大阪アスペルガー事件:国民の素朴な感覚に基づいて刑罰が発動されるとき

アスペルガー症候群に罹患している被告人が姉を殺害したとして、殺人罪で起訴された事件。第一審で、検察官が懲役16年(と凶器の没収。これについては以下省略)を求刑したのに対して、裁判所(裁判員を含む合議体)は、アスペルガー症候群を刑を加重すべき理由の一つとして、懲役20年の判決をした。控訴審はこれを覆し、懲役14年とした。弁護人が上告したが、例文棄却され確定。

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第一審(大阪地判平成24.7.30)

懲役16年と凶器の没収。

(犯行に至る経緯)
 被告人は,小学5年生の途中から不登校となり,その後,中学校にも通わず,約30年間のほとんどを,自宅で引きこもる生活を送ってきた。被告人は,このまま家に引きこもっていては駄目だからやり直したいと思い,引きこもる前の小学校と別の校区の中学校に転校したり,自分のことを誰も知らない遠い場所で生活したりしたいと思って両親に頼んだが,いずれも実現しなかった。被告人は,これらの自分の頼みが実現しなかったのは,長姉であるBのせいであると勝手に思いこんで,そのころからBのことを恨むようになった。その後,母親が,本当はBと会っているのに会っていないと言うなど被告人に嘘を吐いていると思うに至って,Bへの恨みが更に募り,母親をBのところに行かせて金を無心させてBにダメージを与えてやろうと思って,24,25歳のころから,母親の給料を一部取上げて,Bのところへ家賃を払う金を借りに行かせるようになった。
 他方,被告人は,25,26歳のころ,漠然と自殺を考え始め,34歳のころ,インターネットで自殺の方法を調べようと思い,しかも,Bにパソコンを買わせたら,Bに金銭的にダメージを与えることができて一石二鳥だと考えて,母親を通じてBにパソコンを買ってほしいと頼むようになった。これに対してBは,被告人に中古のパソコンを買って与えたが,被告人は物に触ると手が汚れる感じがするのが嫌で,中古のパソコンという他人が触った物を触るのが嫌だったことなどから,Bに対する恨みが更に強くなり,その後も,母親を通じて,Bに対して新品のパソコンを買うように要求し続けていた。しかしBが被告人に対して新品のパソコンを買ってくれないことで,被告人のBに対する恨みは更に強くなった。
 平成23年4月から5月にかけて母親が入院したときに,母親の代わりにBが買い物をして届けてくれたことがあったので,被告人は,母親に暴力をふるって入院させたりしたら,Bが再び被告人宅に来るだろうと思い,母親が施設に保護されたら,Bが被告人宅に入ってきたときに,自宅にある包丁で刺して殺そうと考えた。
 同年6月17日,被告人が母親に暴力をふるって怪我をさせたので,Bが母親を施設に入所させた。Bは被告人方に生活用品を届けていたが,被告人の自立を願って,同年7月13日,被告人に対して「食費やその他のお金を自分で出しなさい。買い物はする。」との書き置きを残していった。これを見た被告人は,Bが自分のことを助けるつもりがなく,報復してきたのだと受け止め,Bが被告人宅を訪れて台所の奥にいるときであれば逃げにくいから確実に殺せるので,このときに包丁で刺して殺そうと考え,台所にある刃体の長さ約15.7センチメートルの文化包丁様のものを自室に持ち込み,犯行に備えた。
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成23年7月25日午後2時15分ころ、大阪市<以下略>所在の大阪市<以下略>の被告人宅を訪れたB(当時46歳)に対して,殺意をもって,Bの心窩部や左上腕等を上記文化包丁様のもので多数回突き刺し,よって,同月30日午後6時13分ころ,同市<以下略>所在のC病院において,Bを肝臓刺創及び左上腕動脈損傷に基づく出血性ショックによる低酸素虚血性脳症により死亡させて殺害した。

