へんな著作権法

初めてテキストともに著作権法の条文を通読したときに、変だな、紛らわしいなと思ったところのメモです(二度と味わえない感覚だと思ってメモしていました)。

 

著作権はアイデアを保護しない

著作権法は、著作物を保護します。この「著作物」を、著作権法2条1項1号は次のように定義しています。

2条1項1号 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。

この一文にはさまざまな議論があるのですが、さしあたり、「思想又は感情を」と「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」は、あまり問題になりません。「創作的に」というのも、個性が発揮されていれば、あるいは、ありうる一定の幅の中から選択がされていれば認められています。

注目したいのは「表現」というところです。著作権法が著作物として保護するのは、具体的な表現であり、その背後にあるアイデアではありません(表現とアイデアの二分論)。

著作権法は、文化の発展に寄与することを究極的な目的としています(1条)。つまり、著作者に独占権を認める→著作者以外の者が著作者の創作活動の産物にフリーライドできなくなる→著作者が創作活動について正当な対価を受けることができるようになる→創作活動で生活できるようになる→創作活動をする人が増える→文化が豊かになる→みんなハッピー、という連鎖が想定されているわけです。ところが、アイデア著作権を認めた場合、他人の権利を侵害しないよう、他者の表現の幅が限定されてしまいます。文化の発展に寄与するという目的を考えると、これでは本末転倒です。そのため、このように限定しているわけです(ちなみに、今回は条文に即して説明しましたが、世界的な原則です)。

さて、なぜアイデアに限定されるかは分かったとして、そもそもアイデアと表現とはどのように線引されるのでしょうか。実は明確な基準を立てることは不可能です。ただ、例えば小説であれば、文章そのものは表現ですが、ストーリー、キャラクター、モチーフなどはアイデアに属するといえます。

そのため、著作権侵害が生じる場面というのは、実はクリエイターの倫理(?)上非難されるべき「パクリ」よりもかなり狭いということになります。

 

"© 2020 N. All rights reserved." は法的には無意味

Webサイトなどで、標記のような表示を見ることがあります。©はCopyrightのCであり、All rights reservedとは、全ての権利が留保されている、つまり、著作権を保持しているという意味です。しかし、法的には、このような表示にはあまり意味がありません。

かつてアメリカでは、著作者名の表示が要求されており、このような表示がなければ、著作権の保護を受けることができませんでした。しかし、日本の著作権法には、次のような規定があります。

17条2項 著作者人格権及び著作権の享有には、いかなる方式の履行をも要しない。

著作者名の表示は必要ないし*、特許法などの産業財産権で採用されがちな出願・審査も必要ないということです。

もっとも、法的に意味がないからといって、社会的に意味がないわけではありません。映画が始まる前に「NO MORE 映画泥棒」というビデオを流してみるとか、駐車場に「無断駐車禁止」と書くようなものだと理解できます。

 

*著作物にどのような表示をするか、実名を表示するのか、ペンネームなどのクリエイターとしての名前を表示するのか、何も表示しないのかの選択は、著作者人格権の一つである氏名表示権として保護され(19条1項)、その選択に反する形で販売などの行為をすれば、損害賠償請求(民法709条)・差止請求(112条1項)の対象となり、また、犯罪となります(119条2項1号)。

 

CDはレコードである

これは単なる用語の問題なのですが、著作権法上、CDは「レコード」と表現されます。ちなみに現行著作権法は1970年制定です。

2条1項5号 レコード 蓄音機用音盤、録音テープその他の物に音を固定したもの(音を専ら影像とともに再生することを目的とするものを除く。)をいう。

蓄音機用音盤というのはいわゆるレコード、録音テープというのはいわゆるカセットテープですが、「物に音を固定したもの」であれば「レコード」なので、CDは「レコード」です。

