東京地判平成29.7.10:婚姻費用分担請求訴訟で合意が認められない場合の処理

ゼミの2年生vs3年生のディベートで扱った事案。当初は横から野次を飛ばしていたつもりだったが、いつの間にか司会になっていた。後で聞くと、司会のゼミ長は途中から話がわからなくなってしまったらしかった。確かに家事審判なんて普通興味ないよね。

 

事案の概要

XYは婚姻関係にあり、Xが妻、Yが夫である。本件訴訟提起時、XYは別居中であり、YのXに対する離婚請求訴訟が係属中であったが、婚姻費用分担についての調停・審判はされていなかった。そこで、Xは、Yに対し、婚姻費用の支払いに関する合意(本件支払合意)をしたと主張して、口頭弁論終結時までの過去分の未払婚姻費用と口頭弁論終結後から離婚又は別居解消に至るまでの将来分の婚姻費用の支払を求める訴えを提起した(本件訴訟)。

 

争点

本件支払合意が成立しているかが争われた。4(1)に述べるとおり、従来の判例からすると、支払合意がある場合には訴えは適法であるが、それがない場合には不適法であると考えられるところであった。

 

判旨

訴え却下。

 原告と被告との間において,婚姻費用分担額についての約定とされる本件支払合意が成立したと認めることはできず,被告の婚姻費用の分担額が具体的に確定しているとはいえない…。
 そのため,被告が分担すべき婚姻費用の額は,家事事件手続法の定めるところに従い,家庭裁判所が原告被告の資産,収入その他一切の事情を考慮して決定すべきであり(民法760条),本件訴えは,地方裁判所の判決手続で判定することができない事項を対象とするものであって,不適法であるといわざるを得ない…。

 

ノート

合意がない場合の婚姻費用分担請求訴訟の適法性

最判昭和42年2月17日民集21巻1号133頁は、過去の扶養料の求償がされた事案で、次のように述べていた。

民法八七八条・八七九条によれば、扶養義務者が複数である場合に各人の扶養義務の分担の割合は、協議が整わないかぎり、家庭裁判所が審判によつて定めるべきである。扶養義務者の一人のみが扶養権利者を扶養してきた場合に、過去の扶養料を他の扶養義務者に求償する場合においても同様であつて、各自の分担額は、協議が整わないかぎり、家庭裁判所が、各自の資力その他一切の事情を考慮して審判で決定すべきであつて、通常裁判所が判決手続で判定すべきではないと解するのが相当である。そして、原審の認定したところによると、未だ分担についての審判はないというのであるから、上告人の扶養義務は具体的に確定していないものというべく、被上告人の求償請求は理由がない。

また、最判昭和43年9月20日民集22巻9号1938頁は、離婚請求訴訟の控訴審において婚姻費用分担請求の反訴が提起された事案で、次のように述べていた。

およそ、民法七六〇条の規定による婚姻費用の分担額は、夫婦の協議により、もし協議が調わないときは、家事審判法の定めるところに従い家庭裁判所が夫婦の資産、収入その他一切の事情を考慮して決定すべきであり、通常裁判所が判決手続で判定すべきものではないと解するを相当とする。原審の確定した事実によれば、上告人と被上告人との間には、所論指摘の生活費支払の約定がなく、また婚姻費用分担に関する審判もされていないというのであるから、被上告人の本件生活費の支払義務は具体的に確定していないものというべきである。

最判昭和40年6月30日民集19巻4号91頁は、生活費請求事件の審判について憲法82条・32条違反を理由とする特別抗告がされた事案で、次のように述べていた。なお、抗告理由は、過去の婚姻費用は債務不履行によって通常の債権に転化しており、これを非訟事件として扱うことは憲法82条・32条に違反する旨を言うものであり、引用部分はこれに対応するものである。

家庭裁判所が婚姻費用の分担額を決定するに当り、過去に遡つて、その額を形成決定することが許されない理由はな〔い〕」。

これらの判例から、次の命題が導かれる。

  1. 支払合意がない場合には、家事審判を申し立てることなく、通常裁判所に婚姻費用分担請求訴訟を提起することはできない(不適法)。
  2. 支払合意がない場合には、支払いがされない場合でも、婚姻費用分担請求権は、債務不履行による損害賠償請求権に転化せず、やはり、家事審判を申し立てることなく、通常裁判所に損害賠償請求訴訟を提起することはできない(理由がない*1)。

本件は支払合意がなかった事案であるから、1. と同様の判断がされたものであると考えられる。

では、本件とは異なり、支払合意があった場合はどうか。最判昭和42年、最判昭和43年が、訴えによることができない理由としてそれぞれ「未だ分担についての審判はないというのであるから、上告人の扶養義務は具体的に確定していない」こと、「上告人と被上告人との間には、所論指摘の生活費支払の約定がなく、また婚姻費用分担に関する審判もされていないというのであるから、被上告人の本件生活費の支払義務は具体的に確定していない」ことを挙げている。そうすると、支払合意によっても婚姻費用分担請求権の内容を形成することができるから、給付訴訟を提起することもできるのではないかと考えられる。最判昭和42年が「家庭裁判所が…審判で決定すべき」とするのは、法定手続によろうとする場合には、訴訟ではなく家事審判によるべき旨を述べたに過ぎない。

