凍結した受精卵を妻が無断移植して出産した子と父子関係があるか?

報道

 凍結保存していた受精卵を別居中の妻が無断で移植したとして、外国籍の男性が出生した女児との親子関係がないことの確認を求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(三浦守裁判長)は7日までに、男性の上告を退ける決定をした。婚姻中に妊娠した子を夫の子と推定する民法の「嫡出推定」に基づき、父子関係を認めた一、二審判決が確定した。決定は5日付。
 一、二審判決によると、男性と妻は2010年、奈良県内のクリニックで体外受精を行い、複数の受精卵を凍結保存。2人は長男誕生後に別居したが、妻は男性の同意を得ないまま受精卵を移植、14年に女児を妊娠し、出産後に離婚した。
 一審奈良家裁は17年、「生殖補助医療で民法上の親子関係を形成するには、夫の同意が必要だ」と指摘する一方、同意がないことを「嫡出推定が及ばない事情とみることはできない」とも述べ、別居後の2人の生活状況を検討。男性は妻や長男と外出するなどの交流を続けており、夫婦の実態はあったと判断、男性の請求を却下した。
無断移植でも「父子関係」確定=凍結受精卵、父親の上告退ける-最高裁:時事ドットコム

最高裁は決定文を公開していません(上告不受理決定でしょうから、おそらくほとんど何も書いていないのだと思いますが)。また、LEX/DBで奈良家裁で平成29年1月1日〜平成29年12月31日の間にされた、あるいは大阪高裁でされた、「受精卵」「生殖補助医療」などのワードを含む判決、などの条件で検索してみたのですが、ヒットしません。そのため、報道ベースで検討します。

 

判例

外観説の採用

父は、いわゆる「嫡出の及ばない子」にあたると主張して、親子関係不存在確認の訴えを提起したのだと考えられます。判例は、長期の別居により、性交渉がなかったことが明白である場合に嫡出推定が排除されるという、いわゆる外観説を採用しています(最判平成10年8月31日集民189号497頁最判平成12年3月14日集民197号375頁)。

これに対するのが、次の説です(他にもありますが省略)。

  • 血縁説:DNA関係などの科学的手法により親子関係の不存在が明らかである場合に嫡出推定が排除される。
  • 家庭破綻説:嫡出推定の趣旨は家庭の平和を守ることにあるが、別居などにより家庭が破綻している場合には、守るべき家庭の平和が既に存在しないのだから、嫡出推定が排除される。

 

近時の判例

近時、最高裁は、次のような事件で、外観説を確認しました(最判平成26年7月17日民集68巻6号547頁。同日の類似事件があります)。

 

事案の概要

被上告人=原告=子、上告人=父、甲=上告人の妻=被上告人の父、乙=甲の不貞行為の相手方です。

(1)上告人と甲は,平成11年▲月▲日,婚姻の届出をした。
(2)甲は,平成20年頃から乙と交際を始め,性的関係を持つようになった。しかし,上告人と甲は同居を続け,夫婦の実態が失われることはなかった。
(3)甲は,平成21年▲月,妊娠したことを知ったが,その子が乙との間の子であると思っていたことから,妊娠したことを上告人に言わなかった。
 甲は,同年▲月▲日に上告人に黙って病院に行き,同月▲日に被上告人を出産した。
(4)上告人は,平成21年▲月▲日,入院中の甲を探し出した。
 上告人が甲に対して被上告人が誰の子であるかを尋ねたところ,甲は,「2,3回しか会ったことのない男の人」などと答えた。
 上告人は,同月▲日,被上告人を上告人と甲の長女とする出生届を提出し,その後,被上告人を自らの子として監護養育した。
(5)上告人と甲は,平成22年▲月▲日,被上告人の親権者を甲と定めて協議離婚をした。
 甲と被上告人は,現在,乙と共に生活している。
(6)甲は,平成23年6月,被上告人の法定代理人として,本件訴えを提起した。
(7)被上告人側で私的に行ったDNA検査の結果によれば,乙が被上告人の生物学上の父である確率は99.999998%であるとされている。

 

判旨

括弧書きは私のメモです。

 民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには、夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる…。そして,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり〔血縁説の不採用〕,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても〔家庭破綻説の不採用〕,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから,上記の事情が存在するからといって,同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず,親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。このように解すると,法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが,同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。
 もっとも,民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について,妻がその子を懐胎すべき時期に,既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ,又は遠隔地に居住して,夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には,上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから,同法774条以下の規定にかかわらず,親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である…。しかしながら,本件においては,甲が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず,他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。

なお、金築裁判官・白木裁判官の反対意見があります。

 

今回の裁判例について

今回の事案でも、裁判所は、外観説に立ちつつ、具体的事情を検討して、嫡出推定が排除されるだけの事情はなかったという判断をしたものと考えられます。

しかし、外観説はそもそも、「着床は、性交渉が行われ、男性が射精することにより、女性の体内で生じるものだ」という前提に立っています。これに対して、受精卵の凍結保存は、体外受精や顕微授精で受精・発育した受精卵を凍らせて長期間保存しておく方法ですから(一般社団法人日本生殖医学会|一般のみなさまへ - 不妊症Q&A:Q14.受精卵の凍結保存とはどんな治療ですか?)、受精と着床の時期が大幅にずれることがありえます。一審は「「生殖補助医療で民法上の親子関係を形成するには、夫の同意が必要だ」と指摘する一方、同意がないことを「嫡出推定が及ばない事情とみることはできない」とも述べ」たようですが(前掲・時事ドットコム)、凍結保存の場合には、いつの「外観」を判断するべきなのか、そもそも「外観」には意味があるのか、よくわからなくなってきます。判決文が見れない以上、大したことが言えないのですが、難しいですね…

 

関連する問題

なお、同意と嫡出推定あるいは父子関係の関係を考える場合、他に、あまり現実的ではありませんが、夫が同意していないのに性交がされ、受精・着床したというケースが考えられます。この場合はどうでしょうか(なお、男女逆のケースは実際にも多く発生していると考えられますが、その場合、母子関係は否定されません。母=分娩者という原則が徹底されているからです)。

また、将来、同性カップルでも子を作ることは可能になると考えられます(同性カップルの遺伝子で子どもを作ったら――ドキュメンタリーが問う、人間が“命を作る”ことの是非|ウートピ同性マウスから子供誕生 生殖の原則破る - BBCニュース)。そうなった場合はどうなるのでしょうか。