LS生のための会計と簿記

LSの必修選択科目として会計を取ってしまい(思っていたよりハードでした)、卒業のために勉強し始めたのですが、けっこう面白かったのでメモ。勉強が進んだら追記します。

 

目次

 

会計と簿記の概要

会計と簿記

会計とは企業の財産状況と利益状況を開示することをいい、簿記とはそのために用いられる経済活動を記録する方法です。

会計には、財務会計管理会計があり、それに対応して、簿記には商業簿記工業簿記があります。

 

財務会計

財務会計は、株主(潜在的なそれも含む)、金融債権者(銀行、社債権者)、取引先(取引債権者)、従業員(労働債権者)、国・地方公共団体(租税債権者)などの企業外部のステークホルダーのための会計です。

財務会計は、経営者自身にとっては都合が悪いこともありうるため、法律によって強制されています。具体的には、会社法第2編第5章(株式会社の場合)が株主・債権者のために、金融商品取引法が第2章〜第2章の6が投資者(株主はそこに含まれます)のために、それぞれ財務会計(財務諸表の開示)を強制しています。

 

財務諸表:貸借対照表損益計算書

財務会計において最も重要なのは、財務諸表会社法では計算書類と呼ばれています)の開示です。財務諸表には、貸借対照表損益計算書が含まれます。

貸借対照表は、一定時点(決算日など)における会社の資産状況=ストックを表すものです。左側に資産、右側に負債純資産(旧商法下での名称は資本)を記載します(なお、こうすると左右2カラムの表になりますが、現在では左側を上に、右側を下にして1カラムで記載することも多いです)。負債(典型は借入金)は返済義務があり、純資産(典型は資本金)は返済義務がありません。右側がどのように資金を調達したか、左側がどのように資金を運用しているかを表します。

自己資本比率(=純資産÷資産)が高い企業ほど安定していると言われることがありますが、自己資本比率が高い会社は運用している資金の多くについて返済義務がないためです(もちろん、配当しなければ新たに新株発行に応じてくれる人はいなくなり、株価が下がるわけので、株式で資金調達すれば資金調達コストがゼロになるいうわけではないのですが)。

損益計算書は、一定期間(前の決算日の翌日から決算日まで)における会社の利益状況=フローを表すものです。はじめに営業利益(本業による利益)、次に経常利益(財務活動など、営業利益ではないが通常の事業活動から生じる利益も含めた利益)、最後に純利益(通常の事業活動ではない、特別のイベントから生じた利益も含めた利益)を記載します(「利益」と書きましたが、赤字なら「損失」になります)。純利益は、期末に貸借対照表の純資産に反映されます(負債=債権者の取り分は借入時に決められており、会社がいくら儲かっても増えない)。

おそらく実物を見たほうがわかりやすいと思うので、さしあたりトヨタ自動車株式会社2019年3月期有価証券報告書160頁以下、LINE株式会社2019年12月期有価証券報告書87頁以下をご覧ください(有価証券報告書は大部ですが、記載事項は法定されているので慣れればすぐに情報を取り出すことができるようになる気がします)。

(なお、財務3表と言われる場合、貸借対照表損益計算書に加えてキャッシュフロー計算書が入ります。キャッシュフロー計算書は、会社法では開示が強制されていませんが、金融商品取引法では強制されています。)

 

LS生が会計・簿記を勉強する意味

会計・簿記の知識は、民法債権総論の損害賠償以外の部分会社法対第三者責任分配可能額規制金融商品取引法開示規制倒産法(のほぼ全て)を理解する上で役立ちます。

これらの分野は、売買、賃貸借、請負、あるいは訴訟、犯罪、捜査、国家権力の行使といった、原始的な現象(通時的普遍性を有するという意味です)と違い、そもそもそのルールがルール(=調整)しようとする現象自体が、素人の生活感覚ですぐに理解できるものではなく、したがって、その現象自体から勉強しないと何が問題なのかすらわからないということが多くあります。そのような現象を理解する上で、会計・簿記を通じて企業活動を数字で理解しておくことは、有用です。

 

管理会計

管理会計は、経営者の意思決定のための会計です(「管理」はマネジメント、経営を意味します)。そのため、一定の内容のものが法定されているということはなく、経営目的に応じて様々な会計の方法が用いられます。

管理会計は、次の理由から、LS生的にはおそらくあまり重要ではないです(商学部出身のLS同期もそう言っていました)。

  • 弁護士は基本的に異なるエンティティ同士の問題を扱いであり、エンティティ内部の問題を扱うことはない。
  • 財務会計は法律によって強制されており、それに違反することは法律の問題になるのに対して、管理会計経営判断原則により法律が介入しない領域で行われるものである。
  • 法律事務所の経営は、仕入れがなく、(アディーレみたいな事務所を作ろうとするのでない限り)多数の従業員を使用することもないので、単純である。

 

日商簿記について

日商簿記検定では、3級では専ら商業簿記が、2級では商業簿記の続きと工業簿記が出題されます。

3級は「業種・職種にかかわらずビジネスパーソンが身に付けておくべき「必須の基本知識」として、多くの企業から評価される資格。基本的な商業簿記を修得し、小規模企業における企業活動や会計実務を踏まえ、経理関連書類の適切な処理を行うために求められるレベル」、2級は「経営管理に役立つ知識として、企業から最も求められる資格の一つ。高度な商業簿記・工業簿記(原価計算を含む)を修得し、財務諸表の数字から経営内容を把握できるなど、企業活動や会計実務を踏まえ適切な処理や分析を行うために求められるレベル」らしいです(簿記 | 商工会議所の検定試験)。

3級、2級の試験は2月、6月、11月に行われます。

 

一般向け書籍

サブタイトルにあるとおり、クイズを解くだけで財務諸表が分かるようになる本。執筆者は公認会計士【#会計クイズ】大手町のランダムウォーカー (@OTE_WALK)先生。フルカラーの図やイラストをいっぱい使って決算書の読み方を教えてくれるので、タイトルにあるとおり、楽しい

 

素人向けの会計とファイナンスのテキスト。『世界一楽しい決算書の読み方』よりはいろんな数字が出てくる。章の初めの「ストーリー」・章の終わりの「まとめ」・2色刷り・図表・太字&下線でとても親切。法律の本ばかり読んでいる人が読むときっと親切すぎて涙が出てくる

 

簿記のテキスト等

cpa-learning.com

なんとCPAが無料で講義動画を公開しています。なんでもそうですが入門段階が挫折しがちなので、とりあえずこれを見ながら練習問題を解くのがよいと思います。ちなみに担当者は公認会計士やまけん@論文生就活アプリPorta (@uk41_ken)先生。

 

会計の授業でおすすめされたテキスト。面白くはないけど普通にわかりやすかった。

 

【検定簿記ワークブック】3級商業簿記
 
2級工業簿記 (【検定簿記ワークブック】)

2級工業簿記 (【検定簿記ワークブック】)

  • 発売日: 2018/02/20
  • メディア: 単行本
 

日商簿記検定に対応した問題集。 

 

シャープ 電卓 シャープ ナイスサイズタイプ 10桁 EL-N431-X

シャープ 電卓 シャープ ナイスサイズタイプ 10桁 EL-N431-X

  • 発売日: 2014/07/25
  • メディア: オフィス用品
 

会計の授業のために買ったもの。iPhoneでいいんじゃないかという気もするけど、専用機をぽちぽちするほうが楽しい

 

会計のテキスト

財務会計・入門〔第13版〕 (有斐閣アルマ)

財務会計・入門〔第13版〕 (有斐閣アルマ)

 

入門書。簿記が具体的な処理なら、こっちはそれを支える理論という感じ。最後の方にちょろっと財務分析も載っている。

 

財務会計講義(第21版)

財務会計講義(第21版)

  • 作者:桜井久勝
  • 発売日: 2020/03/17
  • メディア: 単行本
 

上と同著者による基本書。毎年改訂されている(薄さも含めて神田・会社法に似た感じ)。

 

財務諸表分析(第8版)

財務諸表分析(第8版)

  • 作者:桜井久勝
  • 発売日: 2020/03/07
  • メディア: 単行本
 

上と同著者による財務分析の基本書。上の2冊が「財務諸表が何を表示しているか」を説明した本であるとすれば、本書は「財務諸表に表示された情報をどのように組み合わせるとどのような情報が得られるか」(≒財務諸表の活用法)を説明した本。

 