(量刑の理由)
第1 被告人の行為に対する評価
1 被害者の腹部には厚さ約3センチメートルの腹壁を貫通する長さ約7センチメートルの刺し傷があり,これが肝臓を貫通しており,これ以外にも被害者の左上腕には動脈を完全断裂する長さ約7センチメートルの切り傷があるなど,被害者は多数の傷を負ったものである。また,犯行現場周辺には被害者の血痕が多量かつ広範囲にわたって認められる。これらの事実からだけでも,被告人が強い殺意をもって,逃げようとする被害者に対して執拗に攻撃していることが明らかであり,本件犯行の残虐性や結果の重大性等からすれば被告人の刑事責任は極めて重く,本件は刑の執行猶予をもって臨む事案ではない。〔執筆者注:弁護人は被告人が心神耗弱にあったとして、執行猶予と保護観察を求めていた〕 
2 被害者は被告人の自立のために精一杯の努力をしてきたものであり,現に,犯行当日も被告人のための生活用品等を被告人に届けるためにわざわざ被告人宅を訪れたものであり,本件犯行に遭わなければならないような落ち度は全く見当たらない。それにもかかわらず,被害者が実の弟である被告人の手によって残酷に殺されようとしていた際,被害者が受けたであろう恐怖あるいは絶望感,夫や子供を残して46歳という若さで命を絶たれなければならないことの無念さなどは,想像すらできないほど大きかったはずである。被害者が被告人のために身体的にも金銭的にも尽くしていたにもかかわらず,本件のように理不尽に殺害されたことに対する遺族の悲しみや怒りも大きく,「Bは,殺されて不本意に人生を終えざるを得なかったのに,殺した張本人がその後も生き続けられるということに対して,私はとうてい納得ができません。」「一生刑務所から出てこれないようにしてほしいです。」などと述べて被告人に対する厳しい処罰を望む心情は,人間の持つ当然の気持ちとして十分に理解することができる。
3 弁護人は,被告人が被害者に対して恨みを募らせ,それが強固な殺意にまで膨れあがってしまったのは,アスペルガー症候群という精神障害のためであり,被告人にはこの恨みの感情をどうすることもできなかったから,この点を量刑上大いに考慮すべきであると主張する。
 確かに,(犯行に至る経緯)で判示したような犯行動機の形成過程は通常人には理解に苦しむものがあり,精神科医であるD証人が証言するとおり,本件犯行の動機の形成に関して,被告人にアスペルガー症候群という精神障害が認められることが影響していることは認められる。しかし,被告人が供述するような動機に基づいて被害者を殺害することは,社会に到底受け入れられない犯罪であるし,被告人もそのことは分かっていた旨供述している。そうであるならば,被告人は,被害者の殺害に向けて計画を立て,公判廷で述べるとおり,一時犯行を思いとどまりながらも,「ここで姉を殺さなければ,自分は一生姉を殺すことができなくなる。自分が自殺するためには姉を殺さなければ悔いが残る。」などと考えて,最終的には自分の意思で本件犯行に踏み切ったといえるのである。したがって,本件犯行に関するアスペルガー症候群の影響を量刑上大きく考慮することは相当ではない。
4 以上検討したとおり,本件犯行の手段は計画的であること,犯行の態様は執拗かつ残酷であること,生じた結果は極めて大きく,遺族の処罰感情も厳しいこと,犯行に至る経緯や動機についてアスペルガー症候群の影響があったことは認められるが,これを重視すべきではないこと等の事情を総合するならば,被告人の刑事責任は重大であり,被告人に対しては長期の服役が必要不可欠である。
第2 具体的な量刑
1 そこで被告人に対する具体的な量刑について検討する。被告人や関係者等を直接取り調べた上で本件行為に見合った適切な刑罰を刑事事件のプロの目から検討し,同種事案との公平,均衡などといった視点も経た上でなされる検察官の科刑意見については相応の重みがあり,裁判所がそれを超える量刑をするに当たっては慎重な態度が望まれるというべきである。
 しかしながら,評議の結果,先に検討した各事実に加えて,以下の観点からの検討も十分に行うことが必要であり,重要であるという結論に至った。
2 すなわち,被告人は,本件犯行を犯していながら,未だ十分な反省に至っていない。確かに,被告人が十分に反省する態度を示すことができないことにはアスペルガー症候群の影響があり,通常人と同様の倫理的非難を加えることはできない。しかし,健全な社会常識という観点からは,いかに精神障害の影響があるとはいえ,十分な反省のないまま被告人が社会に復帰すれば,そのころ被告人と接点を持つ者の中で,被告人の意に沿わない者に対して,被告人が本件と同様の犯行に及ぶことが心配される。被告人の母や次姉が被告人との同居を明確に断り,社会内で被告人のアスペルガー症候群という精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし,その見込みもないという現状の下では,再犯のおそれが更に強く心配されるといわざるを得ず,この点も量刑上重視せざるを得ない。被告人に対しては,許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり,そうすることが,社会秩序の維持にも資する。
3 上記の評議の結果を踏まえると,本件においては検察官の科刑意見は軽きに失すると判断することもやむを得ず,被告人に対しては殺人罪の有期懲役刑の上限で処すべきであるとの判断に至ったので,主文のとおり刑の量定を行った。

