和牛を念頭に置いた家畜遺伝資源保護法(家畜遺伝資源不正競争防止法)について

和牛等の遺伝資源の流通管理に関して、不正競争防止法に類似する枠組みでの対処が決まったようです(「和牛の遺伝資源は知的財産」不正持ち出しの法規制を提言 | NHKニュース)。

 

背景

和牛の受精卵持ち出しの処罰

一昨年、和牛の受精卵を国外に持ち出そうとした人が、昨年有罪判決を受けています(以下に引用するのは幇助犯で起訴された人の事件に関する報道)。

 和牛の受精卵と精液の流出事件で、中国へ不正に輸出されると知りながら譲り渡したとして、家畜伝染病予防法違反幇助(ほうじょ)罪などに問われた徳島県吉野川市の元牧場経営、松平哲幸被告(70)の判決公判が25日、大阪地裁で開かれた。増田啓祐裁判長は「家畜衛生における日本の信頼を失わせる行為だ」と述べ、懲役1年、執行猶予3年、追徴金473万円(求刑懲役1年2月、追徴金473万円)を言い渡した。

 松平被告はこれまでの公判で「輸出が禁じられているのは分かっていた」と起訴内容を大筋で認め、平成25年ごろから数回、「国内で買い手がない古い受精卵などの在庫を処分するため、通常より安い価格で売った」と述べていた。

 判決理由で増田裁判長は、松平被告が譲り渡した受精卵や精液は保管用ストローで計365本分と多量だったと指摘。組織的な犯行の中での幇助にとどまるとはいえ、「不正輸出が行われる上で不可欠な行為をした」と述べた。一方、牧場経営をすでに廃業するなどしていることも考慮し、執行猶予付き判決とした。

 判決によると30年6月、中国へ不正に輸出すると知りながら、和牛の受精卵や精液を注入したストロー計365本を473万円で運搬役や指示役の男2人=家畜伝染病予防法違反罪などでともに有罪確定=に譲り渡した。中国の税関で発見されたため、中国国内には持ち込まれなかった。

和牛受精卵事件 流出元の男に有罪判決 大阪地裁 - 産経ニュース

罪名は家畜伝染病予防法違反幇助です。そこで家畜伝染病予防法を見ると、45条1項のに次のような規定があり、この行為は、63条2号で犯罪とされています(3年以下の懲役または100万円以下の罰金)。受精卵が1号に規定する物に該当するということなのだろうと思います(2号は参照先を見ましたが、受精卵は含まれていなさそうです)。

第四十五条 次に掲げる物を輸出しようとする者は、これにつき、あらかじめ、家畜防疫官の検査を受け、かつ、第三項の規定により輸出検疫証明書の交付を受けなければならない。
一 輸入国政府がその輸入に当たり、家畜の伝染性疾病の病原体をひろげるおそれの有無についての輸出国の検査証明を必要としている動物その他の物
二 第三十七条第一項各号に掲げる物であつて農林水産大臣が国際動物検疫上必要と認めて指定するもの

しかし、これは検疫を受けないことが防疫上問題だというだけであり、持ち出そうとした受精卵が和牛のそれだったかどうかとは関係がありません。なぜそんな規定によらなければならなかったのでしょうか。

 

特許法種苗法

新たに開発された技術や製品は、特許法の保護を受けることができます。新たに技術を開発した者(発明者)は、特許庁に申請(出願)し、審査を経て、特許権という物権的な権利を取得することができます。第三者特許権によって保護された技術を用いたり、製品を製造したりすると、差止め(販売停止、廃棄などを含む)や、損害賠償請求が可能となり、また、刑罰の対象となります。

また、新たに開発された農林水産用植物の品種は、種苗法の保護を受けることができます。保護の仕組みは概ね特許法と同じであり、特許権に相当する権利として育成者権が与えられます。

しかし、動物の品種については、そのような制度はありません。

 

不正競争防止法

次に不正競争防止法が考えられます。

特許法による保護を受けようとする場合、技術は公開されます。そもそも特許制度は、有用な技術は非公開とされがちであることを前提に、ライセンスを受けない第三者の実施を禁止することによって、R&D費用の回収を容易にすることで、そのような技術の公開を促すものだからです。しかし、商品や市場の性質によっては、やはり秘密として管理したほうがよいこともあるでしょうし、それはそれで保護すべきでしょう。