なお、支払合意が執行証書でされた場合や、家事審判がされた場合は、それらが債務名義になる。したがって、扶養権利者が給付訴訟を提起しなければならないのは、実際上、「合意がされたものの、執行証書が作成されていない」という場合に限られる。そして、そのような場合には、本件と同様に、そもそも合意の存在自体が争われていることが多く、訴訟を提起しても却下される可能性を考えると、扶養権利者にとっては審判申立てを選択するほうが合理的であることが多いのだと思われる(このことが、この問題がそれほど議論されてこなかった一因であると思われる)。

 

支払合意がない場合の訴えの処理

一般に、訴訟要件が欠ける場合の原則的処理は、訴えの却下である。もっとも、訴えが却下されると、原告にとっては、手続費用が無駄になるなどの不利益があるから、管轄違反の場合には、特に移送が認められている。当事者が家事審判事項について誤って通常裁判所に訴えを提起してしまった場合、受訴裁判所である通常裁判所としては、これを家庭裁判所に移送するべきだったとも思われる。

最判昭和44年2月20日民集23巻2号399頁は、離婚請求訴訟において婚姻費用分担請求の反訴が提起された事案で、次のように述べていた。

家事審判事件が訴訟事件として裁判所に提起された場合には、特別の規定のない限り、民訴法三〇条一項の規定により、これを他の管轄裁判所に移送することが許されないことも当裁判所の判例とするところである…。

そして、当該訴訟事件が家事審判法九条一項乙類所定の婚姻費用の分担および扶養に関する審判事項を内容とする場合であつても、これと別異に解すべきものではない。

被引用判例は、当時の家事審判法9条1項甲類(現在の家事審判法別表第一に相当)所定の準禁治産宣告(現在の保佐審判に相当)取消事件に関わるものであった。したがって、より争訟性が高い乙類事件(現在の家事審判法別表第二に相当)については射程が及ばないとも考えうるところであったが、これを否定したものである。

ところが、現在では、「特別の規定」にあたると解釈しうる規定がある。家事事件手続法9条1項は、次のように規定する。

裁判所は、家事事件の全部又は一部がその管轄に属しないと認めるときは、申立てにより又は職権で、これを管轄裁判所に移送する。ただし、家庭裁判所は、事件を処理するために特に必要があると認めるときは、職権で、家事事件の全部又は一部を管轄権を有する家庭裁判所以外の家庭裁判所に移送し、又は自ら処理することができる。

同項本文の「裁判所」に通常裁判所が含まれるとすれば、同項を最判昭和44年の「特別の規定」として、移送することができる(かつ、「移送する」との表現からすれば、移送しなければならない)ことになる。この点については、家事事件手続法制定時の法制審議会では議論されておらず、立法者意思は不明だが(もっぱら家庭裁判所うしの移送を想定していたようである)*2、(2)の冒頭に述べたとおり手続費用が無駄になることや、本件では問題とならないが時効中断効が失われるということ、また、とりわけ家事審判においては、①家事事件手続法9条1項ただし書きでは「裁判所」ではなく「家庭裁判所」の語が用いられていること、同項本文に相当する旧家事審判規則4条は「家庭裁判所」を主語としていたことから、「裁判所」は意識的に「家庭裁判所」と区別されていると考えられること、②本件のように訴訟か非訟かが見極めがたい事件が存在し(本件における主な争点は合意の有無だが、判例法理を前提とする限りそれは訴訟か非訟かの区別に直結する)、しかもいわゆる争訟的事件の非訟化によってそのような事件は増えていると考えられることから、この解釈を支持するべきであるように思われる*3

なお、このように解釈した場合、支払合意の有無に関する判断が移送先の家庭裁判所を拘束するのでなければ、通常裁判所では合意なしとして訴えが却下され、家庭裁判所では合意ありとして申立が却下される可能性が、少なくとも理論上は存在する。拘束の根拠として、既判力や、移送決定の移送先裁判所に対する拘束力(家事事件手続法9条5項が準用する民事訴訟法22条1項)がありうるが、この点は未検討である。

*1:1の場合には、婚姻費用分担請求が抽象的権利としては存在しており、内容が形成されていないにすぎないのと異なり、2の場合は、損害賠償請求権そのものが存在していないため、訴え却下ではなく請求棄却となると考えられる。

*2:法制審議会 非訟事件手続法・家事審判法部会 第9回会議 議事録

*3:同条による通常裁判所から家庭裁判所への移送を認めるのは、三木浩一ほか『民事訴訟法 第2版(LEGAL QUEST)』(有斐閣、2015)80頁〔笠井正俊〕、梶村太市『新版実務講座家事事件法』(日本加除出版、2013)70 頁、佐上善和『家事事件手続法I 〔家事審判・家事調停〕』(信山社、2017)185頁。