諫早開門訴訟:福岡高判平成30.7.30(請求異議)、最判令和1.9.14(請求異議上告審)、福岡高判平成30.3.19(独立当事者参加)

諫早湾干拓事業の法廷闘争は、民事手続法学的に(も)興味深いことになっているので、記録していきたいと思います。

 

 

これまでの経緯

経緯については、法務省webサイトに記載があります(法務省:諫早湾干拓関係訴訟)。概ね次のような流れです。

2010年に、福岡高裁が、潮受け堤防の排水門の開門請求を認める判決をしました*1。これに対して、2013年に長崎地裁が、開門差止請求を命じる仮処分決定をしました*2。開門をするかしないかは、社会的事実としては両立不可能な関係にありますが、異なる人々がそれぞれの権利に基づいて、国を被告あるいは相手方として開門・非開門を求める訴えを提起し、あるいは仮処分を申し立てているため、矛盾する判断がされることは十分にありうるところです。なお、国は開門しないという方向で動いているのですが、福岡高裁判決当時の菅直人首相の判断で、同判決に上告しませんでした。

その後、開門派は福岡高裁判決に基づいて開門の間接強制*3、反対派は長崎地裁決定に基づいて不開門の間接強制*4それぞれ申し立てました。

間接強制(民事執行法172条1項)とは、強制執行の方法の一つで、債務者に金銭の支払いを命じることにより、債務者を心理的に圧迫し、義務の履行を強制するものです。不作為義務や非代替的作為義務については唯一の強制執行の方法です。そして、この趣旨からすると、債務者が任意に履行することができない義務については、間接強制をしても無意味であり、したがって間接強制は認められるべきではないようにも思われます。実際、相手方である国はそのように主張して最高裁まで争いましたが、最高裁は、次のように述べて、いずれの間接強制をも認めました(なお、次の文は、長崎地裁決定に基づく間接強制決定に対する許可抗告についての決定から引用したものですが、福岡高裁判決に基づく開門の間接強制決定に対する許可抗告についても同日にほぼ同文の決定がされています。)。

本件仮処分決定に基づき抗告人が負う債務の内容は,本件各排水門を開放してはならないということだけであるから,それ自体,性質上抗告人の意思のみで履行することができるものである。このことは,抗告人が別件確定判決により本件各排水門を開放すべき義務を負っていることにより左右されるものではない。民事訴訟においては,当事者の主張立証に基づき裁判所の判断がされ,その効力は当事者にしか及ばないのが原則であって,権利者である当事者を異にし別個に審理された確定判決と仮処分決定がある場合に,その判断が区々に分かれることは制度上あり得るのであるから,同一の者が仮処分決定に基づいて確定判決により命じられた行為をしてはならない旨の義務を負うこともまたあり得るところである。本件仮処分決定により本件各排水門を開放してはならない旨の義務を負った抗告人が,別件確定判決により本件各排水門を開放すべき義務を負っているとしても,間接強制の申立ての許否を判断する執行裁判所としては,これら各裁判における実体的な判断の当否を審理すべき立場にはなく,本件仮処分決定に基づき間接強制決定を求める申立てがされ,民事執行法上その要件が満たされている以上,同決定を発すべきものである。

国は「開門してもしなくても間接強制金の支払を強制されるという状況」(先に引用した法務省webサイトより)に陥ったわけです。

 

開門判決についての請求異議訴訟

第一審

国は、このねじれを解消するために、開門を命じた2010年の福岡高裁判決(だけではないですが省略します)について、請求異議の訴えを提起しました*5

請求異議の訴え(民事執行法35条1項)とは、特定の債務名義の執行力を排除するための訴えで、「(特定の債務名義)に基づく強制執行はこれを許さない。」という判決を求めるものです(訴えの性質は形成訴訟と解するのが多数説です)。口頭弁論終結後に確定判決が認容した請求権が消滅したのに(cf. 判決確定前の事情は既判力で遮断される。35条2項)、それに基づく強制執行がされている、あるいはされるおそれがある場合などに使われます。このように特別の訴えが法定されているのは、執行機関は原則として形式的・手続的な事項のみをチェックし、債務名義に表示された請求権が現に存在するかどうかについては立ち入らないこととされているためです(判決手続と執行手続の分離の原則。強制執行を迅速に行う趣旨です)。

第一審判決は、この請求を棄却しました。第一審で争点になったのは、(1)本件開門請求権の行使を認めるべき違法性があるか、(2)別件仮処分決定がされたことが異議事由に該当するか、(3)被告らが強制執行を行うことが権利濫用又は信義則違反に該当するか、です。

(2)別件仮処分決定がされたことが異議事由に該当するかについては、次のように争われました。

原告の主張

本件各排水門の開放義務を履行することは,同決定が取り消されない限り,別件仮処分決定(筆者注・長崎地裁の開門差止めを命じる仮処分決定)によって原告が負っている本件各排水門の開放禁止義務に違反することになる。法は不可能を強いることができない以上,同決定がされたこと自体が,異議事由に当たる。

被告の主張

請求異議の訴えは,実体上の法律関係と合致しない債務名義の執行力を排除するための制度であるところ,別件仮処分決定によっても,本件確定判決の当事者である原告と被告らとの間において,本件確定判決によって確定された実体上の法律関係は変更されない。また,別件仮処分決定は暫定的なものにすぎないこと,別件仮処分決定は権利障害事由にすぎないことからすると,別件仮処分決定は本件確定判決に対する異議事由に当たらない。

裁判所の判断

原告は,別件仮処分決定によって,本件各排水門を開放してはならないという本件確定判決と相反する義務を負っており,別件仮処分決定がされたこと自体が独立した異議事由に当たると主張するところ,前記前提となる事実(3)によれば,別件仮処分決定によって,原告が本件各排水門を開放してはならない旨の義務を負ったことが認められる。しかしながら,別件仮処分決定は,暫定的なものであるし,原告と被告ら以外の者との間に効力を生じるにすぎないから,本件確定判決により確定された本件確定判決の当事者である原告と被告らとの間の権利関係は,別件仮処分決定によっては何ら変更されず,原告の被告らに対する債務の履行を妨げるものとは解されない。そうすると,被告らの原告に対する強制執行は,これを許すことが権利の濫用又は信義則違反となるといった特段の事情がある場合を除き,原則として許されるべきである。したがって,原告の主張は採用できない。

