なぜ手続法違反だけが絶対的上告理由なのか?

レポートを書いていたら思ったところがあるのでメモ。

  • 強制執行手続における執行機関の行為は、違法と不当が区別されている。手続法(民事執行法)違反は前者であり、執行抗告手続によって処理される。実体法違反は後者であり、判決手続(例えば請求異議の訴え)によって処理される。
  • これと同様に、判決手続における判決機関の行為(判決等の裁判)にも、違法と不当がある(なぜか基本書にはあまりはっきり書かれていない気がするけど)。裁判が違法となるのは、原則として手続法(民事訴訟法)違反の場合に限られる実体法の解釈・適用の誤りは、原則として当・不当の問題でしかない。だから、判決についての絶対的上告理由は、全て手続法違反である。実体法違反は、最高裁に上告する場合は、上告受理申立理由・破棄理由となるにすぎない。
  • これは、実体法と手続法の性質の違いによる。
    • 実体法は、裁判所にとっては専ら裁判規範である。したがって、その解釈・適用は基本的に裁量としてよい。もちろん「正しい法解釈」を措定するのであれば、不当な判決もあるかもしれないけれども、そんなものはない(最高裁が一応の「正しい法解釈」を示すした場合は別で、判例違反が上告受理申立理由になる)。その結果、ある程度はばらばらな判断がなされることがあるが、憲法民事訴訟法はそれを許容していると考えられる。
    • 手続法は、裁判所にとっては第一次的には行為規範である。したがって、一審(続審である控訴審も?)の裁量に委ねることはできない。そこで、絶対的上告理由とされている。
  • 手続法違反が実体法違反より重大だというのは、会社法行政法の発想からすると違和感があるかもしれない。しかし、会社法行政法で出てくるのは、当事者が裁判所外でした行為の手続法違反であり、実体法違反と同一平面上にある(手続法違反と書いたが、訴訟・非訟法という意味の手続法ではなく、正確には手続的実体法とでもいうべきものである)。これに対して、裁判所の手続違反は、次元が異なる。
  • なお、司法の独立には、多様な裁判例と学説の批判がある状態を経て、最高裁が一つの答えを出すというステップを踏むことで、より適切な内容での判断の統一を可能にするという機能がある気がしている。(独禁法でいう)市場、表現の自由市場、松井先生の言うプロセス的権利、連邦制における法制度のダイバーシティ(日本でも情報公開条例は地方自治体から始まった)に似ている。

 なお、きっかけは最判昭和53年3月23日判時886号35頁[百選89]です。連帯債務(共同不法行為者)についての反射効が問題となった事案ですが、別訴訟(一審では併合、先に確定)の不当判決から名宛人を救済するために「中途半端な処理」をしたという指摘がされています(高橋宏志・重点講義民事訴訟法(上)第2版補訂版768頁注23)。