早稲田大学法科大学院 定期試験 2019年春学期 民事訴訟法総合I

(素点:57/70, 評価:A+)

 

1 設問1(当事者が主張しない態様の過失を認定したことの違法性)
(1) 弁論主義の第一テーゼは、裁判所は、当事者の主張しない事実を判決の基礎としてはならない、というものである。その実質的根拠について、本質説、手段説、多元説などがあるが、民事訴訟が対象とする私法上の法律関係には、実体法上私的自治の原則が妥当するところ、訴訟法上もこれを反映したものと解するべきである*。形式的根拠として、実定法上直接の規定はないが、人事訴訟法20条**はこれを前提とするものである。弁論主義は、釈明義務・処分権主義などと共通して、不意打ち防止の機能を有する。
(2) 弁論主義第一テーゼの対象となる事実は、主要事実のみをいうと解するべきである。訴訟法上、事実は主要事実、間接事実、補助事実に分けられるが、間接事実は主要事実や他の間接事実を積極・消極に推認させるものとして、また、補助事実は他の事実の証明力に関わるものとして、 証拠と同様の機能を有する。証拠からの事実認定は自由心証に任されているのに(247条)、間接事実・補助事実には弁論主義が妥当するとすれば、均衡を欠くし、裁判官に不合理な事実認定を強いることになるからである***。
(3) 主要事実とは、一般に、法律要件に該当する具体的事実をいう。もっとも、過失のような規範的要件においては、これを貫徹すれば、過失の態様はさまざまでありうることから、弁論主義の趣旨が達成されず****、不意打ち防止の機能も損なわれる。そこで、過失を基礎付ける具体的事実が主要事実となると解するべきである。判例も同趣旨であり、正当である*****。
(4) 本件で、過失の評価根拠事実として居眠り運転、評価障害事実としてAの揺さぶり行為が主張されていた。これに対し、裁判所は、スピード超過という別の評価根拠事実を認定した。このことは、両当事者の主張しない事実を判決の基礎とするものとして、違法である。

*弁論主義の根拠論として、本文で挙げた本質説、手段説、多元説のほかに、不意打ち防止説、手続保障説などがある。本文で依拠したのは本質説。他説の内容とそれらに対する本質説からの批判について、LQ202頁。他の学説についてはよく覚えていなかったのと、時間がなかったので詳しく書かなかった。

**人事訴訟法20条「人事訴訟においては、裁判所は、当事者が主張しない事実をしん酌し、かつ、職権で証拠調べをすることができる。この場合においては、裁判所は、その事実及び証拠調べの結果について当事者の意見を聴かなければならない。」

***弁論主義は主要事実にのみ適用されるという論証は、伝統的通説に依拠したものであるが、学説の批判があり、裁判所も必ずしもそのように考えていない(LQ209頁)。しかし、今回は主要事実に限定することを前提に、過失が法律要件となる場合の主要事実は何かを問う問題であることが明らかであったため、スルーした(もっとも、問われて答えられたかというと…)。

****規範的要件においては評価根拠事実を主要事実とすべき根拠として、弁論主義の趣旨と機能を挙げたが、機能だけでよかった気がする(LQ213頁)。

*****判例を踏まえてとあったのと、そんな事件があった気がしたので、こう書いたが、正面から争われた判例はないようである。判例を踏まえてというのは、弁論主義の対象は主要事実に限るという部分についてだったのかもしれない。

 

2 設問2(使用者に対する損害賠償請求事件への加害者遺族の補助参加)
 補助参加の申出に相手方が異議を述べた場合、補助参加申出人は、「訴訟の結果について利害関係を有する」ことを疎明しなければならない(44条1項、42条)。
(1) 「訴訟の結果」とは何か。既判力ある判断すなわち判決主文に示される訴訟物についての判断とする見解があるが、補助参加人は必ずしも既判力の拡張を受けるものではないから*、そのように限定する必要はない。理由中の判断でも、判決主文の判断を導くための論理的前提となるものであれば、ここに含まれると解するべきである**。
(2) 上記「訴訟の結果」についての「利害関係」とは何か。訴訟は法律上の利益を保護するものであり、補助参加は補助参加人の利益を守るためにそこに介入しようとするものだから、法律上の利害関係でなければならない***。法律上の利害関係とは、自己の権利・法律上の利益が上記「訴訟の結果」により法律上または事実上不利益な影響を受けることをいう****。
(3) Cの補助参加は認められるか。
 まず、Bの名誉の点について、判決で過失を認定されないという名誉は、実体法上不法行為に基づく損害賠償請求ができ、訴訟法上裁判所が事実認定に基づき損害賠償を命じるという制度が取られている以上、法律上保護される利益であるとはいえない。
 これに対して、求償を受けるかどうかは、Cの法律上の地位に関わる。すなわち、使用者責任は代位責任であるから、使用者が敗訴した場合、使用者は、被用者に対して、判例によれば信義則上相当と認められる限度において*****、求償をすることができる(民法715条3項)。そして、使用者責任の存否は、求償の先決問題であるから、上記法的地位についての事実上の影響も認められる。
 したがって、利害関係も認められる******。