(3)被告らが強制執行を行うことが権利濫用又は信義則違反に該当するかについては、次のように争われました。

原告の主張

前記(1)及び(2)記載のとおり,原告は別件仮処分決定によって本件対策工事の実施を見合わせざるを得ない状況にあるところ,被告らが,かかる状況や,本件対策工事を実施せずに本件各排水門を開放すると,農業や漁業だけでなく,地域住民の生命,身体,財産に重大な被害が生じるおそれがあることを知っており,あるいは,これを容易に知りえたにもかかわらず,本件確定判決に基づき強制執行を行うことは,公益ないし公共上の利益を著しく害する行為であって,権利の濫用に当たり,又は信義則に違反する。

被告の主張

原告が主張する本件対策工事の実施が不可能な状況は,原告によって作出されたものであること,本件各排水門の開放に反対する第三者の行為によって権利の実現を阻害されている被告らが,その権利の実現のために本件確定判決に基づく強制執行を行うことは当然に認められるべきであって,権利の濫用又は信義則違反には該当しない。

裁判所の判断

(2)確定判決に基づく権利行使であっても,その権利行使が権利の濫用又は信義則違反となる場合には,請求異議の事由となると解される(最高裁昭和35年(オ)第18号同37年5月24日第一小法廷判決・民集16巻5号1157頁参照)。そして,権利の濫用又は信義則違反となるか否かは,当事者間の権利関係の性質及び内容,債務名義成立の経緯,執行に至った経緯等の事情を考慮して判断すべきである。 
(3)そこで検討すると,〔1〕被告らの漁業行使権は生活の基盤にかかわる重要な権利であること,〔2〕原告の主張によれば,本件対策工事が実施されていないのは,本件関係自治体及び本件地元関係者が反対し,別件仮処分決定が出されたためであって,被告らに帰責事由はないこと,〔3〕被告らのうち別紙被告目録1番号1から41まで及び別紙被告目録2番号1から8までの被告らは,本件確定判決が定めた3年の期限が経過したが,原告が本件各排水門を開放しなかったため,強制執行を申し立てたものであるところ,具体的な執行処分の方法は間接強制の申立てにとどまっていることが認められる。これらの事情を総合すると,前記被告ら(前記2の別紙被告目録1番号1から4までの被告らを除く。)の本件確定判決に基づく権利行使が権利の濫用又は信義則違反となるとは認められない。

 

控訴審

しかし、控訴審である福岡高裁は、原判決を破棄し、請求を認容しました(諫早開門命令「無効」 国を追認制裁金停止 福岡高裁、確定判決を否定|行政・社会|佐賀新聞ニュース|佐賀新聞LiVE)。

ざっくり言うと、異議の対象である福岡高裁判決は、漁業権(物権とみなされます。漁業法23条1項)に基づく妨害排除請求権としての開門請求権に基づき、開門を命じたわけですが、その基本権となる漁業権がもはや失われたため、異議が認められる、というものです。この理由は、第一審では争点になっておらず、控訴審で追加主張されたものです。

判決を見る前に、漁業法を見ておきたいと思います。

漁業法は都道府県知事が設定するものであり(漁業法10条)、その存続期間は本件で問題となっている共同漁業権については原則として10年であるとされています。

漁業法21条 漁業権の存続期間は、免許の日から起算して、…共同漁業権にあつては十年…とする。

「漁業権」、「共同漁業権」の内容については、漁業法6条に規定があります。

漁業法6条1項 この法律において「漁業権」とは、定置漁業権、区画漁業権及び共同漁業権をいう。

2項から4項まで 省略

5項 「共同漁業」とは、次に掲げる漁業であつて一定の水面を共同に利用して営むものをいう。
一号 第一種共同漁業 藻類、貝類又は農林水産大臣の指定する定着性の水産動物を目的とする漁業
二号 第二種共同漁業 網漁具(えりやな類を含む。)を移動しないように敷設して営む漁業であつて定置漁業及び第五号に掲げるもの以外のもの
三号 第三種共同漁業 地びき網漁業、地こぎ網漁業、船びき網漁業(動力漁船を使用するものを除く。)、飼付漁業又はつきいそ漁業(第一号に掲げるものを除く。)であつて、第五号に掲げるもの以外のもの
四号 第四種共同漁業 寄魚漁業又は鳥付こぎ釣漁業であつて、次号に掲げるもの以外のもの
五号 第五種共同漁業 内水面(農林水産大臣の指定する湖沼を除く。)又は農林水産大臣の指定する湖沼に準ずる海面において営む漁業であつて第一号に掲げるもの以外のもの

判決は、次のとおりです。

2 争点に対する判断

(1)明治漁業法においては,前記のとおり,先願主義と更新制度の下において,おびただしい空権の発生のほか漁場の利用関係が固定化するなどの弊害が生じていたものであり,これを受けて,昭和24年漁業法は定置漁業権及び共同漁業権についての延長制度を廃止し,昭和37年漁業法改正は,残存していた区画漁業権についての延長制度も廃止するに至ったものである。

(2)上記のような経緯を経て,現行漁業法は,漁業権の設定について,十分な調査研究と技術的検討を加えた上で,漁業者らの要求を基礎とし,漁場の合理的利用を図るため,あらかじめ漁場の利用計画(漁場計画)を樹立し,それに従って漁業権の免許を申請させ,申請者の適格性を審査し,優先順位に従った上で,最も高度に漁場を使用する者に免許するという漁場計画制度を採用している(同法10条,11条)。そして,現行漁業法は,漁業権の存続期間を法定し,共同漁業権については10年を存続期間として定めており,その延長を認めていない(同法21条)ところ,これは,漁業権の内容の固定化を防ぎ,海況の変化,技術の進歩に応じて最も合理的な漁業権の内容とし,かつ,漁業権の主体を特定の者に固定させることなく,常に最も高度に漁場を使用する者に免許するようにするために,都道府県知事において,一定の期間ごとに漁業権の内容及びその行使主体を再検討する機会を設けたものと解される。現行漁業法は,これらにより,水面を総合的に利用し,もって漁業生産力を発展させることを図ったものと解される。

