大阪地判平成20.1.31:司法試験の答案および素点を記載した文書の開示請求

対象裁判例は、大阪地判平成20年1月31日判タ1267号216頁。特に何か考えたとかではないのですが、読んでいて面白かったので紹介しておきます。

 

事案の概要

司法試験受験生が、法務大臣に対して、司法試験の答案および考査委員が付した素点の記載された文書の開示請求(行政機関個人情報保護法12条1項)をしたところ、開示により事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがある(同法14条7号柱書)として不開示決定処分(同法18条2項)をした。不開示決定処分の取消しを求めて出訴。大阪地裁は、不開示を適法と認め、請求を棄却した(確定)。

 

関連規定

行政機関個人情報保護法14条 行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る保有個人情報に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが含まれている場合を除き、開示請求者に対し、当該保有個人情報を開示しなければならない。 
(一号から六号まで省略)
七 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、開示することにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
イ 監査、検査、取締り、試験又は租税の賦課若しくは徴収に係る事務に関し、正確な事実の把握を困難にするおそれ又は違法若しくは不当な行為を容易にし、若しくはその発見を困難にするおそれ
ロ 契約、交渉又は争訟に係る事務に関し、国、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人の財産上の利益又は当事者としての地位を不当に害するおそれ
ハ 調査研究に係る事務に関し、その公正かつ能率的な遂行を不当に阻害するおそれ
ニ 人事管理に係る事務に関し、公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれ
ホ 独立行政法人等、地方公共団体が経営する企業又は地方独立行政法人に係る事業に関し、その企業経営上の正当な利益を害するおそれ

行政機関個人情報保護法は、個人の実体的権利として、開示請求権(12条以下)、訂正請求権(27条以下)、利用停止請求権(36条以下)を規定しています。 開示請求権は、行政機関が自己について誤った情報に基づいて自己を処遇していないか、言い換えれば、訂正請求・利用停止請求をする必要がないか判断するための資料を提供させるという目的で認められたものです。

 