新・現代会計入門 第4版

新・現代会計入門 第4版

  • 作者:伊藤 邦雄
  • 発売日: 2020/03/19
  • メディア: 単行本
 

財務会計講義』と並ぶ基本書。700頁以上あるので辞書的に使う感じになりそう。

最判令和2年11月25日裁判所website(地方議会の出席停止と司法権の限界)

最判令和2年11月25日裁判所websiteについて。判決自体の評価はよくわからないので(板垣先生のツイートなどをご参照ください)、主にこれまでどんな判決・議論がされてきたか(=本判決はどのような文脈でなされたものか)について整理したものです。

 

前提

法律上の争訟

訴えが適法であるためには、その訴えが「法律上の争訟」に当たるものでなけれなならないとされています。

裁判所法3条1項 裁判所は、日本国憲法に特別の定のある場合を除いて一切の法律上の争訟を裁判し、その他法律において特に定める権限を有する。

「法律上の争訟」とは、判例上、①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争で、②法令の適用により終局的に解決することができるものを指すとされています。

裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法三条にいう「法律上の争訟」、すなわち①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつ、②それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる(判例引用省略)。したがつて、具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争であつても、法令の適用により解決するのに適しないものは裁判所の審判の対象となりえない、というべきである。

最判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁[板まんだら事件]。番号は筆者)

①は「法律上の争訟」という文言上当然の形式的要件であり、それに対して、②は、当該事案(創価学会の教義に関する錯誤を前提に、信者が寄付金の返還を請求した)が①を満たすにもかかわらず「法律上の争訟」に当たらないとするために持ち出された実質的要件です。

①によって「法律上の争訟」に当たらないとされた例として、次のものがあります。

このうち、宝塚パチンコ事件については、強力な批判があります。

〔法律上の争訟の〕定式は法律上の争訟が法律関係の存在法的解決の可能性を内容とすることを述べている。そして、本件の場合、当該地方公共団体と相手方の関係が法律関係でないということはいえない(これを否定することは、行政上の法律関係の存在を否定することになり、一挙に絶対君主制の時代にさかのぼる一挙に絶対君主制の時代にさかのぼる。さらにこの関係の法律関係性を否定すると、命令の相手方からの取消訴訟、さらにおよそ取消訴訟は法律関係に関する訴訟ではなく、取消訴訟制度がなければ、相手方には義務の不存在を争う手立てもないということになるが、そうだとすると、現行取消訴訟制度は本来の司法権の作用を超えたものとなる。最高裁判所がここまで考えているかどうかは、この判決からは明らかではない)。また、法令の適用により終局的解決ができないかといえば、本件などは、まさに条例の適用(当該条例が違法で無効であるかどうかは別として)により、義務の存在・不存在が確定し事件は解決するのである。
塩野宏行政法II 行政救済法 第5版補訂版』281頁(有斐閣、2013))

一方、宗教上の地位等が法律上の地位にも結びついている場合には(この判断は極めて個別具体的です)、①要件を満たすことになります。

②によって「法律上の争訟」に当たらないとされた例として、板まんだら事件以外に次のものがあります。いずれも代表役員の確認や建物としての寺院の所有権に基づく明渡しなど、請求自体は法律上のものであるものの、その前提として教義・信仰に立ち入らざるをえず、法令の適用によって解決できないとされたものです(これも個別具体的な判断になります)。

ただ、これらについては、裁判を受ける権利や実体的権利の保護との関係で批判があります(本案の問題とすればよく、不適法とする必要はない)。

 

司法権の限界

司法権の限界については、例えば次のように説明されています。

法律上の争訟に当たるが,事柄の性質上裁判所の審判に適しないと認められるものを,司法権の限界という。もともと事件性を充たす争訟については,裁判所は司法権を行使すべきなのが原則である。したがって,司法権の限界はその原則の例外として,憲法が明文で認めたものか,憲法の解釈によって導かれる場合でなければらない。たとえば国会議員の資格争訟の裁判(55条)や裁判官の弾劾裁判(64条)は憲法の明文が定める司法権の限界に当たる。

(安西文雄ほか『憲法学読本 第3版』(有斐閣、2018)325頁〔宍戸常寿〕)

判例が判断を差し控えたもので、「司法権の限界」と整理されているものとして、次のものがあります(自律的団体(地方議会、大学、政党)の内部事項については、富山大学事件、共産党袴田事件で使われた「一般市民法秩序と直接の関係を有しない内部的な問題」にとどまる限り審判の対象とならないというフレーズが有名です)。

ただ、これらについても、強い批判があります。学説は、例えば行政裁量について行われているのと同じように、全面的に司法審査の対象とした上で、地方自治の本旨(地方議会)、結社の自由(政党)、学問の自由(大学)などに配慮して裁判所がどこまで立ち入るかを考えればよいとしています(なお、かつては行政裁量も司法権の限界として位置付けられていました)。 

 

地方議会の懲戒処分

今回変更された最大判昭和35年10月19日民集14巻12号2633頁は、次のように判示していました(法律上の争訟と司法権の限界が区別されていない感がありますね…)。

思うに、司法裁判権が、憲法又は他の法律によつてその権限に属するものとされているものの外、一切の法律上の争訟に及ぶことは、裁判所法三条の明定するところであるが、ここに一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争といら〔「いう」?〕意味ではない。一口に法律上の係争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の特質上司法裁判権の対象の外におくを相当とするものがあるのである。けだし、自律的な法規範をもつ社会ないしは団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも、裁判にまつを適当としないものがあるからである。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものと解するを相当とする。(尤も昭和三五年三月九日大法廷判決民集一四巻三号三五五頁以下―は議員の除名処分を司法裁判の権限内の事項としているが、右は議員の除名処分の如きは、議員の身分の喪失に関する重大事項で、単なる内部規律の問題に止らないからであつて、本件における議員の出席停止の如く議員の権利行使の一時的制限に過ぎないものとは自ら趣を異にしているのである。従つて、前者を司法裁判権に服させても、後者については別途に考慮し、これを司法裁判権の対象から除き、当該自治団体の自治的措置に委ねるを適当とするのである。)

 

事案

判決文より引用。〔〕内は筆者。「被上告人」(=一審原告)をXに、「上告人」(=一審被告)をYに置き換えた。

(1) Xは,平成27年12月20日に行われた市議会〔宮城県岩沼市議会〕の議員の任期満了による一般選挙において当選し,本件処分〔23日間の出席停止の懲罰〕当時,市議会の議員であった者である。
(2) 市議会の定例会の回数は,岩沼市議会定例会の回数に関する条例(昭和31年岩沼市条例第78号)により,毎年4回とされており,その会期は,岩沼市議会会議規則(平成7年岩沼市議会規則第1号)により,毎会期の初めに議会の議決で定めることとされている。市議会の平成28年6月に招集された定例会(以下「6月定例会」という。)の会期は同月14日から同月23日までの10日間,同年9月に招集された定例会(以下「9月定例会」という。)の会期は同月6日から同月28日までの23日間とされた。
(3) 本件条例〔議会議員の議員報酬,費用弁償及び期末手当に関する条例。平成20年岩沼市条例第23号〕によると,市議会の議員の議員報酬は月額36万3000円とされ(2条),一定期間の出席停止の懲罰を受けた議員の議員報酬は,出席停止の日数分を日割計算により減額するものとされている(6条の2,3条3項)。
(4) Xと同一の会派に属するA議員は,海外渡航のため,平成28年4月25日に行われた市議会の教育民生常任委員会を欠席した。市議会は,同年6月14日,6月定例会において,A議員に対し,上記の欠席について,議決により公開の議場における陳謝の懲罰を科した。これを受け,A議員は,市議会の議場において,陳謝文を読み上げた。
(5) Xは,平成28年6月21日,市議会の議会運営委員会において,上記(4)のA議員が陳謝文を読み上げた行為に関し,「読み上げたのは,事実です。しかし,読み上げられた中身に書いてあることは,事実とは限りません。それから,仮に読み上げなければ,次の懲罰があります。こういうのを政治的妥協といいます。政治的に妥協したんです。」との発言(以下「本件発言」という。)をした。
(6) 市議会は,6月定例会の最終日である平成28年6月23日,本件発言を問題として同月22日に提出されたXに対する懲罰動議を閉会中の継続審査とすることとし,懲罰特別委員会における審査を経た上,同年9月6日,同日招集された9月定例会において,Xに対し,本件発言について,議決により23日間の出席停止の懲罰を科する旨の本件処分をした。
(7) Yは,平成28年9月21日,Xに対し,本件条例に基づき,本件処分により出席停止とされた23日間の分に相当する27万8300円を減額して議員報酬を支給した。