そこで、不正競争防止法は、①秘密管理性、②事業活動上の有用性、③非公知性を満たす情報を「営業秘密」と定義し、「営業秘密」の侵害に対して、差止め・損害賠償請求・刑罰という保護を与えました。

また、これとは別に、不正競争防止法は、①限定提供性、②電磁的管理性、③相当蓄積性を満たす情報を、「限定提供データ」と定義し、「限定提供データ」の侵害についても同様の保護を与えています。こちらは営業秘密と比較するとイメージしにくいですが、改正時の経産省のスライドが参考になります(経済産業省 知的財産政策室 不正競争防止法平成30年改正の概要 (限定提供データ、技術的制限手段等))。

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ところが、「営業秘密」に当たるかを考えると、受精卵そのものは情報ではなく、受精卵に含まれる情報(ゲノム)をもって情報と捉えるのはちょっとアクロバティックにすぎるところがあり、仮に情報と捉えるとしても、秘密として管理されているわけではないので(ゲノムの暗号化やリバースエンジニアリング防止措置が施されているわけではない)、難しいように思います。また、「限定提供データ」については電磁的管理性を欠きます。

(なお、今回の議論には不正競争防止法が強く影響していますが、不正競争防止法の全体像を把握したい場合、経産省による次のパンフレットが役に立ちます:経済産業省 知的財産政策室 不正競争防止法2019

 

家畜伝染病予防法違反による処罰の問題

このように、和牛の受精卵の持ち出しを、それが品種改良を経たブランド牛を不正に流出させるものであることを直接の理由として処罰する法律はなかったわけです。そのため、検疫を受けないという形式的な違反行為を捉えて処罰したのだろうと考えられます。

ところで、我が国は、不正競争防止法がなかった時代、機密書類の持ち出しを窃盗や横領として処罰していました。しかし、窃盗・横領は書類の財産(=有体物)としての側面を保護するものであり、情報(=無体物)としての側面を保護するものではありません(したがって、同じ機密書類の持ち出しでも、職場のPCから自分のクラウドストレージのアカウントにアクセスし、オリジナルであるWordファイルをアップロードすることは、刑法上は犯罪となりません)。しかし、白紙のコピー用紙一枚を持ち出したからといって起訴はしないはずであり、他事考慮感は否めませんでした。

受精卵の持ち出しを家畜伝染病予防法違反で処罰することは、これに近いものがありました。このような問題を解決するために、品種改良を経た品種の持出しそのものを規制する法律を作るべきだということになったわけです。

  

権利設定と行為規制

後の議論に関係するためここで見ておきますが、情報(知的財産)を保護するにあたって、特許法のように物権的権利を与える手法と(権利設定型)、不正競争防止法のように、そのような権利を与えるのではなく、不法行為法の特別法として、特定の行為に差止請求権・損害賠償請求権を発生させる手法(行為規制型)があります。

これらについて、島並先生は、知的財産法と一般不法行為法を対比する文脈で出てきた注においてですが、次のように述べています。

不正競争防止法は財産権を設定するものではなく,単に違法な行為(「不正競争」)のカタログと,その効果としての差止め・損害賠償請求権を被侵害者に付与しているに過ぎない。したがって,侵害行為に先立って,「不正競争防止権」といった財産権を他人に譲渡したり,担保化したりすることはできない。これは,たとえば車に礫かれるよりも前の段階で「交通事故回避権」という財産権を観念しそれを取引することができないことと同様である。

(島並良「一般不法行為法と知的財産法(比較で学ぶ知的財産法 第2回)」法学教室308号151頁(2012))

(なお、読まなきゃなと思いつつ読めていない、ここに関連するかもしれない論文として、田村善之「特許権独占禁止法・再論:権利 vs. 行為規制という発想からの脱却」日本経済法学会年報32号53頁以下(2011)があります。)

 

専門部会中間とりまとめ

以上を前提に、中間とりまとめの内容を見てみます。

 