 さらに,現行漁業法は,一旦付与された共同漁業権についても,公益上必要があると認めるときは,都道府県知事が,当該共同漁業権の行使の停止のみならず,その変更や取消しをすることも認めている(同法39条)。

(3)そして,海は,古来より自然の状態のままで一般公衆の共同使用に供されていたところのいわゆる公共用物であるところ,漁業法は,都道府県知事が,法定の資格を有する者に限り,物権とみなされる漁業権を付与することとしている。そうすると,漁業権は,物権とみなされる財産権であるが,行政庁の免許という行政行為によって設定される権利といえ(同法10条),免許されない限り,権利自体が発生することはない。また,他の多くの財産権と異なり,その存続期間が法定され,期間の経過により免許の効力が失われれば,権利自体も消滅する性質のものと解される。漁業権に存続期間の定めがあることにつき,それが水面の総合利用と漁業生産力を発展させる見地から,昭和24年漁業法の11条以下の規定により,漁場計画を樹立して適格性,優先順位により最も高度に漁場を利用する者に漁業の免許をするという方式がとられ,漁業権の内容の固定化を防ぎ,海況の変化,技術の進歩に応じて合理的な漁業権を設定するために,一定の期間ごとに漁場計画を立て直し,漁業権の内容及び行使主体を再検討するためであることは,前記のとおりであって,漁業権が存続期間の経過により消滅することは,現行漁業法における漁業権の本質的な内容というべきである。

(4)以上のような,漁業法の改正経緯(特に漁業権免許の延長制度が廃止された経緯),現行漁業法の規定の内容,趣旨,漁業権の性質,内容等の事情を総合考慮すれば,漁業協同組合等に対して免許された共同漁業権は,法定の存続期間の経過により消滅すると解すべきであり(最高裁昭和60年(オ)第781号平成元年7月13日第一小法廷判決・民集43巻7号866頁参照),当該共同漁業権の消滅後に当該漁業協同組合等に対して新たに免許された共同漁業権は,飽くまでもその免許によって設定された新たな権利であり,当該共同漁業権とは別個の権利であって法的な同一性を有するものではないと解するのが相当である。

漁業法の沿革と仕組み解釈によって、漁業権は存続期間の経過によって消滅するとしたようです。初見なので「そ、そうなんだ…」という以上の言葉が出てきませんね…

漁業法については、首相地方創生推進室国家戦略特区ワーキンググループの「平成26年度 関係省庁等からのヒアリング」の59番「漁業権の民間開放」の配布資料がわかりやすいです(ちなみに国家戦略特区といえば今治ですが、この年度は特に獣医師関係のヒアリングが多く行われていて、趣深いですね)。なお、漁業法は大きな改正がされようとしているのですが、それについては、毎日新聞の「読みトク!経済:サラリーマン1年生・なるほドリーマン君 漁業法、なぜ大幅に改正?=回答・加藤明子」がわかりやすいです。

なお、引用部分の前提として漁業法の歴史を述べているのですが、「江戸時代に入り,農民の自家食料や肥料を目的として農業の副業的形態であった漁業が,農業から分化,発達して沿岸各地に漁業を専業とする漁村部落ができた。そして,…」と語りだすなど、味わい深いものとなっているので、一読をおすすめします)。

さて、判旨はこれに続けて、「3 被控訴人らの主張に対する判断」として、被控訴人(漁業者)の主張に逐一反論していきます。訴訟法上の主張として、時機に後れた攻撃防御方法の却下、信義則違反または権利濫用としての却下が主張されていますが(漁業権の消滅が第一審では主張されていなかったことは先に書いたとおりです)、却下されています。以下では、実体法上の主張とそれについての判断を引用しておきます。

 

免許期間が経過しても消滅まではしないという主張について

 被控訴人らは,戦後制定された現行漁業法において漁業権の分配を免許制として存続期間を法定したのは,飽くまで「漁場の高度利用」という政策的配慮によるものであって,免許制や免許期間の定めが漁業権の本質に由来する不可欠の前提というわけではなく,漁場の高度利用のためには,現実に漁業を営んでいない漁業者らから漁業権ないし漁業行使権を収用できる仕組みさえあればよいとし,現行漁業法の出発点となった戦後の漁業制度改革の趣旨が,自ら働く漁業者らに漁業権を与えることにあることに鑑みれば,現実に自ら漁業を営む漁業者らの漁業行使権につき,法定の免許期間を経過したものを「消滅する」とまで解するのは,法の目的を超える権利の剥奪であって,現行漁業法の解釈として行過ぎたものである旨主張する。
 しかし,被控訴人らの上記主張は,まさに漁業制度改革が否定した漁業権の固定化にほかならない。すなわち,前記1(2)のとおり,明治漁業法の下では,漁業権は,20年という長い存続期間と更新制度によって,江戸時代からの旧慣そのままに半永久的な権利とされ,漁場の利用関係を固定化させ,漁業生産力の停滞をもたらし,封建的な生産関係を温存する一因となったとの反省に鑑み,漁業権に存続期間を定め,かつ,更新を否定して,水面の総合利用と漁業生産力を発展させる見地から,漁場計画を樹立して適格性,優先順位により最も高度に漁場を利用する者に漁業の免許をするという方式が採られるに至ったのであるから,現行漁業法における免許制や免許期間の定めは,まさに漁業制度改革における漁業権の本質に由来するものといえる。
したがって,被控訴人らの上記主張は独自の見解に基づくものというほかなく,現行漁業法の解釈として採る余地はない。