XはYに対し、本件処分の取消しと議員報酬のうち本件処分による減額分の支払を求めた。一審は不適法として却下、二審は一審判決取消し・差戻し。Yが判例違反を理由に上告(先に引用した昭和35年大法廷判決)。

 

判旨

上告棄却。

5(1) 普通地方公共団体の議会は,地方自治法並びに会議規則及び委員会に関する条例に違反した議員に対し,議決により懲罰を科することができる(同法134条1項)ところ,懲罰の種類及び手続は法定されている(同法135条)。これらの規定等に照らすと,出席停止の懲罰を科された議員がその取消しを求める訴えは,法令の規定に基づく処分の取消しを求めるものであって,その性質上,法令の適用によって終局的に解決し得るものというべきである。

(2)ア 憲法は,地方公共団体の組織及び運営に関する基本原則として,その施策を住民の意思に基づいて行うべきものとするいわゆる住民自治の原則を採用しており,普通地方公共団体の議会は,憲法にその設置の根拠を有する議事機関として,住民の代表である議員により構成され,所定の重要事項について当該地方公共団体の意思を決定するなどの権能を有する。そして,議会の運営に関する事項については,議事機関としての自主的かつ円滑な運営を確保すべく,その性質上,議会の自律的な権能が尊重されるべきであるところ,議員に対する懲罰は,会議体としての議会内の秩序を保持し,もってその運営を円滑にすることを目的として科されるものであり,その権能は上記の自律的な権能の一内容を構成する。

イ 他方,普通地方公共団体の議会の議員は,当該普通地方公共団体の区域内に住所を有する者の投票により選挙され(憲法93条2項,地方自治法11条,17条,18条),議会に議案を提出することができ(同法112条),議会の議事については,特別の定めがある場合を除き,出席議員の過半数でこれを決することができる(同法116条)。そして,議会は,条例を設け又は改廃すること,予算を定めること,所定の契約を締結すること等の事件を議決しなければならない(同法96条)ほか,当該普通地方公共団体の事務の管理,議決の執行及び出納を検査することができ,同事務に関する調査を行うことができる(同法98条,100条)。議員は,憲法上の住民自治の原則を具現化するため,議会が行う上記の各事項等について,議事に参与し,議決に加わるなどして,住民の代表としてその意思を当該普通地方公共団体の意思決定に反映させるべく活動する責務を負うものである。

ウ 出席停止の懲罰は,上記の責務を負う公選の議員に対し,議会がその権能において科する処分であり,これが科されると,当該議員はその期間,会議及び委員会への出席が停止され,議事に参与して議決に加わるなどの議員としての中核的な活動をすることができず,住民の負託を受けた議員としての責務を十分に果たすことができなくなる。このような出席停止の懲罰の性質や議員活動に対する制約の程度に照らすと,これが議員の権利行使の一時的制限にすぎないものとして,その適否が専ら議会の自主的,自律的な解決に委ねられるべきであるということはできない
そうすると,出席停止の懲罰は,議会の自律的な権能に基づいてされたものとして,議会に一定の裁量が認められるべきであるものの,裁判所は,常にその適否を判断することができるというべきである。

(3) したがって,普通地方公共団体の議会の議員に対する出席停止の懲罰の適否は,司法審査の対象となるというべきである。これと異なる趣旨をいう所論引用の当裁判所大法廷昭和35年10月19日判決その他の当裁判所の判例は,いずれも変更すべきである。

 

宇賀補足意見

私は,法廷意見に賛成するものであるが,地方議会の議員に対する出席停止の懲罰の司法審査について,補足して意見を述べることとする。

1 法律上の争訟
法律上の争訟は,①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,②それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られるとする当審の判例最高裁昭和51年(オ)第749号同昭和56年4月7日第三小法廷判決・民集35巻3号443頁〔注:板まんだら事件〕)に照らし,地方議会議員に対する出席停止の懲罰の取消しを求める訴えが,①②の要件を満たす以上,法律上の争訟に当たることは明らかであると思われる〔注:cf. 宝塚パチンコ事件〕。
法律上の争訟については,憲法32条により国民に裁判を受ける権利が保障されており,また,法律上の争訟について裁判を行うことは,憲法76条1項により司法権に課せられた義務であるから,本来,司法権を行使しないことは許されないはずであり,司法権に対する外在的制約があるとして司法審査の対象外とするのは,かかる例外を正当化する憲法上の根拠がある場合に厳格に限定される必要がある。

2 国会との相違
国会については,国権の最高機関(憲法41条)としての自律性を憲法が尊重していることは明確であり,憲法自身が議員の資格争訟の裁判権を議院に付与し(憲法55条),議員が議院で行った演説,討論又は表決についての院外での免責規定を設けている(憲法51条)。しかし,地方議会については,憲法55条や51条のような規定は設けられておらず,憲法は,自律性の点において,国会と地方議会を同視していないことは明らかである。

3 住民自治
地方議会について自律性の根拠を憲法に求めるとなると,憲法92条の「地方自治の本旨」以外にないと思われる。「地方自治の本旨」の意味については,様々な議論があるが,その核心部分が,団体自治〔注:地方自治が国から独立した団体としての地方自治体によって行われること〕と住民自治〔注:地方自治が住民の意思に基づいて行われること〕であることには異論はない。また,団体自治は,それ自身が目的というよりも,住民自治を実現するための手段として位置付けることができよう。
住民自治といっても,直接民主制を採用することは困難であり,我が国では,国のみならず地方公共団体においても,間接民主制を基本としており,他方,地方公共団体においては,条例の制定又は改廃を求める直接請求制度等,国以上に直接民主制的要素が導入されており,住民自治の要請に配慮がされている。
この観点からすると,住民が選挙で地方議会議員を選出し,その議員が有権者の意思を反映して,議会に出席して発言し,表決を行うことは,当該議員にとっての権利であると同時に,住民自治の実現にとって必要不可欠であるということができる。もとより地方議会議員の活動は,議会に出席し,そこで発言し,投票することに限られるわけではないが,それが地方議会議員の本質的責務であると理解されていることは,正当な理由なく議会を欠席することが一般に懲罰事由とされていることからも明らかである。
したがって,地方議会議員を出席停止にすることは,地方議会議員の本質的責務の履行を不可能にするものであり,それは,同時に当該議員に投票した有権者の意思の反映を制約するものとなり,住民自治を阻害することになる。
地方自治の本旨」としての住民自治により司法権に対する外在的制約を基礎付けながら,住民自治を阻害する結果を招くことは背理であるので,これにより地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象外とすることを根拠付けることはできないと考える。

4 議会の裁量
地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象としても,地方議会の自律性を全面的に否定することにはならない。懲罰の実体判断については,議会に裁量が認められ,裁量権の行使が違法になるのは,それが逸脱又は濫用に当たる場合に限られ,地方議会の自律性は,裁量権の余地を大きくする方向に作用する。したがって,地方議会議員に対する出席停止の懲罰の適否を司法審査の対象とした場合,濫用的な懲罰は抑止されることが期待できるが,過度に地方議会の自律性を阻害することにはならないと考える。

役員の対第三者責任と債権者優先原則

雪印食品損害賠償請求事件は、役員の対第三者責任における株主の第三者性を原則として否定したものですが、これを理解するためには、債権者と株主の関係や、責任財産というものの意味を考える必要があって面白いので、同事件を素材にそれらについて書いてみます。

 

目次

 

雪印食品損害賠償請求事件

東京高判平成17年1月18日金判1209号10頁(雪印食品損害賠償請求事件)は、次のように判示しています([]内は筆者)。

株式が証券取引所などに上場され公開取引がなされている公開会社である株式会社の業績が取締役の過失により悪化して株価が下落するなど、全株主が平等に不利益を受けた場合、株主が取締役に対しその責任を追及するためには、特段の事情のない限り、商法267条[会社法847条]に定める会社に代位して会社に対し損害賠償をすることを求める株主代表訴訟を提起する方法によらなければならず、直接民法709条に基づき株主に対し損害賠償をすることを求める訴えを提起することはできないものと解すべきである。その理由は、〔1〕上記の場合、会社が損害を回復すれば株主の損害も回復するという関係にあること、〔2〕仮に株主代表訴訟のほかに個々の株主に対する直接の損害賠償請求ができるとすると、取締役は、会社及び株主に対し、二重の責任を負うことになりかねず、これを避けるため、取締役が株主に対し直接その損害を賠償することにより会社に対する責任が免責されるとすると、取締役が会社に対して負う法令違反等の責任を免れるためには総株主の同意を要すると定めている商法266条5項[会社法424条以下]と矛盾し、資本維持の原則にも反する上、会社債権者に劣後すべき株主が債権者に先んじて会社財産を取得する結果を招くことになるほか、株主相互間でも不平等を生ずることになることである。以上のことを考慮して、株式会社の取締役の株主に対する責任については、商法266条[会社法423条]が会社に対する責任として定め、その責任を実現させる方法として商法267条[会社法847条]が株主の代表訴訟等を規定したものと解すべきである。そして、その結果として、株主は、特段の事情のない限り、商法266条の3[会社法429条]や民法709条により取締役に対し直接損害賠償請求することは認められないと解すべきである。