行為規制の採用

細かい話は検討会資料を見ていただくとして(和牛遺伝資源の流通管理に関する検討会:農林水産省)、「基本認識と検討の方向性」という部分を引用します(下線は筆者)。

家畜の改良は、優秀な形質を発現する遺伝資源を有する個体の選抜・増殖を繰り返すことにより、有用な遺伝情報を集積させた個体を生産していくプロセスであることから、和牛の例に代表されるように、同じ家畜の種類であっても肉質等の点で品質上の差別化を図ることができるという点で、畜産関係者等による創造的な活動であり、このプロセスを通じて生み出された優良な家畜の遺伝資源は知的財産としての価値を有していると言える。このことからも、改良プロセスに要した多大な投資を回収できるよう、このような価値を保護する必要があると認められる。

そのためには、契約等による管理などの措置を講じた上で、第三者効がない点で限界がある契約を超えた更なる対応が求められる。この点、種苗法のように、一定の期間保護される「権利」を設定する構成によって家畜遺伝資源を保護することも考えられるが、品種ごとに個体間の形質に均一性・安定性・区分性が明らかな種苗と異なり、品種に属する個体間の能力及びその産子に現れる結果に差があるとともに、背景となる国際条約も存在しない家畜の遺伝資源については、その性質を踏まえれば、こうした「権利」設定型の構成による保護はそぐわないと考えられる。

一方、外部に提供するデータの集合体である「限定提供データ」について、その収集・整理作業の結果として付加された価値に対する成果冒用行為を類型化し、不正競争防止法において不正競争と位置づけ、「限定提供データ」を不正競争から保護するに至った経緯を踏まえれば、同様に、家畜の改良プロセスを通じて有用な遺伝情報が集積されたものであって、外部に提供される優良な家畜の遺伝資源についても、家畜遺伝資源に係る不正競争、すなわち成果冒用行為からの保護を図るべく、不正取得等の成果冒用行為を規制するという行為規制手法を活用し、新たな仕組みを創設することが適切である。このような手法によるものであれば、自由貿易に関する国際条約等とも調和する形で、和牛に体現されるような、国際競争力のある改良成果を保護することが可能となると考えられる。

限定提供データ型の保護をするということのようです(なんか全体的に日本語が稚拙な気がするんですが気のせいですか…?)。

「品種ごとに個体間の形質に均一性・安定性・区分性(区別性)が明らかな種苗と異なり」というくだりは、種苗法3条1項を見ると理解できます。

第三条 次に掲げる要件を備えた品種の育成(人為的変異又は自然的変異に係る特性を固定し又は検定することをいう。以下同じ。)をした者又はその承継人(以下「育成者」という。)は、その品種についての登録(以下「品種登録」という。)を受けることができる。
一 品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること。
二 同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していること。
三 繰り返し繁殖させた後においても特性の全部が変化しないこと。

 1号が区別性、2号が均一性、3号が安定性です。これらを満たさなければ一つの独立した品種と呼ぶことはできないというのは、日常的な感覚から理解可能だろうと思います。

ここで、参考のために、「とちおとめ」の「登録品種の植物体の特性の概要」を引用しておきます(品種登録迅速化総合電子化システム)。

この品種は,「久留米49号」に「栃の峰」を交配して得られた実生から選抜・育成した品種で,草勢が強く,果形が円錘で大きく,花房当たりの花数がやや少い促成栽培にむく品種である。 草姿は中間,草勢は強,草丈はやや高,分げつの多少は中,ランナー数はやや多である。葉色は濃緑,葉の形状は上向き,厚さは厚,葉数は中,葉柄の太さは太である。果皮の色は鮮赤,果形は円錘,果実の大きさは大,果肉色は淡紅,果心の色は紅赤,果実の光沢は良,果実の溝はかなり少である。花の大きさは中,花弁の色は白,花房当たりの花数はやや少,花柄の太さはかなり太,花柄長は長である。果実の硬さはかなり硬,無種子帯はほとんどなし,そう果の落ち込みは落ち込み中,そう果のアントシアニン着色は淡,そう果数は中,果実の香りは中である。季性は一季成,開花始期はやや早,成熟期は中,開花位置は葉と同水準,休眠性はかなり短,可溶性固形分含量はかなり高,酸度は中,日持ちは長である。 「女峰」と比較して,葉の厚さが厚いこと,果心の色が紅赤であること,そう果のアントシアニン着色が淡いこと等で,「とよのか」と比較して,果肉色が淡紅であること,果心の色が紅赤であること,果実の硬さが硬いこと等で区別性が認められる。

動物は植物よりも個体差が大きく、このように特定することが難しいという趣旨なのだろうと思います。

 

保護は何年間か?