判旨

見出しを太字にした。

1 法14条7号柱書の事務支障の「おそれ」の程度
 法1条は,同法の目的について,行政機関において個人情報の取扱いについての基本的事項を定めることにより,行政の適正かつ円滑な運営を図りつつ,個人の権利利益を保護することを目的とすると規定し,同14条は,開示しないことに合理的な理由がある情報を不開示情報として具体的に列挙し,この不開示情報が含まれていない限り,開示請求に係る保有個人情報を開示しなければならないと規定している。
 このような法の各規定の趣旨からすれば,法14条7号柱書に定める「支障」の程度は,名目的なものでは足りず,実質的なものが要求され,「おそれ」の程度も単なる確率的な可能性ではなく,法的保護に値する蓋然性が必要であると解される。
 なお,本件開示請求は,本件答案及び本件採点を対象とされたものであるが,仮に本件答案及び本件採点の開示が認められた場合,被告は,その余の受験者に対しても同様の対応を迫られることになるから,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれの有無は,このことを前提に検討すべきである。
2 新たな法曹養成制度の理念を覆すおそれの有無(争点〔1〕)について
(1)前記前提事実に加え,証拠(乙1,乙6,乙7,乙8,乙9)及び弁論の全趣旨によれば,旧・新司法試験の実施状況に関し,以下の事実が認定できる。
ア 旧司法試験においては,受験生の間で受験予備校等が広く利用されていたところ,受験予備校等は,受験者から論文式試験の再現答案を集め,成績通知により上位の評価である「A」を得た者の再現答案を分析をし,高い評価を得る答案の共通点等を多数の受験生に示すなどの受験指導を行っていた。
 そのため,旧司法試験の受験生の中には,受験予備校等の指導に則り,論点ごとに整理された教材,あるいは過去の試験問題や想定問題についての解答例を集めた教材等を使用してその内容を覚えていくという勉強の仕方をする者が多く存在した。
イ その結果,旧司法試験においては,論点・解答を暗記する勉強方法を採る受験者による画一的な答案が増加し,論文式試験の答案は,考査委員らにより,「表面的,画一的,金太郎飴的答案」,「同じような表現のマニュアル化した答案」,「パターン化しており,それも同じ間違いをしている答案」等と評され,受験者の能力判定が年々困難になると指摘されていた。
ウ これに対し,新司法試験は,旧司法試験での反省を踏まえ,質・量ともに豊かな法曹を養成するため,法科大学院教育を中核とする,プロセスとしての新たな法曹養成制度の一環として位置づけられている。
 この新たな法曹養成制度は,司法試験の前段階の教育を法科大学院において行い充実させることにより,質の高い法曹を数多く養成しようとする制度である。
エ 新司法試験は,平成18年に初めて実施されたが,「受験新報」という司法試験の情報誌においては,同年11月1日発行の12月号において,「論文式試験 合格者はこう書いた!」と題して,合格者の科目別再現答案(受験直後に受験者らが作成したもの),科目ごとの得点(1問目と2問目の合計得点),上記再現答案作成者のコメントを掲載した。
オ 平成19年には,ある受験予備校は,短答式試験論文式試験それぞれにつき,新司法試験終了直後から,受験者らに対し,特典を供与して,再現答案の収集をするなどした。
(2)ア 上記認定事実によれば,答案の開示が認められていない現時点においても,旧司法試験と同様,新司法試験の受験者の答案の再現が試みられ,それに対する評価が加えられ,科目ごとの得点と答案内容との対比や自己の再現答案との対比もある程度可能な状況にあることが認められる。そして,答案の開示が認められれば,開示された答案の内容と当該答案に与えられた得点をより具体的に分析することができるようになる。
 ところで,司法試験の採点業務は,考査委員の高い専門的知見に基づいてなされるものであり,採点にあたっては,事例解析能力,論理的思考力,法解釈・適用能力等を十分に見ることを基本としつつ,全体的な論理的構成力や文章表現力等を総合的に評価し,理論的かつ実践的な能力の判定に意を用いるものとされている(乙2)が,試験である以上,受験者間の公平のため,一定の採点基準を設けている可能性が高い。
 そのため,受験予備校等が,対価を支払う等して,多くの新司法試験受験者の答案と得点の通知を収集することで,具体的な採点基準を探り,また,高い評価を得た者の答案を分析し,かかる答案の共通点等をパターン化して,多数の受験生に示すなど,受験技術の習得に特化した受験指導を行うことが十分に予想できる。
 また,受験生らが受験予備校等を利用しない場合であっても,司法試験に関する情報誌等において,合格者や高い評価を得た者の答案が掲載されることが予測できるところ,かかる情報誌や,受験生同士の交流の中で得た情報をもとに,受験生らは実際の答案を自ら容易に分析することができるようになる。
 そして,受験生の中には,法曹になるために必要な学識及びその応用能力を身につける勉強よりむしろ,断片的な知識の習得に走ったり,合格者や高得点の者の答案を無批判に暗記対象とするなどして,高得点をとるための受験技術を磨く者が出るようになることは経験則上明らかである。
 このような事態になれば,画一的でパターン化していると評され,受験者の能力判定が年々困難になると指摘されていた旧司法試験における弊害を新司法試験にもそのまま引き継ぐことになるのみならず,受験技術偏重の傾向がむしろより悪化することが予測されるのであって,新たな法曹養成制度の理念と真っ向から対立し,新司法試験に係る事務の適正な遂行に支障が生じることになる。
 原告は,試験問題を公開している以上,答案を開示しなくとも模範答案を作成することは可能であって,受験技術偏重の勉強方法がこれによって大きく変更されると認めることはできないと主張するが,考査委員による採点がされていない模範答案と,考査委員による採点も示された実際の合格者等の答案とは,受験生にとって重みや意味が異なり,これらを同一視することはできない。そして,答案の開示を認めると,答案の開示を認めていない現在に比べて,格段に受験技術偏重の勉強方法に拍車がかかることは,上記の検討からして十分な蓋然性をもって認められるものであり,原告の上記主張は採用できない。
