東京高判平成28.12.16:日本舞踊の名取の除名処分無効確認の法律上の争訟性

事案の概要

(判決文から引用。括弧付き番号が付いている部分は本来一文だが、箇条書きに改めた)

本件は,日本舞踊の流派である花柳流の名取として活動していた被控訴人が,花柳流の四世宗家家元として活動する控訴人Aから,平成26年4月9日付けで花柳流の名取から除名する旨の処分(以下「本件除名処分」という。)を受けたため,

  • (1)本件除名処分が無効であると主張して,控訴人Aに対し,被控訴人が同月10日以降も花柳流の名取の地位にあることの確認を求め,
  • (2)花柳流の宗家家元及び名取等により構成される控訴人花柳会に対し,被控訴人が控訴人花柳会の会員の地位にあることの確認を求め,
  • (3)本件除名処分が不法行為に該当すると主張して,控訴人Aに対し,不法行為に基づく損害賠償として慰謝料10万円及びこれに対する本件除名処分の翌日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,
  • (4)控訴人花柳会において被控訴人が控訴人花柳会の総会に出席することを拒否したことが不法行為に該当すると主張して,控訴人花柳会に対し,不法行為に基づく損害賠償として慰謝料10万円及びこれに対する上記総会の日である同年1月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,
  • (5)上記総会において理事及び監事の選任の決議並びに収支予算及び収支決算の承認の決議がされていないと主張して,控訴人花柳会に対し,各決議の不存在の確認を求める事案である。

 原審が被控訴人の訴えのうち上記(5)を却下し,上記(1)及び(2)の請求をいずれも認容し,その余の請求をいずれも棄却したところ,控訴人らが本件各控訴を提起した。

 

判旨

控訴棄却。法律上の争訟性に関する部分を抜粋。

 控訴人らは,控訴人Aに対して被控訴人が花柳流の名取の地位にあることの確認を求める請求及び控訴人花柳会に対して被控訴人が控訴人花柳会の会員の地位にあることの確認を求める請求がいずれも司法審査の対象になるという原審の判断について,花柳流が家元制度を採用して花柳の「名」や「振り・型」を保存・伝承しようとした趣旨や家元制度における家元の権限,家元及び名取の責務に鑑みれば,本件はおよそ法律を適用して解決することができないものであることは明らかであるなどと主張する。
 しかし,花柳流の名取の地位を基礎とする権利利益は,著作権が取得されている花柳流の舞踊の振り付けを上演するための権利の基盤であり,日本舞踊家としての職業活動及び事業活動の基盤であることに加え,控訴人花柳会の総会における議決権を伴う会員資格の基盤でもあることからすれば,花柳流の名取がその地位に基づいて享受する権利利益は,単なる事実上の利益にとどまらず,法的利益と評価されるべきものであって,除名処分を受けた花柳流の名取による名取の地位の確認請求は,一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題にとどまるものとはいえず,一般市民法秩序と直接の関係を有するものというべきであることは,原審の説示するとおりである。控訴人らの指摘する諸事情は,花柳流の名取がその地位に基づいて享受する上記権利利益の評価を左右するものではなく,名取の地位の確認請求に係る上記判断に影響しない。
 そして,本件除名処分について,日本舞踊の流派である花柳流に属する者が遵守すべきものとされる花柳流規則に基づいて行われたものであり,団体の自治を尊重すべきであるという控訴人らの指摘を考慮しても,本件除名処分の効力の有無については,懲戒処分の効力の判断において一般的に採られている判断枠組みに基づき,処分権者である控訴人Aによる裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったか否かという観点から判断することができるから,本件における名取の地位の確認請求が法令の適用により終局的に解決することができるものに当たるというべきであることは,原審の説示するとおりである。
 また,控訴人花柳会の会員の地位は法的地位であると認められ,本件における同会員の地位の確認請求は,一般市民法秩序と直接の関係を有するものであって,法令の適用により終局的に解決することができるものに当たることについても,原審の説示するとおりであり,かかる判断を左右すべき事情は認められない。
 したがって,被控訴人が,控訴人Aに対して花柳流の名取の地位にあることの確認を求める請求及び控訴人花柳会に対して同会員の地位にあることの確認を求める請求がいずれも司法審査の対象になるという原審の判断は相当であり,控訴人らの上記主張を採用することはできない。

