憲法24条は同性婚を保障しているか?

同性婚憲法に違反する」旨のツイートが話題になっていたので、以前調べたことをまとめておきます。

 

憲法24条は、次のように規定しています。 

24条1項 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

2項 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

この規定は同性婚を禁止しているのでしょうか。 

 

憲法の3つの態度

一般に、憲法がある事項を規定するとき、①禁止、②命令、③どちらでもない(=無視)、の3つがありえます(憲法の国家に対する態度であり、国家の国民に対する態度ではないことに注意してください)。忘れがちですが、「どちらでもない」事項については、国家は立法しても構いませんし、しなくても構いません。

憲法憲法制定権者による社会契約(=国家設立契約)であり、国家に向ける規範(会社でいう定款)ですから、①には、いわゆる自由権が含まれます。例えば、国家は人の信仰を侵害してはならない、国家は人の職業選択・営業を侵害してはならない、国家は裁判官の審査なしに人の住居を侵害してはならないなどです。

②には、いわゆる社会権や国務請求権が含まれます。例えば、国家は国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を提供しなければならない、国家は国民に裁判制度を提供しなければならないなどです。

③には、憲法に書かれていない全ての事項が含まれます。例えば、煙草を吸うこと、ペットを買うこと、自動車を運転すること、食後にケーキを食べることといったことは、(13条で人格的利益説を採用する限り)国家は侵害してはならない(=禁止されている)わけではないし、国家はそれを提供しなければならない(=命令されている)わけでもありません(=無視。国家の側から見れば裁量がある)。

 

婚姻の性格、憲法24条の性格

ここで、婚姻とは何かを確認しておきましょう。詳細は過去記事を参照していただきたいのですが(婚姻制度が守るもの、守らないもの:同性婚を考える前に)、結論から言うと、「婚姻という法制度は、法制度などとは無関係に、自然なものとして発生したパートナーシップ関係を、法的に承認し、保護するものにすぎない」ということです。

婚姻制度がなくても男女は愛し合い、あるいは協力して生活してゆきますし、無関係な男女を一つの戸籍という単なる書類上まとめてみたところで、愛し合い、あるいは協力して生活するようになるわけではありません。なお、このことは男女がだろうが男と男、女と女であっても変わるところはありません。

このような意味で、婚姻は、国家があって初めて意味があるのであり(法律上の制度とはそういうものです)、かつ、婚姻という制度がなかったところで、パートナーシップ関係には何も影響はないといえます。もちろん、実際の社会は婚姻という制度の存在を前提に作られているので、このことから同性婚が認められなくても問題はないだろうとは言えないのですが。

そうすると、24条は、婚姻という制度の維持を前提に、それに一定の枠をはめたもの(一定の形をした婚姻制度の提供を命令した)ものと考えられます(このことは、婚姻の自由が個人の権利として保障されるかどうかとは別次元の問題です)。

これについては、再婚禁止期間一部違憲判決が参考になります。

最判平成27.12.16[再婚禁止期間] 婚姻及び家族に関する事項は,国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえつつ,それぞれの時代における夫婦や親子関係についての全体の規律を見据えた総合的な判断を行うことによって定められるべきものである。したがって,その内容の詳細については,憲法が一義的に定めるのではなく,法律によってこれを具体化することがふさわしいものと考えられる。憲法24条2項は,このような観点から,婚姻及び家族に関する事項について,具体的な制度の構築を第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねるとともに,その立法に当たっては,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚すべきであるとする要請,指針を示すことによって,その裁量の限界を画したものといえる。また,同条1項は,「婚姻は,両性の合意のみに基いて成立し,夫婦が同等の権利を有することを基本として,相互の協力により,維持されなければならない。」と規定しており,婚姻をするかどうか,いつ誰と婚姻をするかについては,当事者間の自由かつ平等な意思決定に委ねられるべきであるという趣旨を明らかにしたものと解される。婚姻は,これにより,配偶者の相続権(民法890条)や夫婦間の子が嫡出子となること(同法772条1項等)などの重要な法律上の効果が与えられるものとされているほか,近年家族等に関する国民の意識の多様化が指摘されつつも,国民の中にはなお法律婚を尊重する意識が幅広く浸透していると考えられることをも併せ考慮すると,上記のような婚姻をするについての自由は,憲法24条1項の規定の趣旨に照らし,十分尊重に値するものと解することができる。