 

29条3項に基づく合憲限定解釈の主張について

 被控訴人らは,本件で控訴人が主張する漁業権消滅論は,憲法29条3項に反する違憲な法解釈というほかないし,仮に,漁業行使権が免許期間の経過により消滅することが現行漁業法の解釈として正当だとすると,現行漁業法は正当な補償を行わずに漁業行使権を剥奪することを許容していることになるが,このような法令は,憲法29条3項に反する違憲な法令ということになり,現行漁業法を憲法に適合するよう解釈するならば,漁業権ないし漁業行使権は,その免許期間の経過によって消滅しないものと解すべきである旨主張する。
 しかし,現行漁業法は,共同漁業権については,免許の適格性を漁業者によって構成される漁業協同組合等に限定するなどの参入制限に係る規定を置き(同法14条8項),しかも,10年間という比較的長期間の存続期間を定め(同法21条1項),物権とみなして直接的排他的権利を付与する(同法23条1項)などの保護を与えているのであり,上記10年間の存続期間を超えて一旦付与された共同漁業権が存続することまで憲法29条が保障するものと解することはできず,被控訴人らが主張する合憲限定解釈を採ることはできない。そもそも,免許制度による漁業権の存続期間は,漁業権の内容を構成するものであって,その存続期間の経過により消滅することは,漁業権に内在するものであって,権利者に特別の犠牲を課すことになるとはいえず,憲法29条3項の補償の対象となるものではない。被控訴人らの前記主張も独自の見解にすぎず,これを採用することはできない。

 

なお、合議体は福岡高裁第4民事部で、後に言及する、開門差止請求訴訟に開門派の独立当事者参加を許さなかった福岡高裁判決と同じ構成です(裁判長西井和徒裁判官、上村考由裁判官、佐伯良子裁判官)。

 

上告審

今回、最高裁は、原判決を破棄し、事件を福岡高裁に差し戻しました(諫早干拓訴訟で差し戻し 最高裁判決、「ねじれ」続く :日本経済新聞。ところで請求異議が認められることを「判決の無効」とか権利の濫用を「乱用」とか、ジャーナリストなら少しは言葉を正確に使おうとか思わないんですかね)。

最高裁としては、控訴審判決を維持すれば司法の役割の放棄であるとして批判され(<諫早開門無効判断>日弁連会長「司法の役割放棄」|行政・社会|佐賀新聞ニュース|佐賀新聞LiVE)、再びひっくり返せば矛盾する判断が存続することになり、司法への信頼が揺らぎかねない事態に陥るという困難な状況にあったわけですが、明らかに異議を認める方向を示しながらも、後者を選択したということになります。

判決は、次のとおりです。なお、「本件各漁業権1」とは、本件各確定判決が認定した前訴の口頭弁論終結時における本件各組合の各共同漁業権をいい、平成15年9月1日に免許がされたものであり、その存続期間は同日から平成25年8月31日までです。また、「本件各漁業権2」とは、本件各組合が平成25年9月1日に免許を受けた各共同漁業権をいい、漁業種類、漁場の位置及び区域、漁業時期等が本件各漁業権1と同一内容であって、存続期間を平成35年8月31日までとするものです。

本件各確定判決が認容した前訴の訴訟物である請求権は,本件各組合の有する各共同漁業権から派生する上告人らの各漁業行使権に基づく妨害排除請求権又は妨害予防請求権としての開門請求権であるが,本件各確定判決は,本件各組合が有する各共同漁業権を特定するための事実として本件各漁業権1の発生原因事実を明示的に記載しているものの,その存続期間経過後の共同漁業権等については何ら触れるところがない。したがって,本件各確定判決の上記の明示的記載だけをみれば,本件各確定判決に係る請求権は,本件各漁業権1から派生する各漁業行使権に基づく開門請求権のみではないかとも解し得るところである。

しかしながら,本件各確定判決は,平成20年6月及び平成22年12月にされたものであり,かつ,その既判力に係る判断が包含されることとなる主文は要旨「判決確定の日から3年を経過する日までに開門し,以後5年間にわたって開門を継続せよ」というものであるから,本件各漁業権1の存続期間の末日である平成25年8月31日を経過した後に本件各確定判決に基づく開門が継続されることをも命じていたことが明らかである。さらに,前訴において,上告人らは,もともと本件潮受堤防の撤去や本件各排水門の即時開門を求めていたのであるから,将来発生するであろう共同漁業権等について明示的な主張がなくても不自然ではない。そうすると,本件各確定判決を合理的に解釈すれば,本件各確定判決は,本件各漁業権1が存続期間の経過により消滅しても,本件各組合に同一内容の各共同漁業権の免許が再度付与される蓋然性があることなどを前提として,同年9月1日頃に免許がされるであろう本件各漁業権1と同一内容の各共同漁業権(本件各漁業権2がこれに当たる。)から派生する各漁業行使権に基づく開門請求権をも認容したものであると理解するのが相当である。

以上によれば,本件各確定判決に係る請求権は,本件各漁業権1から派生する各漁業行使権に基づく開門請求権のみならず,本件各漁業権2から派生する各漁業行使権に基づく開門請求権をも包含するものと解されるから,前者の開門請求権が消滅したことは,それのみでは本件各確定判決についての異議の事由とはならない。

 その上で、差戻しの趣旨について、次のように述べています(なお、差戻審では別の合議体に係属します。民訴法325条4項)。

本件各確定判決が,飽くまでも将来予測に基づくものであり,開門の時期に判決確定の日から3年という猶予期間を設けた上,開門期間を5年間に限って請求を認容するという特殊な主文を採った暫定的な性格を有する債務名義であること,前訴の口頭弁論終結日から既に長期間が経過していることなどを踏まえ,前訴の口頭弁論終結後の事情の変動により,本件各確定判決に基づく強制執行が権利の濫用となるかなど,本件各確定判決についての他の異議の事由の有無について更に審理を尽くさせるため,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