また、株式が証券取引所に上場されるなどして公開され多数の株主が市場で株式を売買している公開会社においては、株主は、特段の事情のない限り、いつでも自由に市場において株式を処分することができるので、取締役の過失により株式会社の業績が悪化して株価が下落しても、適時に売却することにより損失を回避ないし限定することができるから、株主に個別に取締役に対する損害賠償請求を認める必要も少ない。もっとも、株式が公開されていない閉鎖会社においては、株式を処分することは必ずしも容易ではなく、違法行為をした取締役と支配株主が同一ないし一体であるような場合には、実質上株主代表訴訟の遂行や勝訴判決の履行が困難であるなどその救済が期待できない場合も想定し得るから、このような場合には、前記の特段の事情があるものとして、株主は民法709条に基づき取締役に対し直接株価の下落による損害の賠償をすることもできると解すべきである。

司法試験受験生的には、不法行為というよりは、「役員の対第三者責任における株主の第三者性」として知られている(ほんと?)問題です*。なお、念のため、会社法429条1項を引用しておきます。

役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。

*対第三者責任と不法行為責任との関係は、それはそれで一つの論点です。最大判昭和44年11月26日民集23巻11号2150頁参照。

 

資金提供者としての債権者と株主

会社の資金調達の方法には、借入れ*と新株発行があります。

*借入れの方法には、金融機関との相対による借入れと、社債の発行があります。いずれも法的には消費貸借契約の締結ですが、社債の発行は不特定多数の投資家を相手方とするため、権利関係を集団的に処理する必要性から、会社法が特別の扱いをしているものといえます。

借入れは、返済の必要があり(=他人資本)、かつ、事前に決められた利息を払う必要があります。新株発行は、返済の必要がなく(=自己資本)**、代わりに毎年決められる配当が受けられます***。

**投資家が資金を必要とするときは、お金を返してもらう代わりに株式を売却することになります。

***配当は基本的には年1回の定時株主総会で決められますが、株主総会決議の授権に基づき、それ以外の機会に取締役会決議により中間配当をすることもできます。

法的には、借入れに応じた資金提供者は(貸金)債権者となり、新株発行に応じた資金提供者は株主となります。債務をデットdebt、株式(を含む持分)をエクイティequityと呼ぶので、借入れをデットファイナンス、新株発行をエクイティファイナンスと呼ぶこともあります。

債権者は、債務者が倒産しない限り元本と利息が保証されています。しかし、逆に言えば、それ以上のものを受け取ることはできません。それに対して、株主は、元本は保証されませんし、配当も保証されません。しかし、分配可能額規制を除いて配当に上限はありません****。一般に債券はローリスク・ローリターン株はハイリスク・ハイリターンと言われるのはそのためです。このことをグラフに表すと、次のようになります。

****実際には、経営者がその期の利益の全てを配当に回すことはなく、多くを投資に回します。いわゆる内部留保とは、株主に配当されず、再投資に回された分のことを言います。

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この点線部分が、資産額と負債額の一致する点です。言い換えれば、それより左側が債務超過、右側が資産超過ということになります。

 

平時の債権者優先原則—分配可能額規制

投下資本回収の場面では、債権者と株主では、債権者のほうが優先されます。借りたものは返さなければならないのに対して(仮に「債権者優先原則」と呼ぶことにします)、会社は株主のものである以上、株主が(取締役を通じた)経営に失敗して配当を受けられなくなるのは自己責任だと言えるからです。

債権者優先原則を平時において反映したのが、分配可能額規制です。法律の一つとして会社法を勉強している人なら、

[分配可能額]=[その他資本剰余金]+[その他利益剰余金]

という定式自体は一応知っているのではないかと思います*。この計算式こそが、債権者のために積み立てておくべきお金を差し引いた残りを株主に配当できる、ということを意味しています。

*会社法446条がいろんな項目を足したり引いたりしているように見えますが、7号の委任を受けた会社計算規則149条がそれを骨抜きにしており、差し引きすると結局のところ本文に書いたような式になります(第7回:分配可能額の算定|会社法(平成26年改正)|EY新日本有限責任監査法人)。

 

倒産時の債権者優先原則—「株式が紙くず同然になる」

では、会社が倒産した場合はどうでしょうか。倒産にもいろいろありますが、ここでは一番わかりやすい破産を考えましょう。会社における破産開始原因は、「支払不能債務超過です。支払不能の定義はいろいろ複雑なのですが、債務超過と比べてより深刻な状態なので、さしあたりは会社は債務超過になると倒産すると考えておいてよいでしょう。

さて、債務超過にあるということは、最初にグラフで確認したように、債権者が満額の返済を受けられないことを意味します。そうすると、債権者優先原則からすれば、当然に株主は配当を受けられません。

これこそが、会社が破産すると「株式が紙くず同然になる」と言われていることの意味です(かつておよそ株式会社は株券を発行しなければなりませんでした)。

 

株主に第三者性を認める意味―債権者優先原則のバイパス

ここで雪印食品事件に戻ります。役員が違法行為を行って破産した場合、会社は当該役員に対して損害賠償請求権を取得します*。

*実は雪印食品は破産手続ではなく、会社法清算手続により処理されているのですが(雪印牛肉偽装事件 - Wikipedia)、単純化のため破産時を考えることにします。

もっとも、ここでいう会社というのは、まさに清算されようとしているわけなので、利害関係を調整するためのただの箱にすぎません(実は平時もそうなのですが)。では賠償されたお金が実質的に誰のもとに行くかというと、債権者です。先に確認したとおり、破産した会社というのは債務超過にあり、債権者優先原則の帰結として株主は配当を受けられないからです(賠償されたお金は破産管財人の管理する破産財団に入り、そこから債権者に対する配当が行われます)。

ところが、会社が役員に対して損害賠償請求権を取得し(会社法423条1項を根拠とする)、個々の株主も役員に対して損害賠償請求権を取得する(同法429条1項を根拠とする)とした場合、どうなるでしょうか。役員が両債務を弁済して余りある資産を有しているなら別ですが(そういうことは普通はないでしょう)、そうでない限り、役員も債務超過ということになるため、パイの取り合いになります。具体的には、次のようになります。

  1. ある株主が破産管財人より先に債務名義を取得し、めぼしい財産を差し押さえた場合、その株主は会社(ひいては債権者)に先んじて弁済を受けることができます。雪印食品事件判決のいう「会社債権者に劣後すべき株主が債権者に先んじて会社財産を取得する結果を招くことになる」というのは、そのような意味だと考えられます。
  2. ほぼ同時だった場合、配当加入や二重差押えにより、強制執行手続の中で配当が行われることになりますが、債権者平等原則により、比例弁済になります(例えば会社法423条1項に基づく損害賠償請求権に一般の先取特権がついているなら話は別ですが、そのような規律にはなっていません)。
  3. 役員が破産した場合、やはり債権者平等原則により、比例弁済になります。

いずれにしても、株主は「役員が会社に賠償→破産管財人が配当」という本来のルートであれば、債権者優先原則により配当はゼロのはずなのに、対第三者責任というバイパスを通じて(少なくとも一部)弁済を受けることができてしまうことになります。これを認めることは、株主の自己責任にも反します。

なお、雪印食品事件判決は、「株主相互間でも不平等を生ずる」とも述べていますが、これは、上記1,2の場合を想定したものと考えられます。弁済は、破産にならない限り先着順なので(破産の場合には一斉に債権を調査・確定します)、他の株主に先んじて役員に損害賠償を請求した株主だけが弁済を受けることができる、ということです(これも、役員が全債務を弁済して余りある資産を有しているなら別なのですが)。

 