 

控訴審

破棄自判。懲役14年と凶器の没収。

 原判決の説示する犯情及び一般情状についての認定・評価は是認し難いところがある。以下,その理由を説明する。
(1)まず,犯情について検討すると,原判決が,上記のとおり,本件犯行が強い殺意に基づいて計画的に行われたものであること,態様も執ようかつ残忍なものであり,被害結果が重大であること,被害者に落ち度は全くない点を指摘しているのは正当として是認することができる。
 しかし,原判決が本件犯行の経緯・動機について,アスペルガー障害の影響があったことは認められるが,これを重視すべきではないと説示している点は是認できない。被告人が本件犯行に及んだ経緯や動機の形成過程については,被害者の言動が自分に対する嫌がらせであるなどと受け止め,いわれない憎しみを募らせた末に本件犯行に及んだという事情がある。すなわち,被告人は,生まれながらのアスペルガー障害について周囲に気付かれずに適切な支援を受けられないまま生育し,小学校5年生ころから不登校となり,自宅に引きこもるようになった。被告人なりに立ち直ろうとして,両親に転校のために引っ越しするよう求めたが,実現しなかった。被告人は,それを被害者が家に戻ってきたので引っ越しができなかったのだと受け止めた。また,引きこもりの生活から抜け出そうと考え,一人暮らしをしようとしたが,手配してもらった文化住宅が被告人が意図していた自宅から遠い場所ではなく,騒音もあったことからすぐに帰ってきてしまった。被告人はそれを被害者が手配したもので,同人に妨害されたものと受け止めた。また,被告人は,インターネットを使うためにパソコンが欲しいと考え,母を介して被害者にそれを伝えたが,被害者が新品ではなく中古のパソコンを買ってきたのは,インターネットにつなげないようにするためであり,これも被害者の嫌がらせであると受け止めた。さらに本件犯行の直前には,生活用品を届けてくれた被害者が被告人の自立を願って,「食費やその他のお金を自分で出しなさい。買物はする」との書き置きを残したところ,被害者が自分のことを助けるつもりがなく,報復してきたのだと受け止めた。被告人は,本件当時自殺を考えるようになっていたことから,被害者を殺害してから自殺しようと考えて本件犯行に至った。以上のとおり,被告人が被害者の善意の行動を逆に嫌がらせであるなどと受け止め,これが集積して殺したいと思うほど恨むようになり,本件犯行に至ったという経緯や動機形成の過程には,意思疎通が困難で,相手の状況や感情,その場の雰囲気などを推し量ることができず,すべて字義どおりにとらえてしまい,一度相手に対して敵意を持つに至るとこれを修正することが困難であり,これにこだわってしまうといったアスペルガー症候群特有の障害が大きく影響していることが認められる。そして,被告人は,生まれながらのアスペルガー障害について周囲に全く気付かれずに,適切な支援を受けられないまま,約30年もの長きにわたり引きこもりの生活を送ってきた。人の入った風呂には入れないとか,雑誌を買っても他人が触れているために読んだ後は触れることができなくなるなどの強迫障害や,小学校時代の友達に会うのが怖くて外に出ることができないなどの恐怖症性不安障害などの二次的精神症状も発現していた。被告人が経済的に依存し,唯一言葉を交わすことができた母も足の血栓で入院して働くことができなくなり,本件犯行当時,自殺を考えるまで追い詰められた状況にあった。このように,被告人が本件犯行に至った経緯や動機の形成過程には,被告人のみを責めることができないアスペルガー症候群特有の障害が介在しており,この点は量刑判断に当たっての責任評価の上で考慮されなければならない事情である。もちろん,原判決も説示するとおり,被告人は被害者の殺害を一時思いとどまることもしながら,「ここで被害者を殺さなければ,自分は一生被害者を殺すことができなくなる。自分が自殺するためには被害者を殺さなければ悔いが残る」などと考えて本件犯行に及んだ。最終的に被害者の殺害を決意して本件犯行に踏み切ったこと自体は被告人の意思に基づくものであって,何の落ち度もない被害者の生命を奪うという手段を選んだことは厳しい非難に値するしかし,上記のような本件の経緯や動機形成過程へのアスペルガー障害の影響の点は本件犯行の実体を理解する上で不可欠な要素であり,犯罪行為に対する責任非難の程度に影響するものとして,犯情を評価する上で相当程度考慮されるべき事情と認められる。そうすると,原判決が本件犯行に関するアスペルガー障害の影響を量刑上大きく考慮することは相当ではなく,本件の犯情評価として,被告人に対しては長期の服役が必要不可欠であると説示し,本件が殺人罪の中でも特に重い類型に属すると評価している点は,本件犯行の実体を適切に把握せず,被告人の責任非難をその限度で減少する方向に働く重要な量刑事情の評価を誤ったものといわざるを得ない。本件の経緯や動機形成過程におけるアスペルガー障害の影響を正当に評価すれば,本件は殺人罪の中でも標準の上限周辺か、あるいはやや重い類型の下限周辺に属する事案とみるのが相当である。