なお、この部分については、菅野裁判官が補足意見で更に詳細に述べています(親切すぎて出題趣旨かよと思ったのですが、国の主張をほぼ引き写したようです)。

債務名義の特殊性・権利の性質や内容について。特に損害賠償を超えて作為・不作為請求を認めることについて

一般的にいうと,本件のような事案において妨害排除又は妨害予防請求権に基づく特定の作為又は不作為の請求(以下「作為等請求」という。)が認められるには,被侵害利益の性質と内容を踏まえつつ,対立する諸利益等との総合的な利益衡量を経た上,妨害が違法であると評価される状態が将来にわたって継続することが具体的に予測され,かつ,対立する諸利益を考慮しても,被侵害利益に対する救済を損害賠償にとどめるのでは足りず,作為等請求まで認める必要があると判断されることが必要となるであろう。このような判断の構造に照らすならば,本件各確定判決は,先に挙げた逸失利益の算定のような場合に比べても,次のような点で将来の予測に係る不確実性に対する考慮が一層必要なものであったといえる。

第1に,本件各確定判決が漁業行使権に基づく開門請求を認める判断の前提とした諸事情(漁獲量の減少の程度,本件潮受堤防の災害防止機能の必要性等)は,自然環境や社会環境にも関わる本来的に可変的,流動的な性格を有するものである。こうした事情は,時の経過により変動する可能性があるが,本件各確定判決は,上記事情について前訴口頭弁論終結時における予測に基づいて,将来時点における妨害排除・予防請求を認容するものとなっているため,その判断は相当の不確実性をはらんでいるといえる。

第2に,上記妨害排除・予防請求の可否に係る判断は,被侵害利益と対立する諸利益との総合的な利益衡量の下にされたものである。このような諸利益には経済的な利益から生命・身体の安全に関わる利益に至るまで様々な性格のものがあるが,上記第1として述べたとおり,これらの諸利益の前提となる自然環境や社会環境は変動していく性質を有するものであるから,これらの諸利益の有り様も必然的に変動するため,総合的な利益衡量の結果が口頭弁論終結時のものと異なるものとなることもあり得るところである。

本件確定判決の主文と判断内容について

本件における債務名義の性質・性格について,まずは以上のようなことを指摘し得るのであるが,本件各確定判決の主文と判断内容に即しつつ更に進んでその特殊な性格を検討すると,次のようなことがいえよう。
本件各確定判決の主文は,前記のとおり,要旨「判決確定の日から3年を経過する日までに開門し,以後5年間にわたって開門を継続せよ」という特殊なものである。

まず,開門の時期を判決確定の日から最大で「3年」猶予したことに関し,本件各確定判決は,その理由中において,本件潮受堤防が果たしている洪水時の防災機能及び排水不良の改善機能等を代替するための工事(以下「対策工事」という。)に3年程度要することを考慮したとしている。これは,本件潮受堤防に防災機能があることを踏まえ,判決確定後直ちに開門を命ずることとすれば周辺住民の生命・身体に関する利益が損なわれるおそれがあることから,上記の期間中に対策工事が行われるであろうことを考慮に入れて総合的な利益衡量をしたものと解される。もとより,本件各確定判決は,対策工事が行われることを条件として開門を命ずるものではないから,対策工事がされていなくても被上告人に開門義務が生ずることとなるが,本件各確定判決が本件潮受堤防の果たしている防災機能に鑑み上記の主文としたことは,本件各確定判決のいわば留保付きの性格を示すものとして,権利濫用の成否の判断に当たり考慮されるべきこととなろう。

また,開門期間を「5年間」に限ったことに関しても,本件各確定判決自体,その理由中において,前記土地干拓事業が諫早湾ないし有明海の環境に及ぼす影響が全て解明されたとはいえず将来的に請求権の成否及び内容を基礎付ける事実関係が変動する可能性があることを認め,そのことや,開門による干潟生態系の変化とそれを受けての調査に要する期間等を考慮して,開門期間を5年間に限って請求を認容し,その余は理由がない旨判示している。これは,前訴においては,上記の点に関する将来予測が前記不確実性のために相当困難であり,その口頭弁論終結時において,期間を限定しない開門を命じ得るだけの事情があるとはいえないという判断を背景とするものと解される。このように,開門請求権の成否等に関する本件各確定判決の判断内容にはもともと仮定的な部分があり,期間を限った暫定的な性格が極めて強く,そのため前記のとおり特殊な主文としたものと考えられる。

結論。一審はその後の矛盾する司法判断は異議事由にならないとしており、それ自体に異論はないと思われるのですが、少なくとも補足意見は、権利濫用という異議事由の考慮要素にはなると考えているようです。

一般的にいえば,前訴の口頭弁論終結後の事情の変動等により確定判決に基づく強制執行が権利の濫用となるということは,例外的な問題であって,安易に認められるべきものではないことは,論をまたないところであるが,本件においては,以上のような本件各確定判決の特殊性ないし暫定性を十分に踏まえた上で検討されるべきである。前記4でみたところによれば,本件各確定判決は,上記のような暫定的・仮定的な利益衡量を前提とした上で期間を限った判断をしていると解されるのであり,差戻審においては,前訴の口頭弁論終結後の事情の変動を踏まえて,このような判断に基づく債務名義により現時点において強制執行を行うことの適否についての検討を要しよう。

そして,前記将来予測の対象とされた期間が実際に到来し,更に前訴の口頭弁論終結時から長期間が経過した現在においては,このような期間の経過それ自体の評価とともに,上記判断の前提とされた事情に変動が生じているか否かが検討されなければならず,本件各確定判決の後も積み重ねられている司法判断の内容等も考慮して検討する余地もあろう。
以上のような諸事情を総合的に衡量し,本件各確定判決が暫定的な特殊な性格を有することを十分に踏まえた上で,本件各確定判決に基づく強制執行が事情の変動により権利の濫用となるに至っているか否かにつき,判断されるべきであると考える。