*補助参加人は既判力の拡張を受けるとは限らないという前提で補助参加の制度が設計されているからこそ、解釈(判例法理)上、共同訴訟的補助参加という特殊な補助参加の形態が編み出された。

**「訴訟の結果」について、伝統的には訴訟物についての判断と解されてきたが(訴訟物限定説)、近時の多数説は本文のように、理由中の判断も含むと解している(非限定説)。各説の説明と対立の実態について、読解民訴225頁、百選102事件解説(勅使川原)。本文は非限定説に依拠したが、今回は被参加当事者(被告)の使用者責任が補助参加申出人の求償義務の先決問題となっているから、いずれにせよ補助参加の利益は認められる(また、名誉毀損の点は、いずれにせよ補助参加の利益は認められないものと思われる)。

***補助参加の利益は法律上の利益でなければならないことを、「民事訴訟の目的が権利関係や法律上の地位など,法律上の利益の保護にあることの帰結である。」と説明するのは、伊藤民訴657頁。また、補助参加の利益を他人間の訴訟への「介入」を正当化するものとして位置付けるのは、読解民訴220頁以下。

****最決平成13.1.30会社法百選69事件は、「法律上の利害関係を有する場合とは,当該訴訟の判決が参加人の私法上又は公法上の法的地位又は法的利益に影響を及ぼすおそれがある場合をいうものと解される。」としている。読解民訴228頁以下は、事実上の影響をさらに直接的影響と間接的影響に区別し、前者についてのみ法律上の利害関係が認められるとする。しかし、内容はともかく、この語法が一般的であるかどうかわからなかったので、使わなかった。なお、平成13年最決は、公正妥当な訴訟運営、訴訟の著しい遅延や複雑化、審理の充実といった要素に言及しており、読解民訴232頁以下はこれを「「公平」ファクター」として、間接的影響しかない場合に補助参加の利益を認めるための考慮要素と位置づけた上で、分析を加えている。

*****最判昭和51.7.8民法百選2第7版91事件は、使用者責任の追及を受けた使用者について、「その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し…求償の請求をすることができる」とする。

******「訴訟の結果」の当てはめを忘れた。

 

3 設問3(不法行為に基づく損害賠償請求棄却判決確定後の運送契約違反に基づく損害賠償請求の可否、特に各訴訟物理論からの帰結と最判昭和51.9.30の趣旨に言及して)
(1) 既判力は、「主文に包含するものに限り」生じる(114条1項)。これは、訴訟物たる権利関係をいうものと解される。既判力の生じる範囲を限定することで、弾力的な審理・訴訟追行を可能にする趣旨である。
 既判力は、前訴と後訴の当事者が同一等の場合に(115条1項1号)、それらの訴訟物が同一であるか、先決関係にあるか、矛盾する場合に作用する。既判力は再審理を禁ずるものではなく、判決内容について一定の拘束を加えるものであると解されるから、後訴裁判所はこれを前提とした判断をしなければならず、当事者のこれと矛盾する主張は取り上げてはならない*。
(2) 旧訴訟物理論は、訴訟上の請求を基礎付ける実体法上の権利をもって訴訟物とする。
 本事例では、前訴判決の訴訟物は不法行為に基づく損害賠償請求権であるから、既判力は、それが800万円の限度で存在し、それを超えて存在しないことについて生じている。前訴・後訴の当事者は同一である。後訴の訴訟物は運送契約に基づく債務の不履行に基づく損害賠償請求権である。これは前訴訴訟物と異なるし、先決関係にないし、矛盾もしない。したがって、後訴における主張は前訴判決の既判力に提出しない。
(3) 以上に対して、新訴訟物理論は、実体法上の権利と別に、訴訟上の受給権をもって訴訟物とする**。
 本事例のような請求権競合の場合、競合する請求権(不法行為に基づく損害賠償請求権、債務不履行に基づく損害賠償請求権)は、損害賠償という一回の給付を受ける権利を基礎付けるための攻撃防御方法に過ぎず、いずれか一方のみを主張して敗訴した場合にも、他方を主張して再訴することが、既判力に抵触するために許されなくなる。
(4) もっとも、旧訴訟物理論によっても、蒸し返しが常に許容されるわけではない。現行法は信義則を明記しており(2条)、これにより訴えが不適法となり、あるいは主張が制限されることがある。
 信義則が働く場面は、権利失効と禁反言に分類されている。前者は、現にある問題を争って敗訴した者が、後に実質的に同じ主張を繰り返す場合である。後者は、請求を基礎付けるためにある主張をし、それが認められて勝訴した者が、後にこれと矛盾する主張をする場合である。信義則とは、当事者間の信頼保護を内容とするものであるから、制度的効力である既判力と異なり、具体的な訴訟追行の態様が考慮される。
 昭和51年最判は、裁判所が信義則により訴えが不適法となる場合を初めて認めた事例である。後に述べる権利失効の類型に属するものであるが、具体的な訴訟追行の態様を考慮している***。
(5) 新訴訟物理論による処理と、旧訴訟物理論によった上で信義則で処理するのとでは、いずれが妥当か。(1)に述べた弾力化の趣旨や、基準としての簡明さから、制度的効力たる既判力の範囲としては、旧訴訟物理論により狭く捉えるべきである。その上で、信義則により個別的に、すなわち主張立証の機会その他の手続保障という抽象的な根拠で正当化される既判力と異なり、実際の訴訟追行の態様を考慮して、訴えあるいは主張を制限すべきである。
 本件では、前訴で過失の態様が争われ、1に述べたとおり弁論主義違反の控訴審判決がされたが、Yは上告せず、上告を期待できない事情もなかった。また、後訴でYが求める逸失利益8000万円は、実質的に前訴で認められている。これらの事情に照らすと、後訴は実質的な蒸し返しとして、信義則に反して不適法であり、裁判所はこれを却下すべきである。

