連邦制とパートナーシップ法制について

連邦制を採用したら夫婦別姓とか同性婚の議論状況はもうちょっとマシになるんじゃないのという話。

 

連邦制とはなにか

連邦制とは、アメリカやドイツなどのように、州政府を置き、その連合体として連邦政府を置く制度です。

アメリカは成立当初から連邦制であり、ドイツも(かつてその領域にドイツ共和国という領域をほぼ同じくする国家が存在したものの)現在の国家(ドイツ連邦共和国。いわゆる西ドイツ)を設立する際に連邦制を選択したという意味では成立当初から連邦制です。

これに対して、ベルギーは1993年に同一国家のまま連邦制に移行しました。フランデレン地域(北側。オランダ語から派生したフラマン語公用語とする)とワロン地域(南側。ドイツ語を公用語とする)の対立を背景としたものです。

対義語は、単一国家です。フランスや日本は、典型的な単一国家です。

 

連邦国家立法権

連邦国家では、立法管轄の競合が生じます。そこで、(連邦制であるから州政府が権限を有することを前提に)憲法で一定の事項を列挙して連邦政府に授権することが多いです。

例えば、アメリカ合衆国憲法は、前文、当初の7章(立法権、執行権、司法権、州間関係、修正手続、経過規定・最高法規性・公務員の宣誓、承認)、後に追加された権利章典を含む修正条項からなります。Article 1 Section 8は、連邦議会の権限を列挙しており、徴税・財務、借入れ、通商規制、帰化と倒産に関する統一立法、貨幣の鋳造、証券・通貨偽造に関する立法、郵便局、著作権と特許、下級裁判所の設置、海上犯罪等を規定しています(統一商法典UCCや、合衆国法典第11編連邦倒産法、第17編著作権法、第35編特許法などが有名)。これら以外のこと(例えば家族法)は州政府事項です。

 

家族法と伝統、国民感情

ところで、最高裁は、平成27年12月16日に言い渡した2つの判決(再婚禁止期間一部違憲判決、夫婦別姓を認めないことの合憲判決)において、次のように述べています。

婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。

もちろん、裁判所は、「憲法に違反するか」をジャッジする権限を有するにすぎません。これに対して、国会は、憲法が命じていないことであっても、憲法が禁止していない限り、それが望ましいと判断するなら、それをすることができます。最高裁も、夫婦別姓に関する判決において、次のように述べています(〔〕内は執筆者)。

夫婦別姓を認めないことが憲法に違反しないという判断〕は,そのような制度〔夫婦別氏を希望する者にこれを可能とするいわゆる選択的夫婦別氏制〕に合理性がないと断ずるものではない。上記のとおり,夫婦同氏制の採用については,嫡出子の仕組みなどの婚姻制度や氏の在り方に対する社会の受け止め方に依拠するところが少なくなく,この点の状況に関する判断を含め,この種の制度の在り方は,国会で論ぜられ,判断されるべき事柄にほかならないというべきである。

最高裁が、上告を棄却するとの結論を導くためには、上記判示は全く必要ないものであるのに、わざわざそのような判示をしていることからすると、「国会は議論をせよ」というメッセージにも読めます。

なお、これらのことは、同性婚にもそのまま当てはまると思います(同性婚が保障されるわけではないことについて、憲法24条は同性婚を保障しているか?)。

 

連邦政府とパートナーシップ法制

さて、連邦政府の話に戻ります。

連邦政府には、「国家という単位での意思決定による影響を緩和することができる」という機能があります砂原庸介ほか・政治学の第一歩153頁)。政府が権力を発動し、国民の権利を制約する場面が想定されがちですが、パートナーシップ法制(夫婦別姓同性婚など)に関してもこれは重要な意味を持つのではないかと思います。

この論点は、先進的な人々と保守的な人々との対立となることが多いです。例えばこんな感じ。

  • 賛成派:改姓手続は煩雑だし、研究者や専門職の女性は実績の連続性が失われる。
  • 反対派:夫婦別姓を認めると、①伝統的な家族観や②家族の絆が崩壊する。改姓手続の煩雑さや実績の連続性は、③通称利用や④夫に改姓してもらうことで解決できる。⑤別姓は奇異であり、子供がいじめられる。
  • 賛成派:①家族観なるものは法の保護に値しない。②家族の絆にとって大事なのは互いにどう接するかであって姓ではない。③通称利用は同一性の証明が煩雑である。④夫が改姓すれば今度は夫が煩雑さや実績の連続性が失われる被害を受ける。⑤そもそも全ての夫婦が子を生むとは限らないし、仮に生んだとしても、生まれたときから別姓制度がある世代の子どもたちにとって別姓が奇異であるはずがなく、奇異に思うとしたら夫婦別姓に反感を持つ大人がそれを奇異なものだと刷り込むからだろう。⑥そもそも同姓にしたい人はそうしてくれる人と結婚すればよいのであって、それを望まない人にもそれを押し付ける理由はない。

これは「みんないっしょ」に価値を見出すか、見出すとしてそれを法で強制してよいか、「今までそうだったからこれからもそうすべきだ」と思うか、といった価値観の問題であるり、おそらく対話で解決することはありません。少子高齢化社会では、国民の入れ替わりが少なく、価値観が硬直化しがちなので、特にそういう問題が起こりやすいです。

連邦制は、このような状況を打開するのに役立つのではないかと思います。家族に関する価値観は生活に左右されます。そのため、都市化が進んでいる日本では、家族に関する価値観の対立は、都市部と地方という、地域的な差異として現れます。そうすると、連邦制を導入し、法域を地域的に分割し、先進的な地域には先進的な法を、保守的な地域には保守的な法を施行することは、非生産的な対立を解消する有力な方法になりうるのではないかと思います。

(なお、これは大きな一つの手法を提案するにすぎません。家族法のためだけに連邦制を導入するというドラスティックな改革をする必要がないと考えれば、家族法の一部を条例に委任するといったやり方もありうると思います。)