閉鎖型の会社の場合

以上とはあまり関係がありませんが、雪印食品事件判決が認める閉鎖会社における例外について、その内容を見ることにします。

株式が公開されていない閉鎖会社においては、株式を処分することは必ずしも容易ではなく、違法行為をした取締役と支配株主が同一ないし一体であるような場合には、実質上株主代表訴訟の遂行勝訴判決の履行が困難であるなどその救済が期待できない場合も想定し得るから、このような場合には、前記の特段の事情があるものとして、株主は民法709条に基づき取締役に対し直接株価の下落による損害の賠償をすることもできると解すべきである。

この場合、次のような状況になります(判決は主に平時を想定しているようなので、それに従います)。

  1. 少数派株主は、株主代表訴訟を提起することができる。
  2. しかし、株主代表訴訟においては、勝訴株主は弁済受領権を有しないから、役員から賠償金の支払いを受けることができない(また、仮に受けることができたとしても、株主は会社に対して当然には金銭債権を有しないので(配当請求権株主総会決議によって成立するが、少数派株主は株主総会決議を成立させることができない)、相殺により損害を回復することができない)。
  3. したがって、会社が支払いを受けることになる。しかし、会社は多数派によって支配されているから、会社は判決の執行を怠る可能性がある。提訴は株主ができるが(訴訟担当)、弁済受領権がない以上、執行を株主が行うことはできない(執行担当)。仮に弁済がされても、賠償金を含む会社財産の利用方法を決めるのは多数派であり、適切な利用がなされるとは限らない。
  4. そのような行為をする取締役は解任すべきだが、少数派は解任決議を成立させることができない。否決された場合、解任の訴えを提起できるが、仮に請求が認められても、後任は多数派が決めることができ、解任された者を再任することすらできてしまう(判決による解任の場合でも欠格事由ではない)。職務代行者選任の仮処分を申し立てることはできるが、会社の常務に属する行為しか行うことができず、最終的な解決にならない。
  5. そのような会社からは撤退すべきだが、そんな会社の株式を買ってくれる人はいないし、いたとしても譲渡承認がされない可能性がある。

こういう絶望的な状態から抜け出すことくらいは認めてよいのではないか、ということだと考えられます。

 

直接損害の例としてのMBO

最後に、雪印食品事件判決が認める例外について見ておきます。同判決は、間接損害・直接損害*という言葉こそ使っていませんが、「全株主が平等に不利益を受けた場合」について(原則として)株主の第三者性を否定しており、これは間接損害を指すものと考えられます。

*判例の表現によれば、間接損害とは「会社がこれによつて損害を被つた結果、ひいて第三者に損害を生じた場合」であり、直接損害とは「直接第三者が損害を被つた場合」です(最大判昭和44年11月26日民集23巻11号2150頁)。

では直接損害にはどのような場合があるかというと、MBOの場合です(東京高判平成25年4月17日判時2190号96頁)。

取締役及び監査役は,善管注意義務の一環として,MBOに際し,公正な企業価値の移転を図らなければならない義務(以下,便宜上「公正価値移転義務」という。)を負うと解するのが相当であり,MBOを行うこと自体が合理的な経営判断に基づいている場合……でも企業価値を適正に反映しない買収価格により株主間の公正な企業価値の移転が損なわれたときは,取締役及び監査役善管注意義務違反が認められる余地があるものと解される。

この事案では、公開買付け・全部取得条項付種類株式によるスクイーズアウトがなされましたが、そこでは株主は株式が不当に安く買い取られたために損害を被ったにすぎず、会社が被った損害が株価に反映されるという形で損害を被ったわけではありません。そのため、東京高裁も今回書いたような問題を取り上げていません(なお、請求は棄却されました)。

ディープフェイクAVの法的規制

目次

 

報道

人工知能(AI)を使った「ディープフェイク」と呼ばれる技術を悪用して出演者の顔を女性芸能人にすり替えたポルノ動画のまとめサイトを運営していたとして、警視庁と千葉県警は19日、サイトの運営者3人を名誉毀損(きそん)容疑で逮捕したと発表した。ディープフェイクを巡っては、同庁などが9月に偽動画の作成者を初めて逮捕したが、動画の作成に関与していないサイト運営者が逮捕されるのは初めて。

「ディープフェイク」ポルノ転載のサイト運営者3人を逮捕 芸能人への名誉毀損容疑 - 毎日新聞

 

ディープフェイクとは何か 

ディープフェイクとは、ディープラーニングを利用したフェイク動画(画像)で、今回問題になっているディープフェイクAVに即して言うと、AV女優の顔を別の女性芸能人のものにすり替えるというものです。

なお、芸能人以外や、例えば選挙で対立候補に言ってもいないことを言わせた動画をアップロード等する行為も問題とされていますが、さしあたり、この記事の検討の対象からは除外します。

その点も含めて、急増するポルノ版ディープフェイク、このままでは“偽動画”が溢れる時代がやってくる | WIRED.jpが分かりやすいです。

 

パブリシティ権侵害

ディープフェイクAVをアップロードし、あるいはリンクを張る人たちは、アクセスを集めて広告収入を得ることを動機としています。

山口容疑者は「新型コロナウイルスで仕事が減り、ウェブ広告で稼ぎたかった」、窪容疑者は「サイトのアクセスを増やして金を稼ぎたかった」とともに容疑を認めている。二又、窪両容疑者は19年12月以降、計150万円以上の広告収入があったとみられる。

この動機から考えたとき、「ディープフェイクAVのアップロード行為・リンクを張る行為がいけない理由」として最も素直なのは、パブリシティ権侵害です。

肖像等を無断で使用する行為は,①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,③肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となる…。

最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁[ピンク・レディー]

被害者(顔を勝手に使われた人)は、パブリシティ権侵害を主張することにより、民事上、アップロードした人・リンクを張った人から広告収入を剥奪することができます。

削除請求については、ピンク・レディー事件からは明らかではありませんが*、認められると考えられます。

*「人格権としてのパブリシティ権」と言ってくれれば話は簡単だったのですが(cf. 北方ジャーナル事件の「人格権としての名誉権」)、最高裁は、当該事案が損害賠償請求事件だったこともあり、「人格権に由来する権利」とお茶を濁しています。ただ、それを認めた裁判例があり(東京高判平成3年9月26日判時1400号3頁[おニャン子クラブ])、最高裁も、民法709条との関係では「法律上保護される利益」だと言いさえすればよかったはずなのに、わざわざパブリシティ権」という言葉を使っていることからすれば、認められるように思います。

また、今回はまとめサイトなので難しいと思いますが、作られた動画が動画共有サイト(Pornhubとか)にアップロードされ、削除請求にもかかわらず放置された場合、そのサイトの運営者に対する差止請求・損害賠償請求も可能と考えられます。

ただ、パブリシティ権侵害は判例上認められたもので、法律の規定はないので、当然、処罰の対象にはなりません(罪刑法定主義)。

 

人格権侵害

次に考えられるのは、被害者の名誉感情が著しく傷つけられたという点で、人格権侵害となるという構成です。特に判例はありませんが、民事上の差止請求・損害賠償請求は認められると考えられます。

パブリシティ権は、「商品の販売等を促進する顧客吸引力…を排他的に利用する権利」なので(ピンク・レディー事件)、精神的損害をカバーするものではありません。そのため、この構成は、実際にも意味があるものと考えられます。

ただ、これについても処罰の対象にはなりません。

 

著作権侵害

素材のAV

素材のAVについては、制作会社に著作権が帰属しており、ディープフェイクAVのアップロード行為翻案権二次的著作物についての公衆送信権の侵害として処罰の対象になります(著作権法119条1項、27条、28条・23条1項)。

著作権侵害コンテンツへのリンクを張る行為は、公衆送信(著作権法23条1項)に当たるかという議論があります。民事で侵害を認めた裁判例はありますが、刑事での摘発例はありません。

なお、令和2年改正でリーチサイト(「侵害著作物等利用容易化ウェブサイト等」)の提供行為が侵害行為とみなされることとなりましたが(著作権法113条3項、119条2項4号)、二次的著作物は対象外です。

 

素材の画像

素材となった画像については、理論的には素材のAVと同様に著作権侵害(翻案権・公衆送信権侵害、リーチサイトのみなし侵害)になるように思いますが、素材とディープフェイクAVのコマの対応関係を立証するのは困難であるように思います。

なお、平成30年著作権法改正で、ディープラーニングにおける利用を念頭に、情報解析目的の場合の権利制限規定が設けられましたが(30条の4第2号)、少なくとも本件で適用されないように思います。