このほかに、草野耕一裁判官が補足意見を述べています。かなり草野裁判官らしい内容で、法解釈としての当否はともかく、このような意見が付されたこと自体は、最高裁の判断(の背後でなされる議論)の多様性の確保とその公開という意味で、最高裁について、5人という大人数で合議体を構成し、しかも少数意見を公開することとした趣旨に照らして望ましいことなのではないかと思います。詳細な引用はしませんが、次のとおりです。

物権的請求権一般について、「問題とされている物権的請求権が経済的利益を化体したものであり…,しかも,権利侵害を除去するために債務者がとらなければならない措置に要する費用がこれをとることによって発生を回避できる債権者の損害額を上回る場合において,債務者が債権者の被った損害…を全額弁済しているか,あるいは,これと同視し得る事態が生じている…とすれば,それにもかかわらず妨害排除を強制することは,あえてそれを認めるべき別段の事由がない限り,権利濫用の法理によってこれを抑止する」べきである。

漁業権については、「①被上告人が本件各確定判決を履行するために支出しなければならない金額が,被上告人がこれを履行したことによって発生を回避し得る上告人らの損害の合計額を上回り,しかも,②被上告人の本件各漁業権に対する侵害行為によって上告人らが被った損害を全額弁済しているか,あるいは,それと同視し得る事態が発生しているとすれば,それでも本件各確定判決の履行を強制すべき別段の事由がない限り,これを強制することはもはや権利の濫用に当たる」。

①について、金額が認定されていないので差し戻すべき。

②のうち「損害全額の弁済又はこれと同視し得る事態」について、間接強制金は損害賠償に充当されるべきものであることから、特に本件では、「被上告人は,本件各確定判決の勝訴当事者である上告人らに対して,上告人らが支払を受けた本件間接強制金の金額の限度において本件各漁業権の侵害に対する損害賠償金を弁済した場合と同視し得る事態が発生していると評価できる」。

②のうち「本件各漁業権に対する被上告人の侵害行為によって上告人らが被った損害額はいくらであるか」について、金額が認定されていないので差し戻すべき。

 

開門差止請訴訟における独立当事者参加

ところで、これらとは別に、新たに開門反対派による開門差止請求訴訟が提起されており、今年3月に請求を認容する控訴審判決がされ、現在最高裁に係属しています*6。第一審は、先の法務省webサイトの引用において言及されている長崎地裁判決と同一です。

第一審判決に対しては、被告である国も不開門の方向なので、控訴しないこととしていました。ではなぜ係属中なのかということになりますが、国側に補助参加していた開門派が、国が和解したのに対し、独立当事者参加を申し立て、控訴を提起したという事情があります(漁業者の独立当事者参加を認めず 諫早開門差し止め訴訟:朝日新聞デジタル)。

控訴審は、独立当事者参加を認めず、参加人の定立した開門請求については長崎地裁に移送しました(独立当事者参加は新訴の提起の性質を有するので、独立当事者参加自体が不適法でも、参加請求を却下することはしない)。

さて、独立当事者参加は、一定の利害関係を有する第三者が、原告側でも被告側でもない、しかし当事者の地位で訴訟に介入する制度です。

民事訴訟法47条1項 訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者又は訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者は、その訴訟の当事者の双方又は一方を相手方として、当事者としてその訴訟に参加することができる。

「訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者」の地位で参加する場合を詐害防止参加、「訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者」の地位で参加する場合を権利主張参加といいます。

詐害防止参加については詐害意思説、判決効説、利害関係説の議論があり(多数説は詐害意思説。もっとも意思といっても客観的な訴訟追行の態様から推認される)、権利主張参加については訴訟物たる権利と第三者が自ら主張する権利とが両立しえない関係に認められることについては争いはないものの、「両立しえない」というのがどのレベルでの非両立性をいうのか(請求レベルの非両立 or 請求原因レベルを含めた非両立)について議論があります。これらについて、控訴審は比較的詳細な説示を行っているので、引用しておきます。

 

詐害防止参加(下線筆者)

(1) 民事訴訟法上,本来,訴訟の当事者には,処分権主義,不利益変更禁止の原則,弁論主義の原則といった当事者の訴訟追行の自由を尊重する原則が認められている。これらの原則は,民法の基本原則である私的自治の原則にその根拠を置くものと解される。

 しかし,独立当事者参加が認められた場合,必要的共同訴訟に関する民事訴訟法40条1項から3項までの規律が準用されることとなり(民事訴訟法47条4項),当事者参加人には,強力な牽制権が認められ,その反面,既存当事者の訴訟追行の自由は強い制約を受けることとなる。本件でも,参加人らの被控訴人(1審被告)に対する請求(開門請求)の部分については,当審において実質的に第1審として審理判断することとなるから,被控訴人(1審被告)は,審級の利益を失うこととなる。そして,本件訴訟は更に長期化するおそれがあるところ,被控訴人(1審原告)らは,期日への出頭等を余儀なくされ,参加人兼控訴人らが主張する控訴理由に対する反論等を強いられることとなる。

 上記のような独立当事者参加の位置付け等からすれば,独立当事者参加が認められる範囲は制限的に解釈すべきであり,民事訴訟法47条1項前段の「訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者」は,既存当事者の判決の効力が及ぶ第三者に限られるものではないものの,補助参加における要件である「訴訟の結果について利害関係を有する者」(民事訴訟法42条)よりは狭いものというべきであり,当該具体的な訴訟において,その既存当事者の訴訟追行の自由を制限することを正当化し得る法律上の利益を有する第三者であることを要するものと解される。

 すなわち,条文の体裁や現行の民事訴訟法上独立当事者参加が他の参加制度とは別個に設けられている趣旨に照らすと,上記「権利が害されること」とは,訴訟当事者がその訴訟を通じ,参加しようとする者を害する意思を持って詐害行為を行おうとする場合と解するのが相当であるが,詐害行為と思われるような訴訟行為が行われたからといって誰でも当該訴訟手続に参加できるわけではなく,上記のとおり当該具体的な訴訟において,その既存当事者の訴訟追行の自由を制限することを正当化し得るだけの法律上の利益を有する第三者であることを要するというべきである。