ただ、その外縁というのは(私には)よく分かっていません。iPhoneのミュージックアプリでApple Musicにある曲をダウンロードする場合、その曲がiPhoneのストレージという「物」に「固定」される気がするんですが、iPhoneは「レコード」ということになるのでしょうか。ただ、「固定」がそういうフラッシュストレージへの記録でいいとすれば、固定(=無体物たる著作物を有体物に化体させる)とは何なのか、よく分からなくなってきます。フラッシュストレージへの記録というのは、特定の形をした電気の波なわけですが、空中に音を流すこと自体は(その空気が密閉されていたとしても)固定とは言わないはずであり…よく分かりません。

 

著作権という権利は存在しない

特許法を勉強したあとに著作権法を勉強すると特によく分からなくなるのですが、著作権は、支分権と呼ばれる権利の束にすぎません。支分権には、次のものがあります。

  • 複製権(21条)
  • 上演権、演奏権(22条)
  • 上映権(22条の2)
  • 公衆送信権送信可能化権、伝達権(23条)
  • 口述権(24条。言語の著作物のみ)
  • 展示権(25条。美術の著作物、未発行の写真の著作物を原著作物により展示する場合のみ)
  • 頒布権(26条。映画の著作物のみ)
  • 譲渡権(26条の2。映画の著作物以外)
  • 貸与権(26条の3。映画の著作物以外)
  • 翻案権(27条)

語感からはかなり広く見えますが、複製権以外は基本的に各条で公衆に直接見聞きさせることを目的とすること(「公に」当該行為をすること)や、公衆に提供することが要件とされているため、それほど広くありません(なお、公衆=不特定者または特定多数者)。

著作権と呼ばれているものは、これらの支分権の束なので、これらの支分権でカバーされる行為にしかその効力は及びませんし、個別に支分権を譲渡したり、ライセンスすることもできます。

このことは、特許法と対比すると分かりやすい気がします。著作権法の「著作者の権利」と称する規定は、次のように空洞化しています。

17条1項 著作者は、次条第一項、第十九条第一項及び第二十条第一項に規定する権利(以下「著作者人格権」という。)並びに第二十一条から第二十八条までに規定する権利(以下「著作権」という。)を享有する。

これに対して、特許法の「特許権の効力」という規定は、次のように実質的なものになっています。

68条 特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。ただし、その特許権について専用実施権を設定したときは、専用実施権者がその特許発明の実施をする権利を専有する範囲については、この限りでない。

なお、「実施」は2条3項で、発明の3つの類型に応じて規定されています。

2条3項 この法律で発明について「実施」とは、次に掲げる行為をいう。
一 (プログラム等を含む。以下同じ。)の発明にあつては、その物の生産、使用、譲渡等(譲渡及び貸渡しをいい、その物がプログラム等である場合には、電気通信回線を通じた提供を含む。以下同じ。)、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出(譲渡等のための展示を含む。以下同じ。)をする行為
二 方法の発明にあつては、その方法の使用をする行為
三 物を生産する方法の発明にあつては、前号に掲げるもののほか、その方法により生産した物の使用、譲渡等、輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為

このため、特許権であれば、法律レベルでは、比喩的に言えば不動産所有権の侵害くらい侵害がはっきりしていることが多いように思いますが、著作権の場合には、そもそもどの権利を侵害したのかが一つの大きな問題となり、「著作権侵害だ」と言ってみても話が始まらないことが多いことになります。

 

共著の法律書のほとんどは共同著作ではない

共同著作をした場合、著作権は共同著作者の共有に属することになります。著作権が共有される場合、その権利行使は、制約されます。

65条 共同著作物の著作権その他共有に係る著作権(以下この条において「共有著作権」という。)については、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。
2項 共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。
3項 前二項の場合において、各共有者は、正当な理由がない限り、第一項の同意を拒み、又は前項の合意の成立を妨げることができない。
4項 前条第三項及び第四項の規定は、共有著作権の行使について準用する。

民法上の共有の原則によれば、「各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる。」とされており(249条) 、また、同じ知的財産法である特許法においては、譲渡・質権設定・ライセンスについては全員の同意が必要であるものの(73条1項、3項)、実施は単独ですることができる(同条2項)とされていることと比較すると、制約はより強いといえます。

そのため、共同著作物は、次のように定義されています(後半が大事)。

2条1項12号 共同著作物 二人以上の者が共同して創作した著作物であつて、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものをいう。