 

名誉毀損

名誉毀損は、次のように規定されています。

刑法230条 [1]公然と[2]事実を摘示し、[3]人の名誉を毀損した者は、[4]その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

インターネットでやっている以上[1]は問題ないと思います。

なお、名誉毀損は民事上も差止請求・損害賠償請求ができますが、要件は基本的に刑法のものと同じように考えられているので、専ら刑法上の名誉毀損を検討することとします。

 

真実または虚偽の事実の摘示

真実または虚偽の事実の摘示([1][4])は、侮辱罪(罰金にしかならない)と本罪とを区別する要件であり、真実でなくてもよいので一定の具体的事実をもって「名誉を毀損」するものでなければならないという要件です。

判例で、露天風呂に入浴中の女性3名を盗撮し、AVを扱う多数の書店やビデオ販売店等において陳列させた行為について、名誉毀損罪の成立を認めた事例があります。

「事実の摘示」についてみると,被告人らは,上記のような内容の本件ビデオテープに上記K子ら3名の全裸の姿態が録画されているという事実を摘示したものということができる。

(東京地判平成14年3月14日 LEX/DB 28075486)

これを参考にすると、ディープフェイクAVをアップロードする行為が、被害者がディープフェイクAVに収録されたような行為を行い、撮影させたという(虚偽の)「事実を摘示」する、という説明が考えられます。

リンクを張る行為についても、現状では、基本的にこれに当たると言ってよいのではないかと思います。AVのリンクを張るという行為のほとんどは、今回のようなまとめサイト=AVへのリンクを張り、アクセスを集めることそれ自体を目的とするサイトによって行われているからです。

なお、そのAVがディープフェイクAVであることを知らなかった場合は、客観的には本罪に該当するものの、故意(=主観的要件)がないため、本罪は成立しません(ただし、上記の現状を考えると、(未必的)故意が否定されることはほとんどない気がします)。

 

名誉の毀損

名誉の毀損([4])は、社会的評価を低下させるおそれを生じさせることをいうと理解されています。

ディープフェイクAVをアップロードする行為・リンクを張る行為は、被害者の芸能人としてのイメージを汚染し、社会的評価を低下させおそれを生じさせるものといえます。

なお、仮に閲覧者の全員がディープフェイクAVフェイクをそれと知って閲覧する場合、閲覧者はAVと被害者は無関係と理解しているわけなので、社会的地位の低下にならないんじゃないかとも思ったんですが、名誉毀損罪は抽象的危険犯なので「そんなことはありえない」で片付けてしまっても構わなそうです。

 

なお、以前のメモとして、故人、生存中の人物、創作キャラクターの利用に関するメモ(AI美空ひばり、ナマモノ、ディープフェイクAV etc)もご参照ください。

一票の格差をなくすとどうなるか

アメリカ大統領選挙Winner-takes-allルールに関して、日本の一票の格差問題を思い出し、衆議院参議院小選挙区・選挙区部分を完全に人口比例で割り振るとどうなるかを計算してみたのでメモ。条件は次のとおり。

 

  • 人口は2020年4月1日現在のものです。
  • 現行法で、衆議院小選挙区の定数の合計は289、参議院の選挙区の定数の合計は148です。
  • 人口比例の議席数は、[現行法の定数の合計×当該都道府県の人口÷全国の人口]を小数第1位を四捨五入して計算しています。その結果、定数の合計は衆議院で288(現行法-1)、参議院で146(現行法-2)となっています。
  • 参議院において鳥取県島根県徳島県高知県はそれぞれ合区(2県で定数2)とされていますが、下の表には各県定数1として記載しました。

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一票の格差人権問題として語られていますが(現行法下ではそうすることでしか最高裁の判断を引き出せないのでそれ自体はやむを得ない)、実質的には地方で支持されている政党=自民党を有利にするもので、ゲームのルールとして不公正です。

しかし、法律(公職選挙法)を変えるのはそれによって選出された自民党議員なので、これが是正されることはありません。表現の自由の優越的地位に関して、政治過程の基盤となる権利であるから一度規制されると政治過程によって回復できないということが説かれることがありますが、選挙のルールも同じだというわけです。

もちろん自民党は都市部でもそれなりの支持を得ているので、人口比例に忠実な構成にしてみたところで自民党がすぐに負けるようになるかというとそうではないと思います*。しかし、都市と地方で人々の生活は全く異なり、求める政策も異なると思うので、政策の決定にはかなり影響があるのではないかと思います。

*このことからすれば、自民党議員としては改正に反対するそれほど強い動機があるわけではないようにも思われます。しかし、自民党全体としてはそうでも、選挙区が減る地域の議員にとっては死活問題です。そのような議員が都市部に転出しても勝てるとは思えませんから、彼らは改正に熱心に反対するでしょう。それに対して、選挙区が増える地域の議員は、彼らの選挙民にとってはよい改正である一方、彼ら自身にとっては影響力の低下につながる改正なので(ここではエージェンシー問題が生じています)、それほど熱心に反対するわけではないものの、積極的に賛成もしないでしょう。

なお、以上の議論は全て、衆議院の定数は465人、そのうち小選挙区が289人、比例代表(ブロックごと)が176、参議院の定数は248人、そのうち選挙区が148人、比例代表(全国)が100人という現行法の枠組みを前提としています。しかし、個人的には、いずれも中途半端だと思っています。改正するなら、衆議院は全て小選挙区参議院は全て比例代表(その上で衆議院の権限を強化する)とすればよいのではないかと思います。そうすることで、衆議院はより二大政党制化し、参議院はシングルイシュー候補を含む多様な意見を反映するという役割分担もできるのではないかと思います。

株主招集における株主によるQUOカード配布(プラコー臨時総会開催禁止仮処分申立却下・即時抗告棄却決定)

株式会社プラコーについて、興味深い仮処分(を却下する判断)がなされているのを見たのでメモ。

 

目次

  

株主による株主総会の招集

株式会社プラコーの株主が、裁判所の許可に基づいて臨時株主総会を招集しました。招集株主は、買収防衛策の廃止と経営陣の入れ替えを提案しています。

この度、当社は株式会社プラコー(以下「プラコー」といいます。)が、株主の負託に応えることのできる企業に発展成長してもらいたいという願いの下、本株主提案をさせていただきました。当社は、長年、プラコーの株主として、その動向を見守ってきましたが、これまで同社の経営陣から、株主が期待する企業価値の拡大に向けた具体的かつ実効的な経営計画が発表されることはなく、逆に、取締役や従業員らに株式を保有させる施策を積極的に実行しつつ、先の定時株主総会では、株主の自由度を制限し現経営陣の保身に繋がるような買収防衛策が提案、可決されてしまいました。このままでは、プラコーは、現経営陣によって支配され、株主のコントロール権が及ばない閉鎖的な企業となってしまい、株主共同の利益が害される可能性が高いと言わざるを得ません。

そこで、当社は、上記のようなプラコーの現状を踏まえ、企業価値・株主共同利益の向上のため、買収防衛策の廃止及び経営陣の刷新を図るべく、本株主提案を行うに至りました。(後略)

株式会社プラコー臨時株主総会 | rinkabuplaco

 各種申立書・裁判書は株主のページで公開されています。後で引用する仮処分申立て却下決定・即時抗告棄却決定も、そこから引用しました。

 

仮処分申立て

これに対して、監査役が臨時総会の開催禁止の仮処分を申し立てました。招集株主によるクオカードの配布が争点となっています(今までの事件と異なり会社によるものではない)。

 

会社のプレスリリース

本申立ては、本臨時株主総会に関して、本株主により行われている招集手続及び行われようとしている決議方法に、複数の法令違反又は著しい不公正があり、かつ、それにより当社に著しい損害が生ずるおそれがあることを理由になされたものです。
とりわけ、当社は、本株主が、本臨時株主総会に係る委任状を本株主に返送した株主の皆さまに対し2,000円のクオカードを提供することとしていることは重大な問題であると考えております…。
すなわち、会社と議案を提出している株主との間で対立関係が生じている場合において、会社が株主に対してクオカード等の財産上の利益を供与することは、株主の意思決定をゆがめること等から、会社法上禁止されております(会社法120条1項)。
本株主は、裁判所の許可を得て当社に代わって株主総会を招集している以上、会社と同等の立場にあるというべきであり、また、2,000円分もの高額のクオカードを提供して得た委任状が株主の皆さまの本来のご意思を適切に反映しているとは到底いえません。したがって、当社は、本株主により行われようとしている本臨時株主総会の決議方法には法令違反又は著しい不公正があると考えております。

