人口妊娠中絶について

転記。

中絶については、胎児に人格はないと考えているので、基本的には女性のプライバシー=自己決定権を確保すべきだと思います。ただ、マジョリティが各自の価値観に従った選択をした結果、社会全体として優生学的選択がされることが想定され、それをどうすべきかはまだよくわかりません(生命倫理の議論を参照して考えたいと思っています)。
同性婚と妊娠中の中絶に賛成ですか?またその理由は何でしょうか? | Peing -質問箱-

この前こういう質問に答えた(初めての考えさせられる質問だったかもしれない)。

 

ググって出てきた情報は信用性の判断は、オフラインの体系的な知識がない限り極めて困難である。というのは百も承知なのだが、それらしき論文が出てきて嬉しくなってしまったので、メモしておく。

 

麦倉泰子「中絶の倫理問題についての考察」

USでは「堕胎決定権は女性の憲法上のプライバシー権に属し、厳格な堕胎禁止は憲法に違反する」との1973年の判例がある(Roe v. Wade)。

それを正当化する理論として、次の3つを紹介する。

  • 母親の身体に対する自己決定権
  • パーソン(人格)論:「生物学的なヒトとしての人間」と「道徳的主体として生存する権利を持った人格」の区別。
  • 「生命の質」概念による中絶:功利主義。「胎児が価値ある生を送る可能性」がないなら許される。Roe v. Wade事件は、サリドマイドを服用した妊婦たち(当時その害は明らかになっていなかった)が、障害を持って生まれてくることが避けられない胎児について、中絶をすることを認めるよう求めた結果だった。

もっとも、自己決定権には、「世界とその意味を説明する様式について反省することができるのはパーソンだけであるため、すべての説明は必然的にパーソンの理性的な言葉のなかで発展せざるを得ず、それゆえ理性的存在とその関心は再び道徳的説明において中心的にならざるをえない」という問題がある(Engelhardt)。

レッセ・フェール優生学:「出生前診断による選択的中絶〔先天的異常が見つかった場合にされる中絶〕の問題性とは、「障害者に対する差別」という政治的・社会的な問題が女性の個人的な自己決定の問題、すなわち「私は障害者を産みたい/産みたくない」となってしまう点である。結果として起こっている現象とは、先天的障害児の出生率の大幅な減少である。…国家による強制的な断種は行なわれなくなっても、個々の自己決定の集積が結果的に優生学的効果をもたらしうる」

レッセフェール優生学は、リベラル優生主義と呼ばれることもある(桜井徹『リベラル優生主義と正義』)。

 

中絶の問題は、最近、アラバマ州が特に厳格な中絶禁止法を制定し、特に注目されている。保守派はトランプ政権下で保守化した最高裁の下で判例変更を狙っている(全米で最も厳しい中絶禁止の州法が成立 アラバマ州 - BBCニュース米イリノイ州、「中絶は基本的権利」 他州女性も受け入れへ 写真1枚 国際ニュース:AFPBB Newsアメリカで広がる「中絶禁止」州。なぜ再び妊娠中絶問題は政治の争点になったのか | BUSINESS INSIDER JAPAN腹撃たれ流産した母親に胎児の過失致死罪、中絶禁止の米アラバマ州 写真3枚 国際ニュース:AFPBB NewsCNN.co.jp : 腹部撃たれた妊婦、胎児を死亡させた罪で起訴 中絶禁止のアラバマ州『撃たれて流産』が罪に問われた女性、起訴が取り下げられる | ハフポスト)。

 

ところで、何についてだったか忘れたが、こんな発言をしたことがある。人の尊厳の根源を「思考できる/理性を持った主体である」というところに求めると、思考力・理性において劣る人(幼児、知的障害者、認知能力の低下した老人など)はそれに値しない(あるいはより尊厳の程度が低い)という結論に至る危険があるように思う。