法律学習者はなぜ会計を勉強する必要がないか?:岩谷誠治『会計の基本』

会計の本を(ざっと)読んだので紹介しておきます。ちなみにタイトルの元ネタは長谷部先生の「憲法学者はなぜ著作権を勉強する必要がないか?」(『Interactive憲法』所収)です。

 

会計と会社法

会社法では、財務諸表(貸借対照表損益計算書…)が出てきます。もちろん予備試験・司法試験でその中身が問われることはなく、せいぜい財源規制違反の場合の配当責任・任務懈怠責任の額を確定するために、分配可能額に関する法令の仕組み第7回:分配可能額の算定|会社法(平成26年改正)|EY新日本有限責任監査法人を理解していることが問われる程度です。

そのため、そのような論点についても、他の法分野と同様に、法解釈として暗記することになります。

 

しかし、会社法は他の科目との比較で、とりわけ難しいと思われがちです。立法のせいというのはあるのでしょうし池野千白『会社法の問題点と改正要綱 ―コピペ立法は現代化なのか? そして、会社法の問題点は改善されるのか?―』、3法・訴訟法に比べて優先順位が低いというのもあると思います。しかし、私は主な原因はそこにはないと思っています。

売買、賃貸借、請負、あるいは訴訟、犯罪、捜査といった、原始的な現象(通時的普遍性を有するという意味です)は、イメージが容易なので、立法や解釈の裏にある利害対立も想像しやすいです。それに対して、企業のような比較的高度な現象(例えば複式簿記や、匿名組合合資会社の原型となったコンメンダは中世〜近世に地中海商人によって発明されたということは、よく言われます)は、そもそもそれがどのようなものか、一般的な法律学習者は知りません。つまり、我々はよくわからないものについて、精緻な法解釈を提示することを求められているわけです。法解釈としては比較的易しいのに、会社法をわかりにくいと感じる大きな原因の一つが、おそらくここにあります(他に、企業経営の大部分を経営判断として法規制から除外してしまっているというのもありそうですが)。

 

会計は、企業の活動を記録し、経営者、株主、債権者(株主、債権者は潜在的なそれを含む)の意思決定のための資料を提供する営みです。この三者とは、会社法がその利害を調整しようとする主要な3つのエンティティそのものであり中東正文ほか『会社法有斐閣ストゥディア)』11頁〜14頁〔中東〕)、また、とりわけ株主(投資家)は、金商法の保護対象でもあります。

会計には、利害関係者に情報を提供するための財務会計と、経営者が企業活動を把握するための管理会計がありますが、財務会計の開示はその性質上強行法規によって強制されることになります。そのため、会計を通して財務諸表がどのようなものなのかを把握することが、会社法・金商法の情報開示規制の意味を知る役に立ちます。

また、資本金は債権者保護の最後の砦と言われます。この性質は、現行法では相対化されていますが、なお財源規制や資本金減少・M&Aにおける債権者異議などが残っています。しかし、実際に金庫に「資本金」とラベリングされた現金を入れておくわけではなく、会計上の概念として、そのようなものがあることになっているにすぎません。そのため、会計を通して資本金とはどのようなものなのかを把握することが、財源規制や債権者異議の意味を知る役に立ちます。

結局、会計の基礎を理解するすることは、会社法(あるいは金商法)の資金調達分野を理解することの役に立つといえます。

 

会計と倒産法

企業が債務超過に陥ると、破産手続を開始することができるようになります。

株式会社では、株主は、債権者全員が満足を得られなければ取り分がない一方、債権者全員が満足を得られたら、残りの会社財産をすべて受け取ることができます(そのような状況で破産することはないですし、清算することも少ないでしょうが)。

これに対して、債権者は、取り分は一定額以上には増えない一方、株主に優先して満足を受けることができます。

これをグラフにすると、こうなります:

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このうち、点線が引かれている点、つまり債権者が完全な満足を受けることができるかどうか(=株主が配当を受けることができるかどうか)の分岐点が、債務超過かどうかの分岐点です。

 