(会社プレスリリース「当社監査役による臨時株主総会開催禁止の仮処分の申立てに関するお知らせ」)

 

手続的事項

なお、異議申立て・審級関係ですが、民事保全は、申立てが却下された場合と認容された場合で異なります:

  • 申立てを却下する決定に対する不服申立ては、即時抗告です(民事保全法19条1項)。なお、「却下」という名前になっていますが、本案上の理由による場合でも「却下」です。
  • 申立てを認容する決定(=保全命令)に対する不服申立ては、保全異議(同一の裁判所に対して行う)で(同法26条)、保全異議に対する決定に対する不服申立ては、保全抗告です(同法41条1項)。

 

一審決定(申立て却下)

招集株主に対する差止請求権について

少数株主が裁判所の株主総会招集許可を受けている場合,招集株主は,単なる株主としての地位にとどまらず,当該株主総会における決議が法831条1項1号所定の取消原因に該当する瑕疵を帯びることのないように株主総会を開催すべき善管注意義務を負うと解されるところ,それに違反し,又は違反するおそれがあるときは,監査役は,当該株主総会の開催について,法385条の類推適用により,同条に定める差止請求権を有すると解することが相当である。

385条は主体を監査役、相手方を取締役としているのですが、相手方を提案株主とする場合にも類推適用できるという判断です。

差止対象行為の審理には影響しないので重要ではないのですが、同条が監査役差止請求権を与えているのは、会社と取締役の利益相反状況を考慮したもので(なお、請求の相手方以外の取締役は、取締役会を通じて請求の相手方たる取締役をコントロールできるのであり、それにもかかわらず差止請求対象行為が行われようとしているということは、他の取締役は通常それを容認していると考えられる)、提案株主が請求の相手方となる場合には取締役が主体になってもいいんじゃないかと思います。

 

クオカードについて

一般論

法120条1項は,株式会社は,何人に対しても,株主の権利等の行使に関する財産上の利益の供与をしてはならない旨を規定している。同項の趣旨は,取締役は会社の所有者たる株主の信任に基づいてその運営にあたる執行機関であるところ,その取締役が,会社の負担において,株主の権利行使に影響を及ぼす趣旨で利益供与を行うことを許容することは,会社法の基本的な仕組みに反し,会社財産の浪費をもたらすおそれがあるため,これを防止することにあり,会社財産の浪費を防ぐとともに,取締役が株主の意思を歪めることを防ぐことを目的とするものと解される。
上記のような同項の文言と趣旨に照らせば,裁判所による株主総会招集許可に基づいて株主総会を招集した少数株主について,同項を類推適用又は準用することは困難である。
もっとも,法120条1項の上記の趣旨のうち,株主の意思を歪めるような利益供与が禁止されるべきであるという点は,少数株主により招集される株主総会における株主の権利行使についても等しく妥当するといえる。そうすると,招集株主が,他の株主に対して,株主総会における権利行使に先立って,財物の贈与を行うことを表明し,又はそれを実行した場合において,贈与の目的,その条件,その財産的価値,議決権行使に係る議案の内容等に照らし,それが株主の権利行使に不当な影響を及ぼすと認められるときは,当該株主総会における決議の方法が著しく不公正なものとなるというべきである。
そして,当該株主総会が開催される以前の段階であっても,株主の権利行使に不当な影響を及ぼすおそれがあると認められるときは,当該株主総会における決議が取消原因に該当する瑕疵を帯びることのないように株主総会を開催することに関して招集株主が負担している善管注意義務に違反するおそれがあるものとして,差止めの理由となると解される。

会社法120条1項は、会社財産の浪費と、株主の決定を執行する立場にある取締役が株主の決定に介入することを問題にしているのだから(だからこそ「当該株式会社又はその子会社の計算においてするもの」に限定されている)、株主がやる場合には関係ないんじゃないかと思ったんですが、それはそれとして、決議の方法の著しい不公正(同法831条1項1号後段に決議成立後の取消事由として規定されている)の予防のために、差止めができるという流れです。

不公正になるというのはよく分かりません。仮にQuoカードが自己への賛成票獲得を目的としていたとしても、株主は好きな相手に議決権を含む株式そのものを売却することもできるわけで(TOBの場合はその最たる例でしょう)、3000円で1回分の議決権を売ることを認めてもよいのでは、という気がします。

 

当該事案への適用

…債務者は,株主に対し,株主総会の招集通知に関する書面と併せて,株主が事前に委任状を債務者に対して返送することを条件として2000円相当のクオカードを贈与することを記載した書面を送付したものであるが,同書面においては,「株主提案に賛成の場合〔中略〕はもちろんのこと」といった表記はあるものの,それに続けて「反対の場合〔中略〕や,中立のお立場で棄権を選択される場合(委任状の分かりやすい箇所に「棄権」とご記載ください。)」にも,クオカードを贈与する旨の記載があり,当該贈与と債務者の議案への賛意とを強く結びつけると評し得る記載はなく,返送を求める委任状(本件委任状)には,議案に対する賛否を記載する欄が特に優劣を付けることなく設けられていること(甲5)に照らすと,上記の書面による贈与の表明は,少数株主に対する委任状の返送を促し,もって議決権行使の促進を目的とするものであると評価し得ないものではない。また,贈与されるクオカードの金額は,上記の目的を達成する手段として,直ちに社会通念上許容される範囲を逸脱しているとまでは断じ難い。
他方,前記のとおり,プラコーの役員と債務者とは,取締役の選解任や本件買収防衛策の導入をめぐり対立関係にあり,本件臨時株主総会に関しては,その対立を反映した議案が提案され,それに関して双方が委任状勧誘を行っていることがうかがわれるところ,このような状況の下において,債務者のみがクオカードの贈与を表明したことは,株主の議決権の行使に関し何らかの心理的な影響を及ぼす抽象的な可能性は否定できないところではある。しかしながら,本件において,上記の表明を受けた株主が,本件委任状の送付や記載内容に関していかなる行動に及ぶのかなど,その具体的な影響の程度を推認し得るような具体的な事情についての疎明はなく現時点において,株主の権利行使に不当な影響を及ぼすおそれがあると認めるまでには至らない
そうすると,債務者が上記の事情の下でクオカードの贈与を表明したことは,本件臨時株主総会を開催することに関して債務者が負担していると解される善管注意義務に違反するおそれがある行為に当たるということはできない。したがって,この点に関する債権者の主張は採用することができない。

適用は会社法120条1項の直接適用の事案であるモリテックス事件(東京地判平成19年12月6日判タ1258号69頁)に類似しています。比較にあたっては、モリテックス事件は取消訴訟で、本件は開催禁止の仮処分であることも考慮に入れる必要があります。

モリテックス事件判決は、一般論として、①目的が権利行使に影響を及ぼすおそれがなく、かつ、②金額が社会通念上許容される範囲にとどまる場合には例外的に適法としたうえで、当該事案では、②'金額は適法と認めたものの、①'目的について、次の事情を考慮して会社提案への賛成の獲得を目的としていたと判断しました。

  • 「被告〔注:会社〕が議決権を有する全株主に送付した本件はがきには,「議決権を行使(委任状による行使を含む)」した株主には,Quoカードを贈呈する旨を記載しつつも,「【重要】」とした上で,「是非とも,会社提案にご賛同のうえ,議決権を行使して頂きたくお願い申し上げます。」と記載し,Quoカードの贈呈の記載と重要事項の記載に,それぞれ下線と傍点を施して,相互の関連を印象付ける記載がされている」
  • 「被告〔注:会社〕は,昨年の定時株主総会まではQuoカードの提供等,議決権の行使を条件とした利益の提供は行っておらず,原告との間で株主の賛成票の獲得を巡って対立関係が生じた本件株主総会において初めて行ったものであることが認められる」
  • 「株主による議決権行使の状況をみると,本件株主総会における議決権行使比率は81.62%例年に比較して約30パーセントの増加となっていること…,白紙で返送された議決権行使書は本件会社提案に賛成したものとして取り扱われるところ,白紙で被告に議決権行使書を返送した株主数は1349名(議決権数1万4545個)に及ぶこと…,被告に返送された議決権行使書の中にはQuoカードを要求する旨の記載のあるものが存在すること…の各事実が認められ,Quoカードの提供が株主による議決権行使に少なからぬ影響を及ぼしたことが窺われる」

 