(2)そこで,本件について検討すると,本件訴訟の訴訟物は,被控訴人(1審原告)らの所有権,人格権等に基づく妨害予防請求権としての本件各排水門の開放差止請求権である。これに対し,参加人らの請求の訴訟物は,漁業行使権に基づく妨害排除請求権としての本件各排水門の常時開放請求権である。両請求権は,当事者及び権利の根拠及びその内容を異にしており,別個の請求権として観念され,論理的に両立し得るものである。また,参加人らの主張する妨害排除請求権が本件訴訟の訴訟物である妨害予防請求権を前提とするものでもなく,上記妨害予防請求権の帰すうによって実体法上影響を受けるという関係にもない。

 そして,本件訴訟の原判決が確定することにより,被控訴人(1審被告)は,被控訴人(1審原告)らとの関係で本件各排水門を開放してはならない義務を負うこととなる結果,本件各排水門の開放を求める権利の実現が事実上困難になるにすぎない。また,参加人らの本件各排水門の常時開放請求権の審理判断に当たって,本件訴訟の原判決が確定した事実が事実上影響を及ぼすとしても,本件各排水門の常時開放の可否及びその差止めの可否についての司法判断が既に複数存在すること(職務上顕著)をも考慮すれば,それは飽くまでも可能性にとどまるし,その可能性も低いものというべきである。

(3)以上によれば,参加人らが,本件訴訟において,被控訴人(1審原告)ら及び被控訴人(1審被告)の訴訟追行の自由を制限することを正当化し得るだけの法律上の利益を有する第三者に当たるとはいえない。

 したがって,その余の点について判断するまでもなく,参加人らについては,民事訴訟法47条1項前段の「訴訟の結果によって権利が害されることを主張する第三者」に当たるとはいえない。

 

 

権利主張参加(下線筆者)

(1)民事訴訟法47条1項後段の「訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者」については,実体法上それぞれ別個の権利であれば,独立当事者参加訴訟において相互に牽制し合う必要はないから,既に係属している訴訟の目的となっている権利関係と当事者参加人の請求の目的となっている権利関係とを合一に確定することが求められる場合,すなわち,当事者参加人の請求の目的となっている権利関係と既存当事者の請求の目的となっている権利関係が法律上両立しない場合に限られるものと解される。

(2)本件では,前記1(2)のとおり,被控訴人(1審原告)らの被控訴人(1審被告)に対する本件各排水門の開放差止請求権と,参加人らの被控訴人(1審被告)に対する本件各排水門の開放請求権とは,いずれも法律上両立し得る権利であり,いずれか一方の存在を肯定する判決がされた後に他方の存在を肯定する判決がされることは,法律上も可能である。

 このように,被控訴人(1審原告)らの本件各排水門の開放の差止めを求める権利と参加人らの本件各排水門の開放を求める権利との間の調整は,具体的に権利を実現する執行の段階において問題となるものであり,その権利の発生段階において障害となるものではない。

 したがって,その余の点について判断するまでもなく,参加人らについては,民事訴訟法47条1項後段の「訴訟の目的の全部若しくは一部が自己の権利であることを主張する第三者」に当たるものとはいえない。

 

請求異議についてはちょっとよくわからないというのが正直なところだったのですが、独立当事者参加についてはちょっとだけ思うところがあるので、以下にコメントしておきます。詐害防止参加については、あまり異論がないところではないかと思うので、主に権利主張参加についてです。

 

詐害防止参加について

詐害意思説は、利害関係説に対して、利害関係(法律上の利益)のみで判断することは、同様に法律上の利益が要求される補助参加との区別を失わせるものであるという批判を加えているのであり、法律上の利益を要求すること自体を批判しているわけではありません。つまり、詐害意思は、法律上の利益に加重して要求される要件であるわけです(ただし、独立の要件であるのか、相関的に判断されるのかは論者によって異なります)。

例えば、伊藤・民事訴訟法5版675頁は、次のように述べています。

訴訟の結果と第三者の権利との関係については,補助参加の場合と同様に,訴訟における訴訟物またはその前提となる法律上もしくは事実上の争点が,第三者の法律上の地位について論理的前提となり,判決主文または理由中の判断によって第三者の法律上の地位が事実上影響を受ける場合と解される。これに加えて,参加人が新たな当事者の地位をもって従来の当事者聞の訴訟を牽制することを正当化する根拠として,当事者の詐害意思が要求される。

これに対して、松本=上野・民事訴訟法8版は、次のように述べています。

いかに本訴当事者の訴訟が詐害的であろうとも,その訴訟の結果によって何の影響も受けない者が参加できないのは言うまでもない。むしろ,ある訴訟追行が詐害的と見られること自体が,その訴訟の結果に第三者が利害関係をもつことを示している。他方,本訴判決の効力を受ける第三者であっても,その訴訟追行が詐害的なものでないかぎり,参加することはできない。なぜなら,一定の第三者に判決効が及ぶとされている者は,もともと当事者間の訴訟追行の結果を受け入れるべきであるとされた者だからである。このように見てくると,詐害防止参加については,基本的に詐害意思説または詐害的訴訟追行説が正当であり,利害関係の強弱は詐害性の有無の判断に際して考慮してされるべき1つのファクターであると見るのが正当である。

 

 

権利主張参加について―分析

権利主張参加については、判決は、非両立性を請求原因も含めて緩やかに認めようとする通説に反して、権利自体の非両立性を求めているようです。

権利自体の非両立性を要求するものとして、伊藤・前掲676頁、三木浩一「独立当事者参加における統一審判と合一確定」『民事訴訟における手続運営の理論』218頁以下があります。

 

そもそも判決手続に持ち込むべき問題ではないのでは?