先に引用した「とちおとめ」は、栃木県を登録者、栃木県農業試験場の職員と思われる4人を育成者として、1994年6月21日に出願され、1996年11月21日に登録され、2011年11月22日に15年の期間満了により育成者権が消滅しています。

このように、権利設定型の場合、権利には期間が設けられ、一定の期間の経過で権利が消滅する(パブリックドメイン入りする)のが通常です。例えば特許は20年、著作権は作者の死後70年が原則です。育成者権は、1994年当時は草本性植物は15年、木本性植物は18年でしたが、1998年と2005年の改正で延長され、現在登録した場合、草本性25年、木本性30年となります。

これに対して、行為規制型である不正競争防止法では、営業秘密・限定提供データ侵害には期間が設けられていないのに対し、期間が設けられている類型もあります(形態模倣行為。なお、不正競争防止法は物権的な権利を発生させるものではないので、その消滅という構成によることができず、最初の販売から3年を超えた場合の適用除外として規定されてます)。

行為規制型を採用するとすると、保護期間を限定するのか、設けるとして何年とするかがこれから議論されるのだと思います。品種改良や畜産の実情には詳しくないのですが、改良に要した費用の回収にはどれくらいの期間がかかるのかが、一つの重要な資料になるのではないかと思います。

 

ペットを含むか?

保護客体については、中間とりまとめでは、「家畜遺伝資源」という以上の限定はなされていません。しかし、種苗法が農林水産用植物の品種に対象を限定しているように、畜産用の家畜に限定するのか、それとも愛玩用動物(ペット)を含めるのかは、議論すべきであるように思います。方向性としては、愛玩用動物も畜産用動物と同等の保護に値するという考え方と、ペット産業をこれ以上盛んにするのは倫理上望ましくないという考え方がありうるように思います。

(なお「遺伝資源」というのは生物多様性条約の文脈で使われてきた言葉であり、それをここで使うのはどうなのかなあという気がしています。)

 

差止請求としてどこまでのことを認めるか?

個人的には一番気になっているところです。これまで知的財産侵害における差止請求としては、廃棄などが認められていました。しかし、動物となると、受精卵の移植、その他繁殖、受精卵やそこから生まれた個体の販売などを差し止めるのはよいとしても、すでに生まれた個体を殺処分させることは倫理的に問題があるように思います。ではどこまで認めるのか、中間とりまとめではそれに関する記述はないのですが、せっかく法律家しかいない裁判所ではなく、立法で手当てをしようというのですから、そのあたりについても生命倫理・動物倫理の専門家を入れて議論してくれたらいいのになあと思いました。

 

追記(2020.5.20)

気づくのが遅くなってしまいましたが、先月、家畜改良増殖法の改正と家畜遺伝資源不正競争防止法の制定という形で成立したようです(和牛遺伝子は「知的財産」、流出防止へ新法成立 罰則も:朝日新聞デジタル)。内容についてはまた時間があるときによく読んでおこうと思います。

ところで、不正競争防止法は元から、創作法的知的財産法(形態模倣、営業秘密とか)、標識法的知的財産法(商品等表示、商標代理人とか)、知的財産とは関係のない不公正競争法(品質等誤認、信用毀損とか)、OECD外国公務員贈賄防止条約の実施規定(民事上の損害賠償請求・差止請求の対象たる「不正競争」ではなく、刑罰のみが科される)などが含まれるカオス法だったわけで、不正競争の一類型として家畜遺伝資源侵害を加えてもそれほど違和感はなかったのではないか、なぜわざわざ不正競争防止法とは別に家畜遺伝資源不正競争防止法なるものを作ったのだろうかと思いました(農水省経産省と関わり合いになりたくなかった…?)。