イ 原告は,新司法試験は,旧司法試験の問題状況を織り込み,新司法試験の問題を変更することで旧司法試験の問題点を根本的に克服したのであり,受験技術偏重という旧司法試験の問題点を引き継ぐおそれはない等と主張する。
 確かに,証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,新司法試験においては,多種多様で複合的な事実関係による設例が出題されていることが認められる。
 しかし,出題形式の多様化にも限界があることは明らかである上,新たな法曹養成制度とはいえ,新司法試験に合格しない限りは,法曹になれない制度であり,受験回数にも制限があることからすれば,合格のために過去問や合格者の答案を分析して受験技術を磨こうとする受験生が出てくるのが自然の流れであり,試験内容の改革だけで受験技術偏重の旧司法試験の問題点が全て解決したということはできず,原告の上記主張は採用できない。
ウ また,原告は,開示方法を工夫して閲覧に限ることで情報の流出を防ぐことができると主張する。しかし,開示される答案は,もともと自己が作成したものであるから,再現答案を一応作成した上で長時間閲覧したり,複数回閲覧することで写しとほぼ同様の再現答案を作成することは容易であるといえるし,上記認定事実からすれば,受験予備校等が対価を支払い,多くの受験生に上記の方法による答案の再現を依頼することも十分想定できることからすれば,原告の上記主張は採用できない。
3 質問及び照会による司法試験事務への支障の有無(争点〔2〕)について
(1)前述したとおり,個々の受験者の提出した答案を開示することになれば,成績通知による各科目別の得点を受験者相互で比較検討することが可能となり,各受験者や受験予備校等が,採点基準等につき分析することが予想される。
 そうなると,受験者の中には,自己の答案と他人の答案とを比較し,また,受験予備校等による採点基準についての分析結果等をもとに,自己の答案の点数が低いことについて疑問を持つ者が現れることは必至であり,その中には,司法試験委員会に対し,質問や照会をする者が出てくることも容易に予想できる。
 そして,このような場合,司法試験委員会が,当該受験者の疑問を払拭するために具体的な説明をすること,例えば,考査委員が当該問題において想定した論点,各論点ごとの配点(仮に採点基準があるとした場合)及び当該答案の各評点及びその理由を具体的に明らかにすることはできないし,それに至らない抽象的な説明だけで,その受験者の理解が得られる可能性は低い。
 また,答案ごとの素点は,採点格差調整前の点数であり,これを単純に合計したものが成績通知による各科目別の得点になるわけではない。
 したがって,答案ごとの素点を開示すれば,開示で明らかになった素点と成績通知による各科目別の得点との間で差が生じ,受験者に新たな混乱を生じさせる要因にもなる。例えば,論文式試験において最低ラインに達していない科目が1科目でもある者は,それだけで不合格となるとされているから,素点の合計点は合格最低点を下回ることはないのに,採点格差調整後は,合格最低点を下回り,結果として不合格となる者もいる一方で,素点の合計点では合格最低点を下回るのに,採点格差調整後は合格最低点を上回る者もいるわけである。このようなことが,自己の素点と司法試験委員会から通知された科目別得点とを比較する中で判明した場合,受験者の中に,疑問,不平,不満や不平等感を持つ者が出ることは予想されるところであり、多くの受験者が司法試験委員会に対して,質問や照会等をし,詳細な説明を求めることも十分に考えられるが,同委員会が答え得る一般的な説明の範囲で,受験者,特に不合格になった受験者が納得する可能性は高いとはいえず,長時間ないし複数回の説明が必要な場合も少なくないと予想できる。
(2)以上の検討からすれば,答案や素点の開示は,司法試験委員会において回答の困難な質問や照会を増加させることが認められ,同委員会が,本来の業務以外に,かかる質問や照会に対する対応に今まで以上に時間を割かれるようになることは明らかであるし,事柄の性質上,十分な時間を割いたからといって,受験者らが納得する回答ができるというものでもない。 
 しかも,司法試験委員会に対する上記のような質問や照会が増えた場合,考査委員らが,このような質問や照会が出にくい問題か否かという点も考慮して問題を作成し,採点することになると,本来の目的である法曹としての知識や応用能力を判定するための問題を作成し,高度な専門的知見に基づく多角的視点による採点をすることに困難が生じたり,新司法試験の本来の趣旨から外れた考慮を必要とする問題作成や採点に煩わしさを感じる考査委員も増え,優秀な学者や実務家からのなり手を探すことが難しくなることも十分に考えられる。
(3)原告は,司法試験事務の適正な遂行をするにあたっては,受験者等からの質問や照会に積極的に答えていくことが求められるし,受験者等からの質問や照会を受けることができなければ,司法試験委員会への質問及び照会に対し,回答しなければ済むことであると主張する。
 確かに,司法試験の適正な運営のためには,受験者等からの質問や照会に対し,必要な範囲で適正に答えることが望ましいとはいえるが,それは,受験資格や受験制限に関する教示等の手続についていえることであって,試験という性質上,採点内容についてまで及ぶものではない。
 また,司法試験の採点に関する一切の質問及び照会は遮断するという扱いは可能であるものの,開示をした以上,一切の質問及び照会を遮断することは実際問題として困難である上,質問や照会ができない理由などを尋ねる受験者やその取扱いに対する批判への対応も必要になるなど,司法試験委員会の事務量を相当程度増加させる蓋然性は高く,司法試験事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあることに変わりがない。