控訴人が上告したが、例文棄却。

 

ノート

法律上の争訟性は、従来地方議会、政党、宗教団体などの内部の処分について争われることが多かったように思います。司法試験受験者的にはどちらかというと憲法の問題として関心のある論点かもしれません。

宗教団体の内部処分に関して、判例は、住職の地位確認は法律上の地位の確認ではないから法律上の争訟ではないとし、

原審が適法に確定した事実によれば、同寺の住職たる地位は、元来、儀式の執行、教義の宣布等宗教的な活動における主宰者たる地位であつて、同寺の管理機関としての法律上の地位ではないというのであるから、住職たる宗教上の地位に与えられる代表役員および責任役員としての法律上の地位ならびにその他の権利義務(たとえば、報酬請求権や寺院建物の使用権など)のすべてを包含するいみにおいて、権利関係の確認を訴求する趣旨であれば格別、右代表役員および責任役員としての法律上の地位の確認請求をすると共に、これとは別個にその前提条件としての住職たる地位の確認を求めるというのは、単に宗教上の地位の確認を求めるにすぎないものであつて、法律上の権利関係の確認を求めるものとはいえず、したがつて、このような訴は、その利益を欠くものとして却下を免れない。(最判昭和44.7.10)

一方でそれが代表役員・責任役員(宗教法人法18条参照)と結びついている場合に、代表役員・責任役員の前提問題として判断することは許されるとしています(論理展開としては、「代表役員・責任役員の地位確認は法律上の争訟であり、それが住職たる地位に結び付けられているとしても関係がない」と言ったほうが適切ですが)。

 所論は、要するに、原審が上告人の新訴については住職たる地位が宗教上の地位であるにすぎないことを理由としてその訴を不適法として却下しながら、これと併合して審理された被上告人種徳寺の上告人に対する不動産等引渡請求事件については曹洞宗管長のした住職罷免の行為をもつて法律的紛争であるとして取扱い、本案の判断を示したのは、理由齟齬の違法を犯すものである、というにある。
 しかしながら、論旨指摘の原審の各判断は、互いに当事者を異にし、訴訟物をも異にする別個の事件について示されたものであるから、その間に民訴法三九五条一項六号所定の理由齟齬の違法を生ずる余地はなく、したがつて、論旨はこの点において理由がない。のみならず、被上告人種徳寺の上告人に対する右不動産等引渡請求事件は、種徳寺の住職たる地位にあつた上告人がその包括団体である曹洞宗の管長によつて右住職たる地位を罷免されたことにより右事件第一審判決別紙物件目録記載の土地、建物及び動産に対する占有権原を喪失したことを理由として、所有権に基づき右各物件の引渡を求めるものであるから、上告人が住職たる地位を有するか否かは、右事件における被上告人種徳寺の請求の当否を判断するについてその前提問題となるものであるところ、住職たる地位それ自体は宗教上の地位にすぎないからその存否自体の確認を求めることが許されないことは前記のとおりであるが、他に具体的な権利又は法律関係をめぐる紛争があり、その当否を判定する前提問題として特定人につき住職たる地位の存否を判断する必要がある場合には,その判断の内容が宗教上の教義の解釈にわたるものであるような場合は格別、そうでない限り、その地位の存否、すなわち選任ないし罷免の適否について、裁判所が審判権を有するものと解すべきであり、このように解することと住職たる地位の存否それ自体について確認の訴を許さないこととの間にはなんらの矛盾もないのである。所論は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。(最判昭和55.1.11)