「共同して」については、意思連絡が必要なのかという、ありがちな議論がありますが(cf. 民法719条1項)、共同著作物とされることによる権利の制約の重大さを強調する場合には、必要であると解釈することになります。

例えばリーガルクエス民事訴訟法の初版端書きには、次のような記述があります。

本書は,各章ごとの執筆担当者を表示しているが,同時に,本書はわれわれ4名による真の意味での共同著作である。本書の作成は,各担当者が執筆した1次原稿に全員が目を通し,全員が顔を合わせる会合において,著述の内容はもとより,一字一句の表現に至るまで全員が納得するまで徹底的に議論を重ねた。そうした過程において,従来の学説では見落とされていた問題や新たな議論の展開につながる課題が発見されたことも,一度や二度のことではない。そうした意味では本書のための会合は,著者間の原稿の調整という作業を遥かに超えて,長期間にわたる実り豊かな研究会そのものであった。

このような経緯がある場合には、共同著作と言えそうな気もしますが、学説の議論それ自体はアイデアであるため、必ずしも著作権法上の共同著作物ではないことになります。

また、芦部憲法は、高橋先生が改訂されていますが、原文と改訂箇所がはっきりと区別されているので、共同著作物ではありません。四宮能見民法総則は、改訂箇所が区別されていませんが(本文で四宮説を引用して批判したりする)、共同性の内容として意思連絡が必要との立場に立つ場合には、やはり共同著作物ではないことになります。

そういうわけで、共著の法律書のほとんどは共同著作ではないことになりそうです。

 

法人の著作者人格権

被用者が作成した著作物については、使用者が原始的に著作権等を取得するという制度があります。

15条1項 法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く*。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。

*15条1項でプログラムの著作物を除くとされているのは、2項に規定されているからで、「自己の著作の名義の下に公表する」要件が不要とされています。エンベデッドソフトウェアを想定したものです。

びっくりなのは、「著作者は…その法人等とする」とされている点です。

映画の著作物については、関係者が多数にわたるため、各人に著作権が帰属することとなれば権利処理が極めて複雑になるという配慮から、映画製作者に帰属することとされています(29条1項。それが嫌なら製作に参加しなければよい、言い換えれば、製作に参加する契約の締結段階で交渉せよということです)。もっとも、同条が対象とするのは、財産権としての著作権であり、著作者人格権は対象ではありません(各著作者に留保されます)。

これに対して、法人著作の場合には、法人が著作者となるわけですから、著作権著作者人格権も当然に当該法人が取得することとなります。しかし、(営業上の信用とは区別された)法人の人格的利益とは何なのでしょうか。そもそも法人の人格権とは何なのかを考えなければならないと思います(そういえば薬事法違憲判決も、営業の自由の人格関連性を強調した上で、法人についても無留保でそれを妥当させていますね)。

  

Blu-ray化するなら最初からそうしなければならない

29条1項の続きなのですが、同条2項には次のような規定があります。

2 専ら放送事業者が放送のための技術的手段として製作する映画の著作物(第十五条第一項の規定の適用を受けるものを除く。)著作権のうち次に掲げる権利は、映画製作者としての当該放送事業者に帰属する。
一 その著作物を放送する権利及び放送されるその著作物について、有線放送し、自動公衆送信(送信可能化のうち、公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力することによるものを含む。)を行い、又は受信装置を用いて公に伝達する権利
二 その著作物を複製し、又はその複製物により放送事業者に頒布する権利

専ら放送事業者が放送のための技術的手段として制作する映画の著作物については、放送に関する権利のみが、当該放送事業者に帰属するということです。つまり、29条2項が適用される場合、原則どおり1項が適用される場合よりも、映画製作者(たる放送事業者)への権利集約は弱いということになります。

これが顕在化するのが、専ら放送目的で作ったテレビ番組をBlu-rayにする場面です。Blu-rayディスクの販売は、頒布権によってカバーされます。頒布権については、本項2号がカバーしていますが、放送事業者を相手方とする場合に限られており、一般向けの販売、つまり、公衆を相手方とする頒布は対象ではありません。その結果、そのような頒布をする権利は個々の著作者に留保されており、販売のためには個々の著作者の許諾を得なければならないことになります。