(2)次に,一般情状について検討すると,原判決が被害者の遺族,とりわけ被害者の夫は被告人に対する厳しい処罰を望んでいる点をあげているのは是認することができる。しかし,原判決が,被告人の反省が不十分で社会内で被告人のアスペルガー障害に対応できる受皿が用意されていないという現状のもとでは,再犯のおそれが強く心配されるなどと評価し,この点を量刑上重要な事情として考慮した点は是認できない。 
 すなわち,まず,被告人の反省が十分ではないとの説示についてみると,原判決がそのように評価したこと自体が誤っているとはいえない。しかし,被告人のおかれた状況等を考慮することなく,反省が十分でないことから再犯のおそれが強く心配されると判断することには疑問の余地があるばかりか,原判決も説示するとおり,被告人が十分に反省する態度を示すことができないことにはアスペルガー障害が影響していることが認められる。そのような中で,「被害者に対して怖い思いや痛い思いをさせたことを申し訳なく思う。遺族のかた,失ったことの悲しみ,申し訳ないと思う」などとも述べており,十分とはいえないとしてもそれなりの反省を深めつつあるという評価も可能である。少なくとも再犯可能性を推認させるほどに被告人の反省が乏しい状況にあるとはいえない上記C医師も,被告人が同じような事件を起こす可能性は非常に少ないと述べている。そうすると,原判決のこの点に関する評価には是認し難いところがある。
 次に,原判決の社会内で受皿がないとの説示についてみると,そこでいう「社会内で」という趣旨が明確ではないが,その説示からみて親族等の被告人の身近な者らが受入れを拒否しているという意味を含んでいるものと考えられ,この点は是認できる。しかし,これに続く,社会一般にも受皿がないという趣旨の説示については,是認できない。弁護人が指摘するとおり,社会一般におけるアスペルガー障害者に対する支援等の実情は原審では争点となっておらず,受皿がないことに関する証拠は取り調べられていない。それにもかかわらず,受皿がないと認定した原判決の事実認定は誤っているというほかない。そこで,当審において,上記の点に関して大阪府D主任相談員であるE証人の尋問及び同人作成の更生支援計画書(当審弁3号証)の取調べを実施した。これらの証拠によると,各都道府県に設置されたDが保護観察所と協働して,受刑者の出所後の帰住先の調整等を行っているほか,出所後も帰住先の社会福祉施設で定着できるように支援を行うなどの施策が行われている。そして,この受刑者の中には被告人のようにアスペルガー障害者も含まれている。また,上記のDは,精神科医や各種任意団体とも連携しており,支援のネットワークが形成されている。このように親族らが受入れを拒否している場合であっても,公的機関等による一定の対応がなされており,およそ社会内でアスペルガー障害に対応できる受皿がないなどということはできない。そうすると,原判決が被告人のアスペルガー障害に対応できる受皿が何ら用意されていないことを理由の一つに挙げて,被告人の再犯のおそれが強く心配されるとした点は,その前提となる事実を誤認した結果,評価を誤っているといわざるを得ない。
(3)以上のとおり,原判決の上記量刑判断は,犯情評価の点で重要と認められる,本件の犯行動機の形成過程にアスペルガー障害が大きく影響している点を過小評価し,本件犯行の実体を見誤ったものといわざるをえない。これに加え,原判決は,一般情状においても,社会におけるアスペルガー障害に対応する受皿がなく,被告人の反省が十分ではないことと相まって再犯のおそれが強く心配されるなどとして,被告人の刑を重くする方向の一事情として考慮しているが,社会におけるアスペルガー障害に対応する受皿に関する前提事実に誤認がある上,被告人の再犯可能性についての評価を誤っている。
 そうすると,原判決は,被告人の行為責任の基礎となる本件犯行の実体を正しく評価せず,また,一般情状に関する評価をも誤った結果,不当に重い量刑をしたといわざるを得ない。
 量刑不当をいう控訴理由は認められる。

 