 本訴請求は、被上告人が宗教法人である上告人寺の代表役員兼責任役員であることの確認を求めるものであるところ、何人が宗教法人の機関である代表役員等の地位を有するかにつき争いがある場合においては、当該宗教法人を被告とする訴において特定人が右の地位を有し、又は有しないことの確認を求めることができ、かかる訴が法律上の争訟として審判の対象となりうるものであることは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四一年(オ)第八〇五号同四四年七月一〇日第一小法廷判決・民集二三巻八号一四二三頁参照)。そして、このことは、本件におけるように、寺院の住職というような本来宗教団体内部における宗教活動上の地位にある者が当該宗教法人の規則上当然に代表役員兼責任役員となるとされている場合においても同様であり、この場合には、裁判所は、特定人が当該宗教法人の代表役員等であるかどうかを審理、判断する前提として、その者が右の規則に定める宗教活動上の地位を有する者であるかどうかを審理、判断することができるし、また、そうしなければならないというべきである。もっとも、宗教法人は宗教活動を目的とする団体であり、宗教活動は憲法上国の干渉からの自由を保障されているものであるから、かかる団体の内部関係に関する事項については原則として当該団体の自治権を尊重すべく、本来その自治によって決定すべき事項、殊に宗教上の教義にわたる事項のごときものについては、国の機関である裁判所がこれに立ち入って実体的な審理、判断を施すべきものではないが、右のような宗教活動上の自由ないし自治に対する介入にわたらない限り、前記のような問題につき審理、判断することは、なんら差支えのないところというべきである。これを本件についてみるに、本件においては被上告人が上告人寺の代表役員兼責任役員たる地位を有することの前提として適法、有効に上告人寺の住職に選任せられ、その地位を取得したかどうかが争われているものであるところ、その選任の効力に関する争点は、被上告人が上告人寺の住職として活動するにふさわしい適格を備えているかどうかというような、本来当該宗教団体内部においてのみ自治的に決定せられるべき宗教上の教義ないしは宗教活動に関する問題ではなく、専ら上告人寺における住職選任の手続上の準則に従って選任されたかどうか、また、右の手続上の準則が何であるかに関するものであり、このような問題については、それが前記のような代表役員兼責任役員たる地位の前提をなす住職の地位を有するかどうかの判断に必要不可欠のものである限り、裁判所においてこれを審理、判断することになんらの妨げはないといわなければならない。そして、原審は、上告人寺のように寺院規則上住職選任に関する規定を欠く場合には、右の選任はこれに関する従来の慣習に従ってされるべきものであるとしたうえ、右慣習の存否につき審理し、証拠上、上告人寺においては、包括宗派である日蓮宗を離脱して単立寺院となった以降はもちろん、それ以前においても住職選任に関する確立された慣習が存在していたとは認められない旨を認定し、進んで、このように住職選任に関する規則がなく、確立された慣習の存在も認められない以上は、具体的にされた住職選任の手続、方法が寺院の本質及び上告人寺に固有の特殊性に照らして条理に適合したものということができるかどうかによってその効力を判断するほかはないとし、結局、本件においては、被上告人を上告人寺の住職に選任するにあたり、上告人寺の檀信徒において、同寺の教義を信仰する僧侶と目した者の中から、沿革的に同寺と密接な関係を有する各末寺(塔中を含む。)の意向をも反映させつつ、その総意をもってこれを選任するという手続、方法がとられたことをもって、右条理に適合するものと認定、判断したものであり、右の事実関係に照らせば、原審の右認定、判断をもって宗教団体としての上告人寺の自治に対する不当な介入、侵犯であるとするにはあたらない。原判決に所論の違法はなく、論旨は、ひっきょう、独自の見解に立ってこれを論難するに帰し、採用することができない。(最判昭和55.4.10)

そうすると、結局この種の事件の法律上の争訟性は、争われている地位が法律上のものかどうかによってのみ判断されることになります。本判決はその方向に沿うものであり、「花柳流の名取の地位を基礎とする権利利益は,著作権が取得されている花柳流の舞踊の振り付けを上演するための権利の基盤であり,日本舞踊家としての職業活動及び事業活動の基盤であることに加え,控訴人花柳会の総会における議決権を伴う会員資格の基盤でもある」という部分は、(比較的柔軟な?)適用の一事例として参考になるものと思われます。

なお、重判民訴1事件として、我妻先生が評釈を書かれています。

 

おまけ

この事件は、社会的には日本舞踊の最大流派である花柳流の跡継ぎ争いの一端であるため、スポーツ紙の関心が高いようで、いくつかの報道がされています。社会的な意味での紛争との関係での司法の限界(司法にできること、できないこと)という意味でも興味深いです。

www.nikkansports.com

www.nikkansports.com

www.sponichi.co.jp

 

社会的な意味での紛争との関係での司法の限界といえば、諫早湾開門訴訟ですが(諫早開門訴訟:請求異議、独立当事者参加 - Life is Beautiful)、法セミの特集を(今更ながら)見つけたので、読み終わったらあの記事に加筆しておこうと思います。

www.nippyo.co.jp