他の違法事由・保全の必要性

会社は、他に違法事由として、

  • 本件基準日公告記載の総会開催日及び公告方法
  • 本件総会検査役(会社が選任申立て)に対し総会開催日等を回答しなかったこと
  • 本件臨時株主総会の日時・場所等を1 か月以上非開示とし、プラコーや他の株主に総会開催日等を回答しなかったこと、
  • 招集通知への議決権行使書面の不添付

も主張していますが、いずれも認められていません。

保全権利(保全の理由)が認められなかったことから、保全の必要性については判断されていません。

被害がまだ現実化していないことを被保全権利で考慮すると、保全の必要性の判断とオーバーラップするなあと思ったんですが、抗告審もそう思ったようであり、抗告審はむしろ保全の必要性で考慮しています。

 

会社のプレスリリース 

(前略)したがって、本申立ては却下されましたが、裁判所には、招集株主による財産上の利益の供与により株主総会の決議方法がしく不公正なものとなり得るとする当社監査役の主張が認められました。そして、上記のとおり裁判所の判断はあくまでも現時点の状況を前提としたものにとどまることに鑑みますと、株主の皆さまにおかれましては、事後的に臨時株主総会の決議方法にしい不公正があったと評される可能性がある点にご留意いただきますようお願い申し上げます。
なお、2020年10月29日、本株主が、一部の株主様に対して、提供するクオカードを3,000円に増額する旨の書面を発送している事実が確認されております…。

(会社プレスリリース「当社監査役による臨時株主総会開催禁止の仮処分の申立ての却下決定に関するお知らせ」)

 

抗告審決定(即時抗告棄却)

クオカード以外の点については、基本的に一審を引用しています。 

本件臨時株主総会は,裁判所の許可を得た少数株主である相手方が招集するものであり,本件臨時株主総会の開催を禁止することは,本件臨時株主総会において当該少数株主である相手方を始めとするプラコーの株主の権利行使の機会を一方的に奪うことになる一方,上記のようなクオカードの贈与の表明によって本件臨時株主総会の招集又は決議の方法に瑕疵が生じるのであれば,株主総会決議の取消しを求める訴えによってその是正をすることが可能であり,この訴えの提起と共に,民事保全法23条2項に基づき,本件臨時株主総会の決議で選任された取締役等の職務の執行を停止し,その職務を代行する者の選任を求めるなどの仮処分命令を求めるなどの方法も可能であって,救済手段に欠けるところはない。そして,一般に,株主総会開催禁止仮処分の申立てにおける保全の必要性は,当該株主総会の開催を許すと,違法若しくは著しく不公正の方法で決議がされるなどの高度の蓋然性があって,その結果,会社に回復困難な重大な損害を被らせ,これを回避するために開催を禁止する緊急の必要性があることが求められる。これらを踏まえて検討すると,相手方が他のプラコーの株主に送付した本件当初書面及び本件追加書面において行ったクオカードの贈与の表明が,本件臨時株主総会の決議に影響を与えるものであるか否かは,議決結果の全体状況によるものであり,現時点で確定し得るものとは認め難く,その他,抗告人が当審において追加して提出した疎明資料を含む一件記録を精査しても,相手方が他のプラコーの株主に送付した本件当初書面及び本件追加書面において行ったクオカードの贈与の表明によってプラコーに回復困難な重大な損害を被らせるとの疎明があったとは認められない
そうすると,委任状による議決権行使をする株主に対する相手方のクオカードの贈与の表明を理由として,保全処分として本件臨時株主総会の開催禁止を求める旨の抗告人の申立てについては,保全の必要性を認めることはできないから,被保全権利について判断するまでもなく理由がない。

事後的救済でいいじゃないかということをよりはっきりと書いています。組織再編だと逆に差止めができたからという理由で事後的救済が 否定されたりするんですが、それは組織再編のほうが特殊なのであって、こっちが原則なのだろうと思います。

エコリカ対キヤノン訴訟メモ

報道

 プリンター用のインクカートリッジを自社の純正品しか使えないよう設計し、リサイクル品の参入を妨害したのは独占禁止法に違反するなどとして、リサイクル品を製造・販売する「エコリカ」(大阪市)が27日、精密機器大手「キヤノン」(東京)に3000万円の賠償などを求める訴訟を大阪地裁に起こした。
 訴状などによると、エコリカは、キヤノンなど大手メーカーの純正品の使用済みカートリッジを家電量販店などから回収。自社のインクを注入し、「エコリカ」のブランドで純正品より約2~3割安いリサイクル品として販売してきた。
 しかし、キヤノンが2017年9月以降に発売したプリンター用のカートリッジは、他社がリサイクルしたものを装着すると、「インクなし」と表示されるように設計。使い続ければプリンターが故障するとの警告も出るようになった。
 この結果、純正品のカートリッジが市場でシェアの大半を占め、エコリカはリサイクル品の製造・販売ができなくなったと指摘。キヤノンの設計は独占禁止法が禁じる「抱き合わせ販売」などに当たると主張している。

「再生インクの参入妨害」販売業者がキヤノン提訴 純正品以外はプリンターに警告 - 毎日新聞

なお、株式会社エコリカ、キヤノン株式会社に対する訴訟の提起に関するお知らせ|株式会社エコリカのプレスリリース

 

関係条文

実体規定

不公正な取引方法14項 自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもつてするかを問わず、その取引を不当に妨害すること。

独占禁止法19条が「不公正な取引方法」の禁止規定、2条9項がその定義規定、同項6号ヘの委任に基づく指定。

 

差止請求の根拠

独占禁止法24条 第8条第5号又は第19条の規定に違反する行為によつてその利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は、これにより著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがあるときは、その利益を侵害する事業者若しくは事業者団体又は侵害するおそれがある事業者若しくは事業者団体に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。

 

公正取引委員会の見解

リンクは後掲。 

キヤノン事件

当該事案では問題が解消されたことから審査を終了していますが、一般論として次のように述べています。

プリンタメーカーが,例えば,技術上の必要性等の合理的理由がないのに,あるいは,その必要性等の範囲を超えて
ICチップに記録される情報を暗号化したり,その書換えを困難にして,カートリッジを再生利用できないようにすること
ICチップにカートリッジのトナーがなくなった等のデータを記録し,再生品が装着された場合,レーザープリンタの作動を停止したり,一部の機能が働かないようにすること
レーザープリンタ本体によるICチップの制御方法を複雑にしたり,これを頻繁に変更することにより,カートリッジを再生利用できないようにすること
などにより,ユーザーが再生品を使用することを妨げる場合には,独占禁止法上問題となるおそれがある(第19条(不公正な取引方法第10項[抱き合わせ販売等]又は第15項[競争者に対する取引妨害])の規定に違反するおそれ)。

 

相談事例

(1) 本件については,印刷機器の市場において高いシェアを有するA社が,自らの供給する印刷機器Xの性能の向上及びインクボトルの生産・管理コストを削減する目的で研究開発の成果を利用するものである。しかしながら,A社は,同社の印刷機器X用インクボトル市場(A社用インクボトル市場)においても非常に高いシェアを持つことから,自社の印刷機器Xの性能の向上及びインクボトルの生産・管理コストの削減を達成するために合理的に必要と認められる範囲を超えて印刷機器Xの機能等を変更し,その結果,A社用インクボトル市場において競争関係にある独立系事業者の事業活動を困難にするおそれがある場合には,独占禁止法上の問題を生じる。

(2) A社が開発した新技術については,同技術が導入された印刷機器Xでは,所定の情報を入力したICチップを搭載したインクボトルのみが使用できるようになり,既存のインクボトルは使用できなくなることから,独立系事業者の事業活動にも一定の影響を及ぼし得るものである。
 しかしながら,

ア インクボトルに搭載するICチップは市販されているものであり,独立系事業者でも容易に入手可能であること

イ 当該ICチップを付けたインクボトルを印刷機器Xで利用するために必要は情報は,A社のマニュアルなどで一般に公開されており,独立系事業者にも自由に利用可能となること

から,合理的に必要な範囲を超えた機能変更とは認められず,また,独立系事業者の事業活動を困難にするおそれがあるとまでは認められないことから,直ちに独占禁止法上問題となるものではない。

逆に言えば、アとイが満たされていないのであれば、独占禁止法違反の問題が生じうることになります。

今回のものがこれらとの関係でどうなのかについては、調べきっていない&事実がよくわからないのでコメントはありません。

 

関係文献

*特許権の消尽(国内消尽)とは - BUSINESS LAWYERS