そもそも、本件で漁業者が独立当事者参加を求めているのは、開門差止めを主張する農業者らを敗訴に追い込まなければ、開門を認める2010年の福岡高裁判決が無意味になるからでしょう。しかし、農地の所有権等に基づく開門差止請求権と、漁業行使権等に基づく開門請求権は、法律的には全く別個の権利ですから、両立しえます。では、両請求が両立することがなぜいけないのか。それはひとえに、両請求がたまたま事実として両立しえない事態を目指すものだからです。そうすると、権利を観念的に判定する手続としての判決手続と、その権利を事実として実現する手続である強制執行手続を分離することを前提とすると、この問題は、強制執行手続に委ねられるべきものでしょう。

もちろん、現実には最高裁は開門差止請求・開門請求の両方について間接強制決定をしているので、結局のところ何も調整していません。また、請求異議訴訟で調整がされるようにも思われますが、請求異議訴訟で控訴審が異議を認めたのも、差戻審がおそらく異議を認めるのも、執行力の抵触あるいは執行によって実現されるべき事実状態の抵触によってではなく、たまたま債務名義に表示された請求権が消滅したとか、たまたま原判決が特殊なものであるために強制執行が権利濫用となることによってであることからすると、制度的には、これをもって調整がされるとは言えません。しかし、「それでいいんだ、司法の限界だ」と調整を諦めるという選択肢も含めて、強制執行制度についての立法・解釈の問題であり、判決手続に持ち込んで解決すべきものではないように思います。

 

今回の事案では権利主張参加の非両立性を緩めてもなお両立してしまう

また、仮に判決手続に持ち込もうにも、権利主張参加の非両立性を請求の趣旨レベルに緩めてもなお、非両立性が認められないのではないように思います。

従来、権利主張参加の非両立性は、二重譲渡において、一方の譲受人が譲渡人に移転登記手続請求訴訟を提起し、そこに他方の譲受人が参加することができるかの問題として議論されてきました。請求レベルで見ると、両譲受人の物権的請求権同士は両立するので、権利主張参加が認められないことになりますが(有力説)、請求の趣旨レベルで見ると、両譲受人の所有権同士が両立しないので、権利主張参加が認められるということになります(通説)*。

しかし、開門請求権・開門差止請求権は、その基本権が全く異なる権利であり、全く両立しうるものである以上、非両立性を請求の趣旨レベルに緩めてもなお、非両立性が認められません。

*非両立性を請求原因レベルに緩める通説は、最終的に合一確定が図れなくても(より正確には、合一確定が両請求認容という事態の防止の役に立たないとしても)、社会的には密接な関係にあるのであり、それをまとめて審理することには意味があると主張します。

これに対して、例えば先に引用した三木論文は、要旨次のように述べて、まとめて審理することには全く意味がないばかりか、かえって有害であるとします。すなわち、両請求を同時に認容した場合、どちらが先に確定するかは郵便事情その他の不合理な要素に左右される。同時に送達されれば「両者はいわば同時スタートでそれぞれ単独で登記申請ができることになり、わずかな時間差で先に登記手続を終えた者が優先するため、両者が先を争って登記所に駆けつけるという戯画的な状況」になりえ(もちろんそんなことで勝者が決まるのが不合理である)、同時に登記申請をした場合には登記実務の取り扱いとして同時に却下されることになり、最終的な決着すら得られないこととなる。そもそも二重譲渡は実体法上想定され、自由競争に委ねることとされた事態であり、所有権移転登記請求の訴えは競争に勝つための手段であり、競争相手が先んじて訴えを提起した場合、後れた者は、独自に訴えを提起すべきなのであり、「本来別個の目的で設計されている独立当事者参加制度における統一審判の仕組みを奇貨として、Xと同時に判決を得ることができる」とするのはかえって「不公正」である。

 

独立当事者参加は調整手段として役に立たない 

さらに、仮に判決手続に持ち込むとしても、そもそも独立当事者参加は問題の解決手段としての適合性がないように思います。

独立当事者参加には合一確定のために必要的共同訴訟の規律が準用されますが、開門差止請求・開門請求は、物権的妨害予防請求権・物権的妨害排除請求権類似の請求権としての性質を有するため、その請求原因事実は、それぞれの基本権(農業者については土地所有権等、漁業者については漁業行使権等)の発生と、その妨害・妨害のおそれであり、異なります。そして、弁論主義・憲法上保障された裁判請求権との関係上、裁判所は、要件事実に従って判決をしなければならず、両請求の要件事実がそれぞれ満たされたと考える場合、両請求が目指す事態が事実として両立し得ないことを認識したとしても、両請求について認容しなければなりません。そして、従来議論されてきた不動産登記の場面では、対抗要件主義が採用されており、一方が確定的に権利を取得すれば他方はそれを失うという関係にあるのに対して、開門請求・開門差止請求は、どちらかを実現したところで、他方の権利が失われる関係にないため、制度的には全く意味がありません。

*1:第一審:佐賀地判平成20(2008)年6月27日 LEX/DB 28142068、控訴審:福岡高判平成22(2010)年12月6日 LEX/DB 25464352。

*2:長崎地決平成25(2013)年11月12日 LEX/DB 25502355。

*3:第一審:佐賀地決平成26(2014)年4月11日 LEX/DB 25503902、抗告審:福岡高決平成26(2014)年6月6日 LEX/DB 25504530、許可抗告審:最決平成27(2015)年1月22日 LEX/DB 25447007。

*4:第一審:長崎地決平成26(2014)年6月4日 LEX/DB 25504250、抗告審:福岡高決平成26(2014)年7月18日 LEX/DB 25504550、許可抗告審:最決平成27(2015)年1月22日 LEX/DB 25447006。

*5:第一審:佐賀地判平成26(2014)年12月12日 LEX/DB 25505419、控訴審:福岡高判平成30(2018)年7月30日 LEX/DB 25561114、上告審:最判令和1(2019)年9月14日 裁判所website

*6:第一審:長崎地判平成29(2017)年4月17日 LEX/DB 25448661、控訴審:福岡高判平成30(2018)年3月19日 LEX/DB 25449441。