貸借対照表は、左が会社の資産がどれほど、どのような形で存在しているか、右がその調達元=会社を清算したときの資産の帰属先は誰なのかを表します。右は負債と純資産に分かれますが、負債とは債権者の取り分、純資産とはそれ以外つまり株主の取り分です。

なお、会社の取り分というのは存在しません。ここでは会社は株主・債権者がそれぞれどれほどのものをもらえるのかが問題になっており、会社は利害対立の場を提供するにすぎないからです。谷口先生の「コップの中の嵐」の比喩を借りれば、会社というコップの中で株主と債権者が資産を取り合うのであり、会社が利害の主体として参戦することはありません(谷口安平「団体をめぐる紛争と当事者適格」ジュリスト500号326頁)。経営者の利益は基本的に株主の利益に還元されますし、その少ない例外である経営者個人の報酬請求権は、負債の一つとしてカウントされるにすぎません。

 

さて、債務超過の場面では、純資産=株主の取り分はマイナスになります。こうです:

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面積はマイナスにならないので(あたりまえ)、逆の側に移すと、こうなります:

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債務超過とは、負債が資産を上回っている状態ですから、この図は感覚的に理解できると思います。破産では通常、債権者は満額配当を受けることができませんが(だからこそ債権者平等が徹底される)、そのことも、資産の面積より負債の面積が大きいことから理解できます。

 

担保「的」制度の意味も、このような状況と関連付けると、わかりやすくなります。

保証、抵当、譲渡担保、相殺などは、割合的な満足しか受けられない中で、自分だけは債権を回収するための手段です。そして、割合的な満足しか受けられない状況とは、要するに債務超過の場合ですから(一度債務超過になれば、破産手続開始までに抜け駆け的に回収しても、管財人に否認されます)、それらは債務者の倒産時にこそ意味を持つことになります。

法的には債務不履行と倒産はかなり距離があり、法律学習者もそのように認識しているのが通常ですが、社会的現象としてはかなり近いところにあります(法律を勉強していると、健全な状態というものを視野の外に置いてしまいがちですね)。

 

岩谷誠治『会計の基本』

さて、書評です。

会計の基本

会計の基本

 

この本は財務会計を中心に、連結決算、税務会計、内部統制、IFRS企業価値、財務分析、予算管理、原価計算、コストマネジメント、組織再編について簡単に説明した本です。特に財務会計企業価値、組織再編は、会社法・破産法を理解する上で役に立ちます(やっていないのでわかりませんが、租税法をやるときはおそらく税務会計も)。

読者として

  • 「会計」に携わる経理、財務、経営企画部門に配属された社会人
  • 会計に関わる業務を行っているSE、コンサルタント
  • 会計について学びたくなった学生

を想定しているそうで、かなり分かりやすく書かれています。ビジネスマン向けに書かれた本は丁寧に噛み砕いた説明をしているものが多いですね(ビジネスマンをdisっているわけではない)。

特に好きなのは、細かい勘定科目を覚える必要がないというところです。学部1年の頃に簿記3級を取ったとき、一番嫌いだったのが勘定科目を覚えることだったのですが、「会計ブロック」というものを使うことで、かなり簡単に説明してくれています(その中身は資産、負債、純資産、収益、費用であり、要するに貸借対照表損益計算書のどのあたりに入るのかという話なのですが)。

また、構成の工夫として、太字や図表、章末にPointが掲載されており、これらのおかげで短時間で読み進めることができます。

 

最後に目次を引用しておきます:

  1. 会計とは(10ページ)
    1. 会計とは何なのか…「現在を記録する会計」と「未来を拓く会計」
    2. 会計の役割…企業活動を記録する手段としての会計
    3. 会計の構造…会計は財務会計管理会計の2つの領域からなる
  2. 財務会計(48ページ)
    1. 2つの前提…「発生主義」と「継続企業」は現代会計の前提である
    2. 3つの法律…財務会計会社法金融商品取引法、税法からなる
    3. 会計の公式…資産・負債・資本・収益・費用の組み合わせを知る
    4. 決算書…決算書の定義は法律によって異なる
    5. 貸借対照表…B/Sは資金の使途と調達源泉を表す
    6. 損益計算書…P/Lは収益-費用で利益を表す
    7. キャッシュ・フロー計算書…C/Sは会計期間中のキャッシュの増減を表す
    8. 株主資本等変動計算書…純資産の期首から期末までの変動を表示する
    9. 決算…経理部門における中心業務である
    10. 会計の技術…発生主義による期間損益計算を実現する
    11. 金管理…資金繰りの重要性と運転資金の意味を知る
    12. 資金調達…資金調達方法ごとのメリットとデメリットを知る
  3. 連結決算(8ページ)
    1. グループ経営…現代における企業の目標はグループ利益の最大化である
    2. 連結の範囲…会計におけるグループ会社の意味を理解する
    3. 連結決算の作成方法…連結の方法には(フル)連結と持分法がある
  4. 税務会計(16ページ)
    1. 税金というコスト…税金は企業における最大のコストである
    2. 税金の体系…企業の活動にかかる税金にはさまざまな種類がある
    3. 所得・益金・損金…財務会計上の利益と税法上の利益は異なる
    4. 交際費…交際費は費用であるが損金ではない
    5. 消費税…すべての企業取引に関係する税金
    6. 連結納税…グループ経営に対応した新しい納税方法
  5. 内部統制(12ページ)
    1. 内部統制はなぜ必要か…内部統制はすべての会社に存在する
    2. 内部統制とは…内部統制には4つの目的があり、6つの要素からなる
    3. 見える内部統制と見えない内部統制…全社的内部統制と業務プロセス内部統制
    4. 開示すべき重要な不備…「内部統制が有効」とは開示すべき重要な不備がないことをいう
    5. 内部統制の整備…内部統制の基本は内部牽制である
  6. IFRS国際財務報告基準)(14ページ)
    1. IFRS導入の経緯…IFRS国際財務報告基準)とは何なのか
    2. IFRSの特徴…IFRSと従来の基準との違いを知る
    3. 財務諸表の表示…決算書の名称と役割が変わる
    4. IFRS導入による経営への影響…投資効率に着目した経営への進化
    5. 経営への影響が大きい会計基準…収益認識、固定資産会計への影響が大きい
  7. 企業価値(12ページ)
    1. 企業の目指すべきゴールは…経営目標を可視化する方法は会計しかない
    2. お金の価値…同じお金でも、時点によって価値は異なる
    3. 会社の価値…企業価値は将来キャッシュフローの現在価値
  8. 財務分析(18ページ)
    1. 安全性分析…B/Sから調達源泉と資金使途の関係を見る
    2. 収益性分析…投下資本に対する利益の割合を見る
    3. EVA…資本コストを上回る利益が真の利益である
    4. EBITDA…利息・税金・償却費控除前利益
    5. BSC(バランス・スコアカード)…評価指標を統合的に管理して戦略実現を目指す
  9. 予算管理(11ページ)
    1. 予算制度とは…企業のPDCAサイクルを進める仕組み
    2. 予算作成手順…予算の体系と予算作成手順を理解する
    3. 配賦計算…共通費を各部門に配分する作業
    4. 予算制度における問題点…予算編成工数の増加とゲーミングの発生
  10. 原価計算(10ページ)
    1. 原価計算とは…作ったモノの値段を決めること
    2. 原価計算方法…費目別、部門別、製品別の3手順
    3. 仕掛品…期末時点の未完成品。進捗度を用いて評価する
    4. 原価計算の種類…標準原価計算と実際原価計算がある
  11. コスト・マネジメント(16ページ)
    1. コスト・マネジメントの必要性…コストの発生原因に着目する
    2. 変動費と固定費…コストは発生形態で変動費と固定費に分けられる
    3. 損益分岐点分析…Cost, Volume, Profitの関係を分析する
    4. 直接原価計算変動費だけを製品原価とする原価計算
    5. ABC(活動基準原価計算)…活動を基準にした原価計算
  12. 組織再編(14ページ)
    1. 組織再編とは…M&Aは大企業だけのものではない
    2. 組織再編手法…組織再編も、単なる「取引」にすぎない
    3. 組織再編時の留意点…会計が人々の審理に与える影響も考慮する