ノート

ある性犯罪について、裁判官の罷免を求めるキャンペーンが起こっています(キャンペーン · 父親の娘への性行為無罪判決は許せない。司法は「裁かれるべき者が正しく裁かれる裁判」の実現を! 裁判官訴追委員会御中 名古屋地裁岡崎支部・鵜飼祐充裁判長の罷免を求めます。 · Change.org)。

性加害については、刑事司法、民事司法、行政、立法がそれぞれの役割を有しています。また、刑事司法の中でも、裁判官、検察官、弁護人、被害者代理人がそれぞれの役割を有しています。具体的なことは、そう単純ではないので、また別の機会に書きたいと思います(一部は既に書きました:なぜ裁判官は検察官が設定したターゲットに拘束されるのか? - Life is Beautiful)。それはともかく、結論として、私はこのキャンペーンは、刑事司法の役割や、裁判官の役割を(さらに言えば裁判所=裁判合議体における裁判長の役割を)誤解したものであり、余命懲戒請求事件(懲戒請求で「余命」読者6人に各33万円の支払い命令 嶋崎弁護士勝訴 - 弁護士ドットコム)に近いものがあると考えています。

なお、被害者はケアされなければならないことはもちろんであり、実際にケアのための国(・地方公共団体)による施策も(充実しているとは言い難くはあるかもしれませんが)拡充されているところです。これに対して、刑罰は被害者のケアの手段ではありません。

 

さて、どちらが正しいかはともかく、法律は万人に適用されるものですから、一般人、立法者(法を一般的なものとして定立することに関わる人々)、法曹(法を具体的な事件との関係で解釈し、その事件に適用する人々)の間で、その理解が乖離することは望ましいことではありません。これを解決するために導入されたのが裁判員裁判制度です。例えば、裁判所は、その趣旨を「国民のみなさんが刑事裁判に参加することにより,裁判が身近で分かりやすいものとなり,司法に対する国民のみなさんの信頼の向上につながることが期待されています。」と説明しています(裁判員制度 | 裁判員制度の紹介)。

今回紹介した大阪アスペルガー事件は、その裁判員裁判において、実際に国民の素朴な感覚に基づいて量刑された事案です。もちろん、福祉、医療、刑事弁護などに関わる専門家からは、強い批判がされました(『発達障害で求刑超え懲役20年判決 「社会秩序の維持に」』の報道に関してのつぶやき - Togetter)。しかし、おそらく多くの国民は、危険だから隔離しよう考えに対して、何ら疑問を抱きません。このように、国民の素朴な感覚というものは、しばしば無理解を背景としており、必ずしも正しくはないのです。だからこそ、国民の素朴な感覚を(裁判員制度を通じてするか、裁判官弾劾制度とそこから生じる事実上の影響を通じてするかにかかわらず)刑罰権の発動に反映させるようとする場合、今ある法を十分に理解し、その感覚が本当に正しいのか慎重に判断しなければなりません。大阪地裁の裁判員は、明日の私かもしれませんし、明日のあなたかもしれないのです。

なお、今ある法に対する知識は、専門的な知識ですが、専門家が独占すべきものではありませんし、一般人もまたそれを知らずに議論するべきものでもありません(もちろん議論してはいけないわけではありませんが、過去の失敗を踏まえていないという理由で、その議論に価値はありません)。

 

裁判官が法律に拘束されるなら、法律を変えればよいという人もいます。刑罰法規に限らないことですが、法は試行錯誤の産物です。そのまま適用したのでは不当な結果となるような事例が現れ、問題提起がされ、解釈による解決が試みられ、それでも解決できなければ立法による解決が試みられ、しかしそれでも完全なものにはならず、また問題が現れ…という試行錯誤の上に成り立っているのが今の法です。だからこそ、必要があれば法は変わるべきです。ですから、この主張は全く正しいといえます。それこそが民主主義です。

しかし、注意しなければならないことがあります。法は試行錯誤の産物であるということは、同時に、今ある法は今まで試みられてきた法よりはましなものだということでもあるということです("Democracy is the worst form of Government..." | Richard M. Langworth)。そのため、素朴な感覚から提案されている改正案が、失敗を繰り返すことにならないか、よく検討する必要があります。殊に刑罰法規は自由、ときには生命すらも奪いうる危険な道具であり、実際に多くの人の自由や生命を誤って奪ってきました。また、これからも、人が人である限りそうなる可能性は否定することができません。それをできる限り避けるためには、今ある法とその背後にある思慮、過去の失敗をよく理解する必要があります(Richard von Weizsäcker obituary | World news | The Guardian)。