早稲田大学法科大学院 2019年度入試(2018年8月実施) 刑法 再現答案

(評価:問題1;49/60点、問題2;26/30点)

問題1 

1 甲の罪責 

(1) 傷害致死罪(205条) 

a 「身体を傷害」するとは,身体の生理的機能を害することをいう.甲は包丁をBに突き刺し,倒れさせたから,これを満たす. 

「人を死亡させた」について,Bは死んだから,これを満たす. 

「よって」とは,法的因果関係と,責任主義の観点から加重結果についての過失をいうと解する.法的因果関係は,条件関係と,客観的帰属としての危険の現実化を要すると解する.Bは包丁で刺されたことが原因で死亡しており,条件関係がある.また,包丁で人を刺すことは,その人を死亡させる危険を内包しており,Bの死亡にとって決定的である.その後甲や乙がAを放置したことは,この危険が現実化するにあたって影響を与えたものではない.したがって,危険の現実化が認められる.また,甲はBを脅すにあたって包丁という危険な道具を用いるべきではなかったから,過失がある. 

故意について,甲はBを包丁で刺す意図はなかった.しかし,208条の文言上,傷害(204条,205条)は,暴行の結果的加重犯を含んでおり,その故意があれば足りると解する.暴行とは,人の身体に向けられた有形力の行使をいう.甲は,Bを脅すために包丁を向けるという認識があるから,暴行の故意がある. 

したがって,構成要件を満たす. 

b 甲について「急迫不正の侵害」(36条1項)があったとはいえないから,正当防衛にあたらない. 

c もっとも,甲は,BがAを殴打したと誤信している.故意の本質は,規範的障害があるにもかかわらずあえて犯罪行為に出たことに対する非難であるところ,違法性阻却事由にあたる事実を誤信した場合,規範的障害がないのだから,故意がないと解する. 

また,「急迫不正の侵害」を誤信した場合において,仮にそれが存在していたとしても,「やむを得ずにした行為」の範囲を超える防衛行為がされることがある.36条は,「急迫不正の侵害」が存在する場合に,そのような防衛行為について任意的減免を規定しており,その趣旨は,「急迫不正の侵害」に見舞われた者は,焦りや恐怖によって,相当な防衛手段を選択するという合理的な判断ができないことがあり,不相当な防衛手段を選択しても強く非難できないことにある.そうすると,「急迫不正の侵害」を誤信した場合においても,防衛行為者の内心は,それが存在する場合と変わらないと解されるから,同項を準用して,刑の任意的減免を認めるべきである. 

本件では,「急迫不正の侵害」について,甲はBがAを殴打したと誤信したから,その誤信がある.「他人の権利を防衛するため」,すなわち他人の権利についての防衛の意思について,甲はBをAから遠ざけるために脅そうとして包丁を向けたから,これにあたる.「やむを得ずにした」について,甲は素手のAに包丁を向けているから,これにあたらないとも思われる.しかし,甲は女性であるのに対して,Aは男性であり,また,短期で気性が激しく,甲やAに対して殴る蹴るといった暴力を振るっており,30分前にもAを殴り,Bを蹴っているから,そのようなBに対抗するために包丁を用いたことは相当性を欠くものではない. 

したがって,故意がなく,甲に傷害致死罪が成立しない. 

(2) 殺人罪(199条) 

実行行為とは,構成要件に当たる結果を発生させる客観的・現実的危険性があり,構成要件に当たる行為をいう.不作為であっても,その主体に作為義務があり,かつ,その履行が容易であった場合には,作為と同視できるから,実行行為に当たると解する.甲はBと同棲しており,また,Bが倒れたのは甲が包丁で刺したことによるのだから,救急通報する義務がある.甲はBがAを殴打してその行為に出たのであるが,Bは倒れ込み,動かなくなっているのだから,救急通報する間に自己やAが暴行を受けるおそれは小さく,それを求めることが酷だとはいえない.したがって,容易性もある.したがって,実行行為がある. 

Bは死んだから,結果がある. 

因果関係について,不作為であっても1(1)aに述べたとおり条件関係と危険の現実化が必要であるが,それは,合理的な疑いを超える程度の救命可能性として具体化することができる.問題文中6から,これがあった. 

甲はBが死んでも自業自得だと思っていたから、未必的故意がある。 

したがって,構成要件を満たし,特段の違法性・責任阻却事由も認められないから,甲に殺人罪が成立する. 

以上より,甲には殺人罪のみが成立する. 

2 乙の甲の罪責.殺人罪(199条). 

実行行為については,1(2)に述べたとおりである.乙はBの実母だから,救急通報する義務がある.Bはかつて乙に家庭内暴力を受けたことがあるが,Bは倒れ込み,動かなくなっているのだから,救急通報する間に自己が暴行を受けるおそれは小さく,それを求めることが酷だとはいえない.したがって,容易性もある.したがって,実行行為がある. 

Bは死んだから,結果がある. 

因果関係については,1(2)に述べたとおりである,問題文中6から,これがなかった. 

したがって,構成要件を満たさず,乙に犯罪が成立しない. 

問題2 

1 AがBに甲土地を譲渡したが,移転登記期日まで自己に登記が留められていることを奇貨として,さらにCに甲土地を譲渡した.この場合,Aに横領罪(252条)が成立するか. 

2 横領罪は,委託信任関係を保護法益とするものと解される. 

「自己の占有する他人の物」は,保護法益との関係から,「他人の委託に基づいて自己の占有する物」をいうと解される.このように解することによって,遺失物等横領罪(254条)との区別も明らかになる. 

「横領した」は,保護法益との関係から,不法領得の意思,すなわち,占有物について,委託の趣旨に反し,所有者たる委託者でなければできない利用や処分をする意思を発現する一切の行為をいうと解される. 

3 1に述べた事例について検討する. 

「自己の占有する他人の物」について.土地の占有については,登記がある場合,横領罪が抑止しようとする売却等の処分をすることができるから,登記を保持していることが「占有」にあたる.Aは売買の意思表示(民法175条)をしたあとに,Aは甲土地の登記を保持しているから,これにあたる.AはBとの契約により,移転登記手続をするために登記を保持しているから,その占有は「他人」の委託に基づいている. 

「横領した」について,AがCに甲土地を譲渡したことは,所有者であるBでなければできない処分であるから,これにあたる. 

4 もっとも,二重譲渡は,民法上は対抗要件主義によって解決されており,適法である.刑法の謙抑性の観点からは,このような行為を処罰すべきではないのではないか. 

しかし,対抗要件主義は,互いに正当に権利を主張することができる者たちが出現してしまった場合を調整するルールである.それに違反した場合のルールが設けられているからといって,二重譲渡が正当化されるものではない.民法上も,AがB, Cに二重譲渡した場合,Aは所有権を取得できなかった者からの損害賠償請求を免れない.刑法上も,独自にAを横領罪によって処罰し,二重譲渡を抑止しようとすることは,合理的である. 

したがって,Aには横領罪が成立する. 

 

受験時・出題趣旨公表後のコメント:2019年度早稲田大学法科大学院入試(再現答案へのリンクあり)