そういうわけで、テレビ番組をBlu-ray化する場合には、最初からそのようなものとして作っておく必要があることになります。

 

歌手は著作権を持たない

音楽は、作詞家、作曲家、歌手、楽器を演奏する人たちからなるのだと思いますが、この中で著作権を取得するのは作詞家・作曲家だけです。著作権法的には、歌手や楽器を演奏する人たちは、作詞家・作曲家が作った著作物を演じているだけというわけです。そのため、例えばカラオケであるアーティスト(というと歌手、バンドであれば歌手+楽器を演奏する人たちを指すのが通常でしょう)の曲が利用されたとしても、彼らにはロイヤルティは入らないことになります(もちろん、アーティストが自ら作詞・作曲している場合は別ですが)。

なお、そのような歌手や楽器を演奏する人たちも、実演家として、著作隣接権によって保護されます。実演家の著作隣接権には、氏名表示権、同一性保持権(以上が実演家人格権)、録音・録画権、放送・有線放送権、送信可能化権、譲渡権、貸与権等(以上は財産権的権利)が含まれます。

 

データベースの不正使用は著作権侵害にならない

著作権法が定める支分権の中に、使用権というものは存在しません。このことは、著作権がもともと芸術作品を対象としていたことからすれば、当然のことなのですが、現在では、プログラムやデータベースといった、実用的なものも著作権の対象とされているため、必ずしも保護として十分ではありません。

そこで、113条は、一定の行為を侵害とみなすことによって、保護を拡張しています。その中に、次のような規定があります。

118条2項 プログラムの著作物の著作権を侵害する行為によつて作成された複製物(当該複製物の所有者によつて第四十七条の三第一項の規定により作成された複製物並びに前項第一号の輸入に係るプログラムの著作物の複製物及び当該複製物の所有者によつて同条第一項の規定により作成された複製物を含む。)を業務上電子計算機において使用する行為は、これらの複製物を使用する権原を取得した時に情を知つていた場合に限り、当該著作権を侵害する行為とみなす。

つまり、プログラムについては、情を知って取得した上で業務上使用する限り、著作権侵害となります。これに対して、データベースについてはこのような規定はありません。不均衡だと思いますが、データベースの不正使用は著作権侵害にならないゆえんです。

なお、そのデータベースが営業秘密や限定提供データに当たる場合、不正競争防止法上の保護は受けることができます。差止めも認められますし、損害推定を含む民事訴訟の特別規定も著作権法とほぼ同等のものが置かれているため、問題ないようにも思いますが、そもそもそれらに該当するような厳格な管理をしていなければならないという点で、やはり問題があるような気もします。

(なお、みなし侵害の規定は、特許の間接侵害(みなし侵害)と同じような位置にあるのですが、その性格は、必ずしも特許のような侵害の幇助・予備行為を差止等の対象とすることにとどまるものではありません。そうすると支分権に含めればいいじゃないかという気もしてくるのですが、実際、そうしない理由はよくわかりません。1項が規定する輸入は、特許においては実施行為そのものなのですが… )

 

物権的請求権のアナロジーとしての差止請求権

著作権法が保護するのは著作物ですが、著作物は無体物(情報)です。情報は、自然的には、競合性・排除性がありません(Aさんが享受したからといってBさんが享受できなくなるわけではないし、対価を支払わずに享受しようとする行為を排除することが容易でない)。このことは、居住用の建物と比較すると分かりやすいです。居住用の建物は、ある人が住めば他の人は住めなくなるという意味で競合性がありますし、利用するためにはその建物に物理的に入らなければならいので、不法占拠をすれば一目瞭然であるという点で、排除性があります。

著作権制度(を含む知的財産制度)は、動産・不動産の排他的支配を貫徹するための制度である妨害排除(・予防)請求権のアナロジー差止請求権を認めることにより、情報に競合性・排除性を付与する制度であるといえます。