なお、「十分尊重に値する」というのは、「保障される」よりは保障の程度が低いことを示唆するものとして、最高裁がよく使うフレーズですね(他に、最判昭和44.11.26百選1-78[博多駅]、平成1.3.8百選1-77[レペタ])。

 

「両性の合意」と戦前親族法

1項の「両性の合意のみ」というのは、通常、戸主あるいは父母の同意などの封建的拘束からの解放を意味すると説明されます。

戦前の民法には、次のような規定がありました(青字は執筆者による現代語訳)。

750条1項 家族カ婚姻又ハ養子縁組ヲ為スニハ戸主ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス(家族が婚姻又は養子縁組をするには、戸主の同意を得なければならない。 注:家族とは、家に属する戸主以外の者をいいます)

2項 家族カ前項ノ規定ニ違反シテ婚姻又ハ養子縁組ヲ為シタルトキハ戸主ハ其婚姻又ハ養子縁組ノ日ヨリ一年内ニ離籍ヲ為シ又ハ復籍ヲ拒ムコトヲ得(家族が前項の規定に違反して婚姻又は養子縁組をしたときは、戸主は、その婚姻又は養子縁組の日から一年以内に当該家族を離籍し又は当該家族の復籍を拒むことができる。)

3項 家族カ養子ヲ為シタル場合ニ於テ前項ノ規定ニ従ヒ離籍セラレタルトキハ其養子ハ養親ニ随ヒテ其家ニ入ル(家族が養子をした場合において、前項の規定に従い離籍させられたときは、その養子は養親に従ってその家に入る。)

772条1項 子カ婚姻ヲ為スニハ其家ニ在ル父母ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス但男カ満三十年女カ満二十五年ニ達シタル後ハ此限ニ在ラス(子が婚姻をするには、その家にある父母の同意を得なければならない。ただし、男子が満三十歳に、女子が満二十五歳に達した後はこの限りでない。)

2項 父母ノ一方カ知レサルトキ、死亡シタルトキ、家ヲ去リタルトキ又ハ其意思ヲ表示スルコト能ハサルトキハ他ノ一方ノ同意ノミヲ以テ足ル(父母の一方が知れないとき、死亡したとき、家を去ったとき又はその意思を表示することができないときは、他の一方の同意のみをもって足りる。)

3項 父母共ニ知レサルトキ、死亡シタルトキ、家ヲ去リタルトキ又ハ其意思ヲ表示スルコト能ハサルトキハ未成年者ハ其後見人及ヒ親族会ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス(父母が共に知れないとき、死亡したとき、家を去ったとき又はその意思を表示することができないときは、未成年者はその後見人及び親族会の同意を得なければならない。)

現在でも、737条は、未成年の子の婚姻について、父母の同意を要するとしており、これは親権の一内容ではないと考えられているのですが、この同意権は旧772条が起源だったわけです(なお、737条は、2022年施行の成年年齢を引き下げる改正で、成年年齢と婚姻適齢が男女ともに一致することにより、適用場面が存在しえなくなるため、削除されます。参照:民法(成年年齢関係)改正:18歳成年など)。

憲法24条1項は、このような拘束からの拘束を意図しており、他方で、同性婚については想定されていないことからすると、「両性の合意のみ」は、「のみ」に重点があるのであり、「両性」にはない、つまり、憲法24条は同性婚を禁止していないということになります。

 

憲法24条の同性婚についての態度

憲法24条が同性婚を想定していないことは、同条が同性婚を保障していない(=同性当事者に婚姻制度を提供することを命令していない)ということに繋がります。学説の理解も、そういったところのようです。

現時点で,憲法同性婚を異性婚と同程度に保障しなければならないと命じているわけではないとの理解が大方のところであろうと思われる…。(長谷部恭男編『注釈日本国憲法(2)』509頁〜510頁〔川岸令和〕) 

 

というわけで、「憲法24条は同性婚を保障しているか?」に対する答えは、「憲法24条は同性婚を禁止も命令もしていない」です。なお、その先の問題、つまり立法政策として同性婚を認めるべきかは、婚姻制度が守るもの、守らないもの:同性婚を考える前にをご参照ください。「婚姻は生殖・育児を保護するものなのか、それともパートナーシップを保護するものなのか」という興味深い問題があることがわかります。