*既判力の性質については、実体法説と訴訟法説があり、訴訟法説の内部で一事不再理説と拘束力説がある。本文は通説である拘束力説に依拠したもの。各説の説明と、拘束力説が正当であると解される理由について、読解民訴134頁以下。既判力を一事不再理効と解するのか拘束力と解するのかで、後訴の処理について大きな差異が生じる。

**歴史的には旧訴訟物理論が先にあり、そのアンチテーゼとして新訴訟物理論が現れた(旧訴訟物理論という名称自体、新訴訟物理論の側から付けられたものである)。新訴訟物理論の主張する論拠とそれに対する旧訴訟物理論からの応答、議論の射程の説明として、LQ48頁以下。なお、裁判所は旧訴訟物理論、学説の多数は新訴訟物理論であると言われるが、LQは伊藤民訴などとともに旧訴訟物理論を採用する(LQ55頁)。

***物権関係の何かだということはぼんやりと覚えていたが、請求とかが全然わからなかったので適当に書いた(書けてない)。解説として、百選79事件解説(高田昌宏)、LQ439頁以下、基礎演習189頁以下(原強)。今、判決を見た上で書くなら次のようになるが、試験場でどこまでのことができる(ことを要求されていた)のかはわからない。
「昭和51年最判は次のような事案である。係争地につき、土地買収処分・売渡しがされた。その後20年以上経過してから、被買収者の相続人が、買受人の相続人に対し、買受人との間でなされた買戻契約に基づく移転登記請求を求める訴えを提起したが(前訴)、請求を棄却する判決が確定した。その後、前訴原告が更に所有権に基づく移転登記請求を求める訴えを提起した(後訴)。この事案で、最高裁は、①前訴・後訴はいずれも土地の取戻しを目的としており、後訴は実質的には前訴の蒸し返しであること、②原告は前訴で後訴と同じ請求をするのに支障がなかったのにそれをしなかったこと、③買収処分後約20年を経過しており、後訴を認めると、相手方の地位を不当に長く不安定な状態に置くことになることを理由に、後訴を不適法とした。」
なお、本文では規範がないので(考慮要素はあてはめで示せていると思うが)、昭和51年最判を修正して、すなわち③は当該事案に特殊な事情だから必要ないと言った上で(百選の高田解説に載っているが、③を不要とする裁判例もあるようである)、流用するのがよかったように思う。

 

引用した文献

  • LQ=三木浩一ほか『民事訴訟法 第2版(リーガルクエスト)』
  • 伊藤民訴=伊藤眞『民事訴訟法 第5版』
  • 読解民訴=勅使川原和彦『読解 民事訴訟法』
  • 基礎演習=長谷部由紀子ほか編『基礎演習 民事訴訟法 第2版』