担やリスクを引き受けるのは妻である以上、妻の意向を優先すべきであり、それに優先してまで夫の意向を保護すべきでないと思います。

そして、その裏返しとして子を持つかどうかについて意見が相違する場合、パートナーシップの解消を認めるべきだと思います。

婚姻関係にある場合、現行法を前提とすれば、包括的な離婚事由である「婚姻を継続し難い重大な事由」に読み込むことが考えられます。もっとも、今までそのように解釈されてはこなかったわけで、それを解釈で変更することは難しいと考えられるので、明確化するために個別の規定を置く立法も検討すべきです。

もちろん、婚姻は生殖・育児だけを保護するものだとは考えられないので(婚姻制度が守るもの、守らないもの:同性婚の前提問題として)、子を持つかどうかについて意見の相違から直ちに離婚を認めるべきではないでしょう。具体的なケースへの適用にあたっては、

  • 子を持ちたいという意向の強さ、
  • 実子へのこだわり(「血の繋がり」にどこまでこだわるのか)、
  • 年齢(男性については生物学的な制約はそれほどないと考えられるが、子が自立するまで扶養できるかという意味で社会的な制約はあり、若いことは積極に、年をとっていることは消極に働く)、
  • すでに子がいるか(いれば消極に働く)、
  • それまでの交際・婚姻生活の経緯(例えば妻が専業主婦であり、経済的に依存している〔それを夫が受け入れてきた〕という事情は消極に、当初から子を持ちたいという意向を共有していたことは積極に、逆に持ちたくないという意向を共有していたことは消極に働く)

などを考慮することが考えられます。

なお、婚姻関係にない場合、関係解消が不法行為となるためのハードルを嵩上げすれば足ります(考慮事情は同じ)。

 

胎児の生命への配慮

次に、胎児の生命への配慮ですが、これについては、現行法上、胎児の生命への配慮は、専ら母体外生命保続可能性要件(2条2項)によって図られており、同意要件の保護法益に読み込むべきではないと思います。立法者意思も、同意要件が優生保護法時代から存在していたことを考えれば、胎児の生命をそれほど重大なものと捉えていたとは考えられず、むしろ、「嫁が勝手に中絶するなどけしからん」といった趣旨だろうと思います*。

*これは荒唐無稽な言いがかりではありません。2020年10月に、いわゆるアフターピルについて処方箋を不要とすることが検討されることとなりましたが(緊急避妊薬(アフターピル )、政府が薬局での販売を検討へ。実現求める強い声 | ハフポスト)、この際に、アナウンサーの小倉智昭氏は「夫は子ども欲しい、妻は欲しくないという場合に、あとで隠れて飲む可能性がある」と述べたようです(Search Twitter - 小倉 緊急避妊薬)。また、参照:昔の記事で発覚…低用量ピル承認前「男性たちが恐れたこと」の衝撃(福田 和子) | FRaU

 

なお、時期的要件として、法律上、母体外生命保続可能性という漠然とした基準を採用し、いわゆる行政規則である通達でそれを具体化することは望ましくなく、国会が自ら法律という形式で決定すべきです。この問題は、手術が可能かという医学的・技術的な問題にとどまるものではなく(平成2年の精神保健課長通知参照)、胎児をどこまで保護すべきかという優れて政策的な問題だからです。

ただし、この際に、医療技術の発達にキャッチアップするため、委任に基づいて政省令で定めることとすることは認めてよいと思います(委任に基づく政省令は、通達と異なり、裁判所・国民に対する効力を有します。なお、例えば会社法のように、時期の最短と最長およびその範囲で時期を選択するにあたっての義務的考慮要素を明示すべきだろうと思います)。

 

母体保護法の手続不履践に限定した処罰

以上に加えて、刑法の堕胎罪は廃止すべきです。

そもそも堕胎罪は、キリスト教の影響が強かったヨーロッパの法律を無批判に受け入れたものであり、我が国には必要ありません。不同意類型は残してもよいのではないかとも考えられますが、傷害罪で対処できます(なお、医療行為の違法性阻却は、同意だけではなく、医学的適応性・医療技術の正当性(医療水準)が要求されます)。

そうした上で、母体保護法の実効性を確保するために、母体保護法の手続不履践に限って罰則を設けることは、問題がない(むしろそうすべきだ)と思います。 

 

雑記、留保

こういった政策を議論するに当たって、中絶・離婚について宗教上のハードルが小さいのは幸いなことかもしれません。アメリカ(を含むキリスト教国)ではどちらも宗教問題ですが、我が国では母親と配偶者の保護、胎児の保護、生命倫理といった観点を合理的に検討すれば結論が出ます。子の権利を無視しがちという(よくない)伝統はありますが、さしあたり出生の前後で線引きするという現行の法体系を前提とすると、胎児についてはそれほど強い保護を与える必要はないのではないかと思います。

なお、以上の議論は、望まない妊娠を防ぐための性教育(成人に対する者を含む)や、女性が純粋に経済的な理由で子を生むことを諦めることを防ぐための社会保障の整備に代わる提案ではありません。また、制度として胎児が障害を持っていることが分かった場合に中絶を認めること、および、そのような状況で個々の女性が中絶を選択することについて、積極または消極の意